スタートライン

都水のノスタルジア_第7話 【スタートライン】

面接の時間が近づいていた。

16時の10分前になって、容輔はエクセルシオールから製図室に戻って来た。


もうすでに北里研究室や東研究室、南野研究室では、所属している大学院の先輩達がそれぞれ面接者の人数確認のために点呼を取っていた。


意匠系である3つの研究室の面接は同日、同時間に行われることになっている。自分以外の研究室を受けさせないためだった。
企業でもそうだか、やっぱり第一志望してくれた学生しか取らないという考えはどこにでもあるものだ。

容輔は小走りで点呼の列に並ぶと、名前を書いた。北里研究室に所属を希望する面接者は、容輔を入れて13名だった。


もうすでに各々の個性ある字で書かれた名前を確認すると、上森正樹<第1位>も櫻井灯<第3位>も辻谷裕<第6位>も、そして東研究室に行くと言っていた野原彩<第5位>もいた。

「友弘のやろう、騙しやがった」

と容輔は誰にも聞こえないように心の中で呟いた。

面接の順番は自由だ。
北里研究室では、先輩が持ってきたコピー用紙の裏紙に、上から名前を書いた順に研究室に呼ばれることになっていた。

容輔の名前は面接開始の10前に、集合場所に来たので、上から9番目に書いていた。面接時間は、1人15分であるため、容輔の面接開始時間は2時間後の18時だった。


自分の面接が終わるまでは、面接が終わった同級生の反応は見たなかったので、容輔は荷物を持って製図室の隣にある図書館で待機することにした。

面接を待つ時間は異様に長く感じる。容輔は図書館の運河沿いのカウンター席に荷物を降ろすと、ポートフォリオを開き最後の確認をした。だが、まだ時間はあるとわかっていても、そわそわしてしまって集中できなかった。

容輔はポートフォリオを流し見で一通り確認すると、いつものように喫煙所で時間を潰すことにした。

図書館を出てエレベーターホールに行く。

すると、そこでちょうど東研究室の面接を終えた楓と目があった。

「面接お疲れ。どうだった?」と容輔は訪ねた。

「うーん。まあまあかな。受かるといいけど。容輔は何時から?」と楓はいつもより半トーン下げた声で聞き返す。

「18時から。まだ1時間もあるわ。」と答える。

「そっか。北里研受ける人多かったもんね。面接頑張ってね。」と言ってくれた。

容輔は、こんな時でさえ、楓と話したいと思ってしまう。だが、「容輔が面接前で一人になりたそうだ」と楓は感じたのか、軽く話しただけで自ら目線を逸らして、容輔が出てきたばかりの図書館に入っていった。


17時34分

面接開始から1時間半経って、状況を見に製図室に行って見ると、ちょうど上森正樹<第1位>の面接が終わったところだった。

概ね時間通りに面接は進んでいる。

製図室で待機している面接を終えた同級生たちの表情は様々だった。特に上森<第1位>や彩ちゃん<第5位>の表情は明るかった。

2人で話している内容に聞き耳を立てると、どうやら面接中に実質的な内定を貰ったようだ。

笑顔で話をしている上森と彩ちゃんの姿を見て、「気を使えよ」と容輔は思ったが、あの2人は法螺を吹いて自慢するような人ではない。話している内容はきっと本当のことだから、容輔は「早くその仲間に入りたい」と願っていた。

18時05分

1つ前に面接していた今泉浩二が研究室から出てきた。

「遂に面接が始まる」容輔は自身の胸から聞こえてくる心臓の音を抑えるように深呼吸をすると、研究室の扉をノックした。


「どうぞ」と低く優しい声がかすかに聞こえた。

「失礼します」

そう言って容輔は、手汗をズボンのポケットで拭いて、ドアノブに手をかけた。

小さなメガネをかけた北里教授の向かいの席に用意された椅子に腰を下ろす。先輩たちは面接に気を使ってか研究室には誰もいなかった。

「じゃあまずはポートフォリオから見せてもらおうかな」

そう言われた容輔は、ここ2週間なんども見直し、今日の午後にやっと完成したポートフォリオを恐る恐る差し出した。

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面接は、予定通り15分間だった。

研究室から出てきた容輔の顔はどっと疲れている。
別に面接が上手くいかなかったわけではないし、厳しい質問をされたわけでもない。ただ緊張した。その15分は一瞬で終わったような気もするし、とても長かった気もする。

製図室に戻ると、容輔は次の面接者である櫻井灯<第二位>に声をかけた。

「面接終わったよ。次櫻井さんだよね。」

櫻井灯は振り向いて容輔の顔を見ると笑顔になって答えた。

「ありがとう。面接お疲れ様。私も頑張ってくるね」と答えると、いつも通り掴み所のないふわふわした足取りで研究室に向かっていった。

自分の面接の前に他人のことを心配できる櫻井灯を容輔は素直に凄いと思ったが、一方で余裕なんだなと思ってしまう。

素直になれない自分の嫌な部分に気付き、容輔は小さく笑ってしまった。

「取り敢えず面接終わった」

そう楓にメールをすると、研究室にはすでに北里研究室の面接を終えたメンバーが集まっていた。あと数十分で結果が出るので当然といえば当然だった。

製図室には、面接が終わって安心している顔が並んでいる。それを見て容輔も少し落ち着いてきた。

製図室の前から5列目の窓際にあるいつもの席に座ると、面接の内容を思い出した。

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まず、予定通り5分程度でポートフォリオの説明をした。
北里教授には、設計課題Ⅳ「美術館」の作品を覚えてもらっていたこともあり、話は固くならずスムーズだった。
ただ、卒業設計でのやりたいことはまだまだ考えが及んでおらず、「これから考えていきます」と濁してしまったのが、心残りだった。


面接の手応えはないわけではないが、上森<第1位>や彩ちゃん<第5位>が話していた程の内定感は貰えなかった。

19:10

全員の面接が終わった。
最後の面接者だった辻谷優<第6位>が、製図室に戻って来ると、製図室で待機している北里研究室の面接を受けた同級生に声をかけた。

「30分後に研究室の扉に、研究室のメンバーを張り出すから見に来てだって」

どうやら「他の学生にそう伝えるように」と北里教授に言われたようだった。

大きな声でみんなに聞こえるように言えばいいものの、辻谷<第6位>は、それぞれ待機場所に行き、声をかけている。窓際に座っていた容輔の所に来たのは最後だった。

「ありがとう」と容輔は伝言してくれた辻谷<第6位>にお礼を言うのと同時に、

「また待つのかよ」

と容輔は心の中で呟いて再び喫煙所に向かった。

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