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霊憑き男子は推し活女子に恋をする 第3話【創作大賞2024恋愛小説部門応募作】

「説明してもらおうか」

 ぐらつく視界で天井を見上げる。
 私は急遽スタッフの控え室のソファに寝かせられることになった。
 風邪を引いたことがないことが取柄だったこの私が、仕事場で倒れることになるとは思いもしなかった。

『うむ、すまない…拙者も少々暴走しすぎたな』

「黙れ。次に会う時は法廷だ」

 腹が立ってそんな言葉を吐き捨てる。

 拙者を訴える気か、という声を聞きながら、あまりの体温の熱さにすっかりぬるくなってしまった額の上の濡れタオルをひっくり返した。

『彼女、あの少女がそっくりだったのだ』

「ロイヤ…早坂さんが?誰に」

『拙者の妻だ』

 思わず噴き出した。

 妻、ワイフ、女房、家内、嫁。
 色々言い方はあるけど、妻といったらやっぱり世間一般で言う配偶者のことであろうか。

 まさかこの脳みそ不法侵入幽霊に妻がいたとは。この私でさえいないというのに。
 なんだか負けた気がして、妙に悔しくなった。

『さくら…拙者は彼女のことが心配で、そのことが未練となりこのように無様に自縛霊になってしまったのだ』

「でも、その妻ももう亡くなっているのでは?」

『当然、そうだろう。
 しかし彼女――早坂殿が、あまりにもさくらに似ていたものだから混乱してしまった。
 きっとさくらの生まれ変わりに違いない』

 なんだか随分ロマンチックな考え方に軽くため息をつく。

 他人の色恋沙汰になど爪楊枝の先ほども興味のない私は眉をひそめて寝返りを打つ。

『決めたぞ、彰文。お主、彼女と結婚しろ』

 私は思いっきりむせこんだ。
 そして思わず大声で「マジですか!?」と若者敬語で叫んでしまった。

『お主が彼女と結婚すれば、五感を共有している拙者も必然的に結婚していることになるでござろう?』

 あまりに楽観的な発言に開いた口が塞がらない。

「そういう突飛な考え方は嫌いではないが、それほど長い間憑かれているのは非常に嫌なのだが」

『なに、普段はおとなしくしているさ』

 そう言って頭の中の幽霊はのんきに、ははは、と笑った。

 自分の元妻に似ている女性に出会ったぐらいで我を忘れるぐらいだから、まったくもって説得力が無い。
 
 しかしこの遠野彰文、まったくの不意打ちであったが、彼女にときめいてしまっているのも確かだ。

 私の魅力を持って彼女をメロメロにし、「ムフフ」的な展開になったら、有名なお坊さんやら陰陽師やらに陣八をお払いしてもらえばいいだけだ。
 というか実家が寺なのだから、爺さんに経をあげてもらえばいい。

 わたしは仰向けに寝転びながら決心した。

「いいだろう。私は早坂さんを恋人にする」

『まことか!』

「男に二言は無い」

 陣八は嬉しそうに言うと、握手をしようとせがんできた。

 握手も何も実体の無い幽霊とできるわけも無く、とりあえず右手で左手を掴んでアーメンのポーズをした。

 世界一頼りない共同戦線が張られた。

 私は使えるものは何でも使う男なのだ。

 そうと決まればこんなところで寝ていられない。
 額に置かれた生ぬるいタオルを取っ払って軋むソファーから立ち上がる。他の店員の私物で埋まった部屋は結構散らかっていた。

 まだ頭はぐらついている。
 しかし学生時代、かなり派手で人に見られたら恥ずかしい下着(通販で買った)を着けていた時、運悪くバイクにはねられたが、救急車を呼ばれて手当てをされたらこの下着を見られるではないか!と運転手の制止の声を振り切って血だらけで学校まで行ったこともある私だ。
 このくらい、痛みのうちに入らない。

