卒業設計

都水のノスタルジア_第8話 【卒業設計とはなんだと思いますか】

4月。容輔たちは遂に最終学年である4年生になった。

第1回目の研究室のゼミを5日後に控えていたが、容輔は久しぶりに小池楓と浅草に来ていた。

ついこの間竣工をしたばかりの隈研吾氏設計の浅草文化観光センターを見に来たのだ。家が積み上がったようなデザインの建築は、とてもコンセプチャルで建築学生にとってもわかりやすく感動できるものだった。

一通り見学した後、容輔と楓は浅草文化観光センターの最上階にあるカフェでお昼ご飯を食べていた。ランチにしては少し高めの野菜カレーを食べながら、容輔は楓に聞いた。

「卒業設計は何やるか決めた?」

「全然。何やっていいかもどう進めたらいいかもわかんない」

と楓は答える。

「そうだよね。俺も全然だわ。来週ゼミあるのに何も決まってない」

「もう決まってる人なんて少ないでしょ。これからだよ。焦らず考えればいいんじゃない」

楓の落ち着いた返答に確かにそうだと容輔は思った。これから1年間考えるであろうテーマを今急いで決めたところで、良い設計が出来るとは限らない。ゆっくりでも良いから、納得した形で進めたい。きっと楓もそう考えている。

2年生になってすぐに、一緒になった課外授業で容輔は楓に惚れた。
3人兄弟の長女ということもあり、しっかりしているがあどけない笑顔が好きになった。
付き合い始めは高校の時のカップルのように普通に日常的な話で笑ったり、映画に行ったり、ディズニーランドに行ったりもした。
付き合って1ヶ月でセックスもしたが、お互いに初体験ということもあってぎこちなかったのを今でも覚えている。

楓が建築学科に進学したのは、建築関係の仕事をしていた祖父の影響が強かったと聞いた。小さい頃から大工になりたいと思っていたそうだ。

当時流行っていたシルバニアファミリーを楓は欲しがらなかったと本人から聞いたこともある。売り物のお家ではなく、レゴブロックで自ら家を作っておままごとをしていたのだ。兄弟揃って家を作り自慢し合い、最後には兄弟みんなの家を合体させるのが、小池家の定番の遊びだった。楓は小学生にして集合住宅の設計していたのだ。

そのため楓は小さい頃から建築をやりたいと思っていたそうで、高校の時も建築学科に絞って理系に進むことを決めていた。それを容輔は付き合ってから知った。

ランチを食べたカフェで食後のコーヒーを飲んでから、容輔と楓は浅草寺に行った。

お昼後だというのに、浅草寺の神道の脇にある屋台で万頭を買いたいと言う楓に容輔は嬉しくなった。

今日の楓はいつもより表情が固い気がしていたから、いつも通りの行動に自然と顔も緩んだ。

楓は研究室が決まった日に司先輩に告白されたことを容輔に言えずにいた。今日言おうと楓は思って、容輔をデートに誘ったのだが本人を目の前にすると口に出て来る内容は、久しぶりに帰省した時に親に話す近況報告に近かった。

楓は、司先輩との件を容輔に伝えることを諦め、「せっかくだから、おみくじしよう」とい提案した。

「いいね」と容輔は応じた。


容輔と楓は手水社で手を清めるとお賽銭をした。そして心の中で、自己紹介をすると、「卒業設計が上手く行きますように」とお願いをした。

そして行列の出来たおみくじに並ぶと100円を入れてくじを引く。


楓は【吉】だった。

「普通じゃん」と言いながら容輔は自分のおみくじを確認した。

【凶】だった。

「あーあ。卒業設計は失敗だね」

と言う楓と久しぶりに声を出して笑った。

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5日経って、北里研究室のゼミの第1回目を迎えた。楓とデートした日からなにも進展していなかった。

13時になり研究室にある大きなテーブルでゼミがスタートした。ゼミには北里教授はもちろんのこと、TAとして大学院に通うm1の先輩達が2名参加していた。

1人は司先輩だった。

「それでは始めようか。僕の研究室では卒業設計で何から始めていいかわからない方のために、まずは今考えている興味から発表してもらいたいと思います。そしてそこからテーマを見つけることを今回のゼミで行います。固くならずに自由に発言して見て下さい」と北里教授は言った。

