【第3話】魔王令嬢と学園の悪魔たち〜イケメンだけどクセつよヴィランを最強の私が指導します〜【創作大賞2024漫画原作部門応募作】
【第3話】
「でもでも、どうすればいいの? 僕に常に腹ペコでいろってこと? 口から食事を取れる君たちには、僕の空腹感は理解できないよ!」
口から食事をし、胃を満たすことができる人型の悪魔たちと違い、ピクシーは魔力でしか己の欲望を満たせない。
顔をくしゃくしゃに歪めるローラン、その隣で腕を組み、二人の会話を静観しているレヴィン。
クロエはそっと片手を前に出し、ローランに向かってかざした。
途端、空気が振動し、ゆらめく衝動が彼らに届いた。
「今、わたくしの力で、あなた方が常にまとっている魔力を可視化いたしました」
クロエがそういうと、レヴィンとローランの周りに、金の光が取り巻いているように見える。
「ローランさん、あなたがなぜそんなにもお腹が減るのか。言い換えるなら、なぜ魔力がそんなに減るのか、教えて差し上げますわ」
魔力は、人間で言うところの体力と同じだ。
生活しているだけで常に減るが、食事や睡眠をとることでまた元に戻る。
魔力が大幅に減る時は、大きな魔法を使用したり、戦闘をして体が傷ついた時だ。
普通に学園生活を送るぐらいならば、魔法石の魔力を食べれば満足いくはずなのである。
「レヴィンさんの魔力は彼の周りに纏い、留まっているでしょう」
魔力可視化の魔法をかけたのだろう。
クロエが言うように、レヴィンの周りには彼の魔力である光り輝くオーラのものが見える。
しかしそれは、粘度があるように彼の周りにまとわりついている。
金色のスライムの中にレヴィンがすっぽり入っているような姿だ。
「しかし、ローランさんの魔力はどうでしょう。霞のように細やかで、すぐに霧散してしまいます」
クロエの指摘通り、ローランの周りには彼を包み込むような大きな魔力の光が見えるのだが、レヴィンのとは違い、薄い霧のようである。
そしてそれは、彼から離れていくにつれて、空気と同化して宙に消えていってしまう。
「あなたは、魔力は人によって味が違うとおっしゃいましたね。それと同じで、魔力は見た目や姿も違うのです。あなたの魔力は霧のように、自分自身のそばに留めておくことができない。
すぐに消えてしまうから、魔力を食べても食べてもお腹が減るのですわ」
ローランはあんぐりと口を開け、寝耳に水だと言わんばかりに呆然としていた。
自分の手を見下ろしてみれば、魔力の光が包んではいるが、すぐに霧となり消えていってしまう。
教室にいた他の悪魔たちが、ざわめく。
「ほんとだ……消えていっちゃう。どうすればいいの……?」
「ピクシーは他人の魔力を奪う魔物。
戦う意味を与えるために、本能的に生まれながら霧状の魔力なのでしょうね」
悲しそうに、儚く空気となって溶けて消えていく魔力を目で追っているローランを、慰めるようにクロエは語る。
「私が、あなたを変えて差し上げますわ。
魔力を貯蔵することができる、そんな体に」
するとクロエは、自身の細い両腕を大きく広げた。
そこには、まるで雷のようなバチバチと音を鳴らすまばゆい魔力が通っている。
ゆっくりとローランに近づいていく。
「な、なにするの! そんな電気みたいな魔法で、僕を痛めつけるの!?」
「いいえ、痛くはありません。力を抜いてください」
「う、嘘だ! に、逃げなきゃ……」
まるで電流のような魔力を腕に光らせているクロエの顔は、反射を受けて不気味に輝く。
身の危険を感じたローランは、すぐに逃げようとするが、クロエが革靴でトン、と床を踏み込み、彼のそばへと一瞬で距離を詰めた。
「!?」
一番近くで二人の会話の攻防を見ていたレヴィンは、自分がクロエの動きを目で追えなかったことに驚いた。
目の前に近づいてきた銀髪の美少女に、魔力で痛めつけられる、と思ったローランは観念して目を瞑った。
しかし、クロエは腕を広げ、そっとローランを抱きしめたのだった。
「え……?」
ローランの唇から、驚きの声が漏れる。
綺麗に解かれた銀髪が目の前で揺れ、クロエの甘い香りが届く。
華奢な少女に、優しく、しかし力強く抱きしめられたローランは、至近距離の彼女の顔を覗き込んだ。
「聖なる抱擁……これであなたの魔力は、あなたから離れません」
クロエはローランの翡翠色の髪を撫で、その背中を優しくさすった。
電流のようにバチバチと音を立てていた彼女の作った魔力の紐を、ローランの体に巻き付けるような仕草をし、背中側で緩く蝶々結びにする。
霧状に空中で消えていってしまい、無限に魔力を必要とする彼の特異体質を変えるため、魔力で作った紐を結いつけたのである。
「ご確認なさい。あなたの魔力はもう消えていかないでしょう?」
ローランを抱きしめていたクロエは、そっと腕を離すと、彼に真正面から問いかけた。
さっきまで霧のようだったローランの魔力は、クロエの紐で抑えられ、塊になって彼の周りに留まるようになった。
レヴィンの魔力のように、ローランの周りに固まっているのだ。
「す、すごい……!