 よろめきながらホールへと出るとオーナーが飛んできた。
 大事をとって今日は休んだらどうだと促してきたが、首を横に振ってやれますと言った。

 働くので給料上げてくださいと言うと「それは無理」と即答され、改めて社会の厳しさを実感するのであった。

 ホールではあわただしくトレイを運ぶ早坂さんの姿があった。

 彼女は私の姿を見ると、すぐに駆け寄ってきた。

「あ、遠野さん。もう大丈夫なんですか?」

「おかげさまで」

 彼女はほっと胸をなでおろしたが、ふと、私の名前を呼んだことが気になって、

「名前、教えましたっけ?」

 と尋ねると、彼女は微笑んで私の胸元を指差した。
 思わずポロリでもしてしまっているのかと確認すると、そこには「遠野彰文」と書かれたバッジがついていた。

「いつも席まで案内してくれたので、覚えちゃいました」

 といって彼女ははにかんで笑う。
 その台詞で、私の中の天使と悪魔もガッツポーズした。

 やっぱり、私を追いかけてバイトをすることにしたという仮説もあながち間違っていないのではないか。

大きな瞳、肩まである栗色の髪、華奢な体。
露出が低く未練の残る制服も、まるで彼女のために作られたのではないかと思うほどに似合っている。

 男ばかりでむさくるしかったフロアが、彼女の存在一つで明るく華やかになるのだから不思議だ。

 私の指導もよく聞いてくれ、さらに覚えがいい。
 フロアを颯爽と歩く彼女に気をとられ、「ちゃんこ鍋一つでごわす親方!」と間違えて厨房へ叫んでしまい、「メニューにねぇよ!」と返されてしまったのも、仕方無いことだと思うのだ。


 * * *
 

 ラストオーダーの時間になり、最後のお客様が帰られ後片付けをしている最中、私は思い切って早坂さんへ話しかけた。

「よかったら帰り、ご一緒しませんか。
女性が一人で帰るには少々遅い時間ですので」
 
 慎重かつ優雅にいうと、モップを握り締めた彼女が申し訳なさそうに、

「そんな、悪いですよ。遠野さんも病み上がりなんですし……」

「その件に関してはご心配なく」

 早坂さんはそれでも遠慮がちであったが、自分でも帰り道が心配だったのか、

「では途中まで、よろしくお願いします」

と微笑んだ。

 外で待っておりますので、といって掃除道具を片付けに行った。

『行動が早いな彰文。驚いたぞ』

「私の辞書にディフェンスという言葉は無い」

 感心したような陣八の言葉に頷く。
 押して押して押し倒すのみだ。
 浮き足立つ気持ちを隠すように咳払いをして、着替えるために更衣室へと向かった。

早々に着替え終わった私は店の前で待つことにした。

 学生時代「早脱ぎの遠野」と呼ばれていて、体育の着替えではクラスで一番早いという何の得にもならない特技を持っていたおかげで、早坂さんを待たせることなく済んだ。

 街はもうクリスマスの飾り付けがされている。クリスマスギフトの看板やらまばゆい電飾が並んでいて、

 一人身の荒みきった私は舌打ちをしたくなる衝動に駆られるのだ。

 ふと横を見ると、自販機のゴミ箱の中に私のスマホが昼のまま無残にも捨ててあった。静かに合掌する。

『夜道を送っていくのは男としての礼儀だものな』

「当然だ。下心は無い。ただ優しくて気が利く人だと思われたいだけだ」

『下心満々ではないか。武士の風上にも置けぬ』

 いや、武士じゃないし、と言いかけたら、後ろのドアが開く音がして振り返る。

「お待たせしました、すみません」

 早坂さんが現れた。
 白いコートにプリーツスカートが似合っている。

「いえ、では行きましょう」

 二人で並んで歩き出す。
 陣八は『ああ…やはりさくらにそっくりだ…』とどこかにトリップしてしまっている。

 私の横を歩く早坂さんは、寒風に肩をすくめながら上目遣いで見つめてくる。

「本当に寒いですね。それにここ最近、このあたり変質者が多いって聞いてたので、送っていただいて嬉しいです」

「いえ…」

 他愛のない話に相槌を打ってはいるが、『実はその変質者は私ですガオー!!』と言って襲い掛かってしまいたくなるほどの無邪気な笑顔だ。
いや、神に誓って変質者とやらは私ではないが。

