![ヒント](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/9535891/rectangle_large_type_2_92138cbcbd59ca8c2e935eb7b29b2afc.jpeg?width=1200)
都水のノスタルジア_14話【ヒントはどこにでも転がっている】
容輔は、昼前に目が覚めてから自分の席の寝袋の中で、建築知識のコピーとにらめっこをしていた。
順序は逆にしろ、北里教授が言っていた【敷地】からの【テーマ】を見つけたことで、心は軽くなっているし、容輔が【興味】として最初から話していた「都内の水辺」とも合致している。
あとは建築で解決すべき【問題点】さえ見つけることができれば、一気に設計を行える。なんとかこの「日本橋の首都高」を問題提起にした【テーマ】で卒業設計を完成させたい。そう考えていたのだ。
13時過ぎに寝袋から這い上がったとき、櫻井灯<第3位>に話しかけられた。
「そんなところで何してるの?」
櫻井灯は机の下にいた容輔に気づいていなかったのだろう。突然這い上がって来た容輔に驚いた顔を見せた。かくいう容輔も櫻井灯が製図室に来ているとは思っていなかった。
格好の悪いところを見られてしまった。
容輔はそう思った。
「卒業設計のテーマを変えようと思って、今考えてるところ」
「そうなんだ。どんなテーマ?」
「まだ確定したわけじゃないからまた今度相談に乗って」
容輔は、あと一歩まで来ている【テーマ】を知られたくなかった。
「うん。わかった。あんまりこんつめないようにね」
「ありがとう」
容輔はそう答えると、荷物をまとめた。
一晩経って落ち着いて数時間考えたが、やっぱりこの【テーマ】をものにしたい。それ以上のアイデアは出ていないので、当然といえば当然だが。
コンペや設計課題において、深夜の頭で「これだ!!」とに思い付いたアイデアが一晩経って冷静になると、大したアイデアじゃなかったとげんなりすることはよくある話だ。
「今回は違う」
容輔はそう信じたかった。
だが、研究室のみんなは、もうすでに構想を固め設計作業の方に移っているから、そう思いたいだけなのかもしれない。
「帰って落ち着いて考えよう」
容輔は、親に今から帰ることを連絡して、豊洲駅へと向かった。
豊洲駅に入る前、容輔は今日が月曜日であることを思い出し、駅に向かう途中にあるコンビニに寄った。
実家のある埼玉県越谷市までは、1時間半かかるので、暇つぶしの為に今日発売された週刊少年ジャンプを買ったのだった。
豊洲駅から有楽町線に乗り、有楽町で日比谷駅まで歩き日比谷線に乗り換える。平日の午後ということもあって、車内はそれほど混んではいない。
寝袋を使ったとはいえ製図室の硬い床で寝ていたので、疲労感があった。容輔は問題なく座れたことにホッとした。
日比谷駅から、実家の最寄りの駅までは1時間15分かかる。千代田線で北千住まで行き、東武線に乗り変えれば少しは早いのだが、乗り換えが多くなることを避けた。
「ゆっくり座って帰ろう」
容輔はチュックから先ほど購入したジャンプを取り出すと、最初のページから読み始めた。
「今週は面白いかも」
新連載として出てきたSFを含んだバトル漫画が気に入った。
ある程度読み進めると、真ん中の方にカラーページの扉絵がある。今週はハイキューだった。
バレーはやったことないが、背が低いのに運動神経に全振りした主人公の屈託のない性格やプレーには、たまに「ぞくっ」とする面白さがある。
毎週欠かさず読んでいる作品は少なかったが、ハイキューは楽しみだった。
今週の話には、バレー経験のない顧問の先生が生徒たちのために、バレーを教えることができる烏野高校バレー部のOBをコーチを呼ぶシーンがあった。
そのOBは伝説の監督の孫なのだが、学生時代はレギュラーに定着することは出来なかったと言う。
今は自営業を継いでいたため、コーチを断り続けるのだが、
「一度でいいから見に来てください」
才能ある部員たちのために、何度も電話をかけてきた先生の熱意に負け、母校の体育館に訪れていた。
そしてそこには、バレーを楽しむ学生たちの姿があった。
自分もこんな風に、この体育館で3年間休まずボールを追い続けていた。たとえレギュラーではなかったとしても、それは揺るがない。なんとかこの子たちの役に立ちたい。OBはコーチを引き受けることにしたのだ。
「懐かしいな」
自分自信も3年間汗水垂らしたこの体育館にまた通うことになるのかと、OBが呟いた。
そして顧問の先生が笑顔で聞く。
「ノスタルジーですか?」
「まぁそんなとこだな」
そう言って、OBはコーチとなり、主人公たちにバレーを教えることになったのだった。
ジャンプで気になる漫画を一通り読見終わると、バックにしまった。
最寄り駅までは、まだ30分ある。
「寝るか」
容輔はイヤホンをつけ、スマートフォンで音楽を流すと、目を閉じた。
「ノスタルジーですか?」
そう言った顧問の先生の言葉が不意にまぶたに現れた気がした。
「ノスタルジーって何だろ?」
容輔はそう思った。
「懐かしいっって言う意味な気がするけど」
目を開け、容輔はスマートフォンの検索画面で「ノスタルジー」と入力した。
【ノスタルジー】
フランス語で「過ぎ去った時間や時代、ふるさとを懐かしむ気持ち」と出て来た。
その時容輔はハッとした。
「日本橋川もそうなのではないか」と。
首都高を単に撤去しただけでふるさとや過去を感じることは出来るのだろうか?
綺麗だった日本橋川。
そこにかかる日本橋。
そしてその上を覆い尽くした首都高。
そのどれもがその場所の歴史なのではないか。
コンペの要項にあったようにただ首都高を負の遺産として撤去して、ビオトープを作ったところで、過去に戻ることはできるはずがない。
歌川広重が描いた日本橋川に戻ることはもうできないのだ。
だったら、首都高も日本橋川の歴史と受け止めて、新しい日本橋の風景を設計する必要がある。
まさに漫画からヒントを得た。アイデアはどこに転がっているかわからない。
容輔の卒業設計の「テーマ」が確定した瞬間だった。
-----------------------
※この物語はフィクションです。
※第14話は無料でお読み頂けます。購入する必要はありませんのでご注意ください。
サポートによって頂いたものは書籍購入等、より良い記事を継続して書くために利用します。よろしくお願いします。