しかもなんか、力がみなぎる気がする……!」
「元々の魔力の総貯蔵量は多いようです。
魔力を留めておけたら、今より一層強くなれるでしょう」
信じられないと、ローランは自分の体の周りの魔力を見て驚いていた。
生まれてからずっと、空腹で仕方なかった。食べても食べても魔力がそのまま消えていってしまうからだ。その理由と原因を突きとめ、解決してくれたのだ。
昨日学園に来たばかりの、魔王の娘が。
クロエはローランに視線を向けられたので、ゆっくりと微笑む。
「きっとこれで、魔法石の食事だけでも満足すると思いますわよ。保健室送りされる生徒もいなくなるでしょう」
「うん、ありがとうクロエちゃん……!」
ローランは涙目になりながら、クロエの手を握りぶんぶんと力強く振り感謝を表した。
長年の飢餓感を満たすことができて、ローランは嬉しそうだ。
教室にいた他の悪魔たちは、一瞬でクラスの問題児の悪癖を解決してしまった魔王令嬢の手腕に驚いていた。
特に近くで全てを見ていたレヴィンは、
(魔力を紐状に練り、相手の体に巻きつけるなんて、10年修行してやっとできるようなことなのに……!)
と、繊細な魔力操作と膨大な力量、洗練されたスキルがないとできないことを一瞬でやってのけた彼女に驚き、ゆっくりと眼鏡を押し上げた。
「でも、魔法石での食事で足りるとは思うんだけど、味が美味しくないし飽きるんだよね…」
無尽蔵に魔力を欲し、常に腹ペコだと言う問題が解決したのはいいが、グルメなローランは味にもこだわりたいようだ。
クロエはー、うーん、と顎に手を当てて暫し思案したが、
「ではこれはいかがでしょう?
一日誰も保健室送りにしなかったら、放課後、ご褒美に私が魔力を差し上げますよ」
「ええ、クロエちゃんの魔力を?」
「はい。お口に合うかはわかりませんが。試しに召し上がってみますか?」
にっこりと美しく笑うと、クロエは自分の手のひらに魔力を固めた玉を置き、ローランに差し出した。
「じゃあお言葉に甘えて、味見を……。いただきまーす」
怖い物知らずのローランは、さっき魔力の紐で結ばれたりとてんやわんやした相手の魔力だというのに、すぐに口を開けて吸い込んだ。
もぐもぐ、と咀嚼をして飲み込む。
「!?」
ローランの翡翠の目が、大きく見開かれた。
「おいしい……! 甘くて、芳醇で、ジューシーで……!こんなおいしい魔力、初めて食べたよ!」
「あら、そうでしたか」
「これが毎日食べられるなら、もう他の人の魔力なんていらない!」
すっかり味の虜になってしまったのか、ローランは頬を赤らめ、うっとりとした顔で魔力を食べ続ける。舌なめずりをし、頬をさすり、至極幸せそうだ。
まるで熟した甘い果実を食べているような感想を言い、夢中で食べているローラン。
横のレヴィンは、クロエの魔力に圧倒されていたが、ふと彼女と目が合うと、
「一件落着、ですわね」
と微笑みかけられたのだった。
* * *
クロエが、ローランの魔力つまみ食いという悪癖をやめさせたという噂は、すぐに学園全体に轟いた。
次の日、クロエが登校した途端、
「魔王の娘さんよぉ、助かったぜ! あの童顔坊ちゃんには手を焼いてたんだ!」
「俺たち魔力が少ないから、ちょっと吸われただけで授業なんて受けれなかったからなぁ」
と囲まれて大喜びされた。
ゴーレムや豪鬼は、体が大きく攻撃力・体力はずば抜けているが、魔力は比較的少ない。
