シーソーシークワサー 【11 クロワッサンで朝食を】
【11 クロワッサンで朝食を】
「ほらぁ、ちゃんとお野菜も食べるのよ」
「もう!お箸の持ち方、きちんとしなさい」
寝ぼけ眼のまま朝食会場のテーブルに着くと、隣の席にはずっと注意されている男の子と教育ママがいた。「教育ママ」なんて今はもