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都水のノスタルジア_第13話【方向転換】
大学に着いて、22時に閉まる図書館に駆け込んだ。
何かのある雑誌で見た気がしたが、詳しくは思い出せなかった。
図書館の一番奥にある雑誌コーナーに行き、資料を取り出しては戻す作業を繰り返す。
当然目当ての資料が30分で見つかるはずもなく、容輔はあえなく図書館を追い出された。
製図室に入ると、何やら騒がしかった。
「明日か」
3年生の美術館課題の中間発表が明日に迫っており、中間提出まじかとなった3年生が躍起になって作業していた。意匠系の研究室配属を目指す学生にとって美術館課題が最後のチャンスだった。
毎年北里教授が美術館課題を受け持っている。
今年の課題は、例年とは少し違って、上野公園内に自分で敷地を設定し、「光をテーマにした美術館」を設計することが課題となっていた。
「断面図間に合わないわ」
そう叫びながら作業を進める3年生の声は雑音でしかなかった。
うるさい製図室を出て、喫煙所に向かう。いつも通り柱の陰に隠れながらタバコに火をつけた。
「今日は徹夜かもな」
目当ての資料を見つけるまでは帰らない。
容輔はそう決めていた。
新建築なら研究室にある。
容輔は苦手な先輩たちがいないことを期待しながら、研究室を覗いた。
「誰もいない」電気が消えた研究室に容輔は安心した。
寝ている先輩がいるかもと思い、念のためノックをしたが返事はなかった。研究室の扉に鍵を閉まっているかとも思いながらも、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
「ガチャ」
鈍い効果音と共にドアが開いた。
「よかった」
容輔は必死になって資料を探した。できれば終電までに見つけたいと思った。
だが、いつまで経っても目当ての資料は見つからなかった。
夢中になって探していたのか、気づけば2時を回っていた。
「うーん。多分新建築だと思ったんだけどな」
誰もいないことを良いことに一人事を比較的大きめの声で言うと、タバコを持って研究室を出た。
話しかけられるのがめんどくさかったので、3年生がいる製図室は通らず、研究室側にあるEVで喫煙所に向かった。
「諦めるか。明日誰かに聞けばわかるかな」
そう思いながらタバコをふかした。
ただ、ここまでみんなより出遅れていることを容輔は許せなかった。誰にも相談せずに良い案を先生にぶつけたかった。小さなプライドだったが、その思いで研究室に戻ることにした。
喫煙所から研究室に戻ると、北里研究室の電気がついていた。喫煙所に行くときに確かに消したはずだった。
「誰だろう」そう思いながら扉を開けると、そこには司先輩がいた。
「どうしたこんな時間まで」
「お疲れ様です。卒業設計の資料探してて、終電逃しちゃいました」
「そうなんだ。見つかった?」
「結構探したんですが見つからなくて」
「どんな資料?俺がわかるものであれば探すの手伝うよ」
あまり話したことはなかったが、司先輩は優しかった。卒業設計のTAでもある司先輩は、ここまで【テーマ】すら決まっていない容輔を心配していた。
「最近見た気がするので新しい新建築だったかと思うのですが、首都高のコンペが乗ったページです」
たった今まで、自分だけで納得のいく案を考えたいと思っていたが、容輔は素直に相談する気持ちになっていた。司先輩には、親しみやすい雰囲気がある。
しばらく考えていた、司先輩が言った。
「それって新建築?」
「多分そうだったかと思うんですが、確証はないです」
「それなら確かこれじゃない」
笑顔で微笑むと、司先輩は机に乗ると、新建築ではなく建築知識という雑誌を手に取った。
そうだっけな。いや絶対に違うと思いながらも容輔は数ページをめくってみる。
「これじゃないです」そう言う準備を頭の中で反芻した。こんな簡単に見つけられたらたまったもんじゃない。
10ページほどめくると、目当てのページを見つけた。
「これです!!」
容輔は、そう答えた。
研究室の角にあるコピー機で、これから【テーマ】なるであろう、その記事を容輔は丁寧にカラーコピーした。
「やっぱり。見つかってよかったね」
「はい!!ありがとうございます」
口頭で言っただけなのに、3時間探しても見つからなかった記事をピンポイントで見つけた司先輩の知識量に容輔は素直に感動した。
そしてコピー機から出てきた最初の1ページ目には、コンペのテーマでもあったタイトルがしっかりと書かれていた。
【首都高地下化。日本橋川再生へ】
「これをテーマにするの?」
司先輩はそう聞いてきた。
「まだ決まってはないのですが、なんとなくテーマになりそうな気がして探しています」
少しだけ誇らしげな顔になった司先輩は、更にアドバイスをしてくれた。
「首都高か。なかなか面白そうだけど、ただコンペの別案を考えても駄目だよ。これとは違う建築的な提案がないと」
「そうですよね」
「うん。でも欅くんなら出来るよ」
「はい。考えてみます。お時間あればまたアドバイス頂いてもいいですか」
「もちろんだよ。頑張ってね」
優しく笑ったその顔は、容輔が苦手だった高校の時のサッカー部の先輩とは全くの別人に見えた。
「失礼します」
研究室を出て、製図室の自分の席に寝袋を引くと、すぐに横になった。製図室は相変わらずうるさかったが、気にもならないほど安心していた。
「頼りになるな。」容輔は素直にそう呟くと目を閉じた。
これでテーマを決めたいと容輔は祈る思いだった。
それでも「明日また考えよう」怒涛の一日を終え容輔は疲れていた。
ただ眠りにつく直前、さっきは気づかなかったあることに容輔は気が付いた。
・・・司先輩はなぜこんな時間に研究室にいたのだろうか
・・・いやなぜ来れたのか。一人暮らしじゃないはずなのに
そう思ったが、容輔はすぐに眠りについた。
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小池楓は後悔していた。
容輔と言う彼氏がいるのにも関わらず、司先輩を家にあげたことに。
容輔のことは好きだった。
ただ司先輩のことも気になっている。
昨日、楓から誘って2人で食事をした後、あの優しくて頼り甲斐のある先輩を拒むことができなかったのだった。
司先輩はもう家にいない。
気まずくなって部屋を出て行った先輩の顔が忘れなれなかった。容輔からの連絡を返していないことよりも、司先輩のことが気になっている自分の気持ちに気づいてしまった。
楓は、キッチンにある生ゴミが入ったゴミ箱の袋にコンドームを入れると、マンション下にあるゴミ置場に持って行った。
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※この物語はフィクションです。
※第13話は無料でお読み頂けます。購入する必要はありませんのでご注意ください。
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