肉弾戦で主に戦う者たちは、ローランから吸われると貧血を起こしその場にうずくまってしまうのだという。
強面の男子生徒たちに、胴上げされそうな勢いでクロエは賞賛された。
そして放課後になると、
「クロエちゃん、今日も誰の魔力も吸わなかったよ!」
とローランが急いで飛んでくるのだ。
「ご褒美ちょうだい!」
「ふふ、仕方がないですわね」
魔力の球を差し出すと、美味しそうに食べるローランと、羨ましそうにそれを見つめている妖精族の後輩たち。
「あとさ、またこの前みたいにまたハグしてもいい……?」
「あら、あれはハグではなくて、魔力を縛りつけただけですわよ」
「そうなんだけど。クロエちゃん、柔らかくて、いい匂いしたから忘れられなくて…」
潤んだ瞳で見上げてくるローラン。
しかしクロエはそんなチャームの魔法にはかからない。
「問題解決の手段以外で、殿方を抱きしめるなんてはしたないこと、わたくしはしませんわ」
「うう、手厳しい。でもそんなクールなところも素敵だよ!」
自分の悩みを解決し、おいしい魔力を与えてくれるだけでなく、クロエを女性としても好きになってしまたローランは、ふわふわと宙を浮きながらご機嫌そうに笑っている。
しかし、そんな二人を横目で見ながら、面白くなさそうな男が一人。
「チッ……目障りだぜ」
ギルバードは牙を剥き出し、急に学園に来た邪魔者が気に食わないと、牙を剥き出し顔を歪めた。
【この後の展開】
喧嘩っ早く粗暴なフェンリル、ギルバードは女であるクロエに命令されるのが気に食わないと言うことを聞かないが、俺に勝てたら従ってやる、と一対一の対決を申し込む。
怪力のギルバードは善戦するが、クロエの強力な氷魔法の前には歯が立たず敗戦。以降、納得し彼女の命令には従うように。
マテリアドラゴンの血筋のオスカーは、クラス長だというのに誰とも馴染まず、生徒を放置し他を寄せ付けない一匹狼。
人間に滅ぼされたドラゴンの歴史を聞き、彼の深く暗い心に寄り添うクロエ。
触れた物全てを焼き溶かしてしまうというオスカーは、常に魔力を込めた黒い革の手袋をしているが、氷魔法の使い手のクロエは自らの手に氷のコーティングをし、彼の手を握って優しく語りかける。
他人と初めて触れ合うことができたオスカーはクロエに心を許すように。
知的で理性的なエルフ、レヴィンは唯一クロエに従順だったが、実はこの学園の生徒を牛耳っているメデューサであり、いつかは魔王ヴィンスも悪魔界さえも自分のものにしようと企んでいる野心家だった。
メガネで隠しているが、メガネを外した彼の目を見ると皆彼に従ってしまう。
その能力に気がついたクロエが彼の魔力を跳ね返し、彼に言うことを聞かせる。
しかし、クロエは「より強く、より良い悪魔たちの生活のために、私に手を貸して欲しい」という、命令ではなく願いを言ったため、そのお人よしかつ真面目さに根負けし、レヴィンは従うように。
強力なクラス長たちを従えたクロエが、人間界から押し寄せた人間の軍隊相手に交戦する。
クロエの魔力を大量に吸ったローランは人間たちの魔力を吸い戦闘不能にし、より一層訓練し強くなったギルバードが薙ぎ払い、人間への報復を決意したオスカーの炎で悪魔界へ侵入できないよう炎の壁を作り、レヴィンのメデューサの能力で人間同士の戦いを命じ仲間割れさせ、いつも負けっぱなしであった人間たちに初めて勝利する。
魔王令嬢クロエは、勝利の女神と崇められ、学園の指導者として君臨する。