 これは危ない。非常に危ないぞ。
 近年まれに見る紳士である私だから良いが、それこそうちの寺にいる飢えた坊さんたちなんかが相手だったら、何をされてもおかしくない。

 あまりに素直で無防備だから、ふと不安になった。

『彰文、黙っていないで会話せよ。
 そして会話から彼女の好みを把握するのだ。健闘を祈る』

 頭の中からむさくるしい指令がきた。軽く流す。

 イルミネーションを見て、まだクリスマスまで一ヶ月あるのに気が早いですねぇと喋る早坂さんに尋ねた。

「そういえば、何故うちのレストランで働こうと思ったんです?」

「ええ、最近出費が多くて。お金が欲しかったんですよ」

「会社の方には黙ってやってるんですよね?」

「え? あたしまだ大学生ですよ」

 早坂さんはきょとんとして見上げてきた。
 確かに童顔の彼女はまだ社会人には見えない。

「雑誌の編集をされているんですよね?」

「…なんのことですか?」

 彼女の頭の上にたくさんのクエスチョンマークが浮かぶ。
 どうやら彼女は雑誌の仕事をしていて、うちの店を特集するために毎日足を運んでいたのだという考えは、皆目見当違いであったようだ。

「じゃあなんで、わざわざ毎日うちのレストランでお茶してたんですか?」

「ええ、実はですね」

 早坂さんは待ってましたとばかりに、道の真ん中にもかかわらず突然立ち止まり、自分の鞄の中をあさり始めた。
 
 なんだか嫌な予感がした。

「見てください、これですよこれ!」

 彼女が目を輝かせて取り出したのは、なにやら雑誌の切抜きであった。

 オフの過ごし方、と書かれたピンク色の見出し、そして中央には、今人気の俳優がテーブルの上の紅茶を持ち、こっちを見て微笑んでいる写真がでかでかと載っている。
 その場所は間違いなく、私の勤めているレストランである。
 確か……俳優の名前は神ノ木シンと言ったか。

 嫌な予感は的中した。
 嫌な予感ばかり当たるものだ。

「そう、あの店のあの席、実はシン様座った席なんですよ!
 この写真だけだと何処の店かまで分からないんですけど、たまたまこの取材のとき同じ店にいた方がSNSでお店の名前を書いていて、家から凄い近かったんで思わず毎日通っちゃったんです。 
 ロイヤルミルクティーも、ほら、シン様が飲んでるのと同じじゃないですか!
 あの席でシン様が見た景色を見ながら、味わった紅茶を飲めるなんて最高ですよね!」

 よくよく記事を見ると、「この店のロイヤルミルクティーは格別だ」とか書いてある。

 うちはイタリアンレストランであって、紅茶はそれほど気合入れてないのに。
 
 そういえばまだ私が勤める前に、一度俳優だかアイドルだかが来たとオーナーから小耳に挟んだような気がする。
 しかし、この記事通り、何度も足を運んできてはいないはずだが。

 あれほどおとなしかった早坂さんは、目を輝かせながら聞いてもいないのに語り続ける。

「SNSで、シン様の行った店に毎日通ってますってレビューを書いたら、同じファンの方が場所を教えてくれって言ってきたんで、せっかくならあの店でオフ会をしようという事になって。
 昨日一緒にいたお二人は、同じファンの方で初対面だったんです。
 でも私がシン様はスーツ姿が一番似合うって言ったら、鍛えててたくましい彼はもっとラフな格好の方が合うのよ!って喧嘩になっちゃって。遠野さんに助けていただきました」

「はぁ…ブログで…オフ会で…オンラインの友達ですか…」

「どうせ新曲発売されて金欠になるし、毎日シン様が座った席を眺めながらお金も稼げるなんて、一石二鳥だ!と思いまして。
 採用してもらえて良かったです!」

「え、ええ。ほんと、そうですよね」

 語っている本人と聞いている相手の温度差が酷い。
 
 歩道の真ん中で、好きな芸能人について熱く語る横で、実に爽やかな笑顔の写真が載っている切り抜きを片手に、私は心が寒くて凍死してしまいそうになった。

 惚れた女はアイドルオタク。
 しかも、おそらく結構重めのガチ恋ファン。
 そんな馬鹿な。

『どうした彰文。彼女はなんて言ってるんだ?』

 陣八の言葉が虚しく宙を舞う。

 今までの恋が走馬灯のように蘇ってきた。

 今回も、今までに負けず劣らず、どうやら一筋縄ではいかないようだ。


↓次回第4話はこちら


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