初めての本格的なゼミという事もあり、自分が卒業設計で考えている「興味」を前提に発表が始まった。発表は名前の順だった。

学籍番号が1番早い今泉は、少し緊張した趣きでA3でプリントアウトした資料をみんなに配ると、恐る恐る発表を始めた。

「僕は都市の成り立ちについて興味があります。僕は地方出身なのですが、東京に出て来て、建物の乱雑さに驚きました。
それに様々なものが凝縮された東京という場所は地域毎によってこうも色が違うものかと不思議に感じました。
僕の地元でもある広島にもここは住宅街だとか商業地域だとかオフィス街とかはあるのですが、東京のようにここは、例えば秋葉原はオタクの街とか原宿は若者の街とか渋谷にはクリエーターが集まるような場所はありません。そんな地域毎の特色に興味があります」

「なるほど。東京程様々なものが集まって出来てる都市は他には類を見ない特徴だよね。それで今泉君は卒業設計でどんなことをしたいと思ってるの?」と北里教授は今泉の考えをわかりやすくまとめようとした。

「はい。まずは東京で卒業設計をやりたいと考えています。具体的な場所は決めていませんが、東京でも他の都市と共通して言えることがあると思っています」

「それはどんなこと?」と司先輩も興味を示す。

「東京においても人口減少によって、いずれスプロール現象が起きると思っています。何年後かはわかりませんが、東京の地域色を生かして、東京ならではのコンパクトシティにしたいと考えています」

少し考えて北里教授は答えた。

「今泉くんが東京という都市に興味があることはわかりました。更に都市に対する懸念事項も持っている。1回目のゼミとしては上出来だと思います」

今泉の緊張が少しだけ解けたのを容輔は感じた。

「ありがとうございます」

「それでは次に今泉くんの今の興味から、卒業設計で取り組むべきテーマを一言で表すとなんですか」

と、敢えて4年生全員に対して卒業設計が進めやすくなるように促した。

「・・・・・・、それは、興味とはどう違うのですか」

と、数秒考えたが、今泉は質問に質問で返した。

「興味はあくまで卒業設計のとっかかりです。対して重要ではありません。そしてテーマとは卒業設計を包む風呂敷のようなものです。これから取り組むであろう課題だと考えて下さい。意味はわかりますか」

「はい。なんとなくは。僕の興味は【都市】で、取り組むべきテーマは【都市の再生】でしょうか」

周りの4年生は少しわからないような顔をしていたが、すぐに答えられた今泉は頭の回転が早い。

「今の話からすればそうだね。合ってるよ。それでは次回のゼミでは、【都市の再生】というテーマに対して、存在している問題点を見つけて来よう」

そういう北里教授に対して、今泉は聞き返す。

「都市が希薄化していくという社会問題では駄目なのでしょうか」

その質問に対して、北里教授は回答した。

「社会問題に取り組むにはいいことですが、未来の社会問題を想像することは、的確な情報収集が必要になります。そこを分析して納得できる問題点を見つけて来て下さい」

「わかりました」

と素直に答えた今泉に北里教授は微笑むと少し意地悪な笑みを浮かべて言った。

「それでは最後に今泉くんに質問です」

「はい。なんでしょうか」

「今泉君は、卒業設計とはなんだと思いますか?」

その突拍子もない質問に今泉はしばらく考えたが、わかりきっていると言わんばかりに答えた。

「それは、・・・・・・社会問題を建築で解決することだと思います」

「うん。それは正解の1つです。【問題点】があれば、次に考えることはその【問題点】を解決する建築的な【解答】となります。卒業設計では【問題点】を建築でどのように(HOW)【解決】したのかが重要です」

「ただ、卒業設計の根本にはもっと重要なことがあります」

と北里教授は続けた。

「それはなんですか?」

また緊張した面持ちで今泉は聞いた。

「それはみんなの発表の後に答えます。これから発表する人が話しにくくなると思いますので。取り敢えず今泉君は今の【テーマ】を前提として、今後建築で解決出来る【問題点】があるか具体的な調査を進めて下さい」

「わかりました」

比較的に上手くいったゼミだったが、北里教授の怒涛の質問責めに、今泉は驚くほど汗をかいていた。

「そしたら次は上森君行こうか。まずは今君自身が何に興味を持っているのか?」

と言って進行を促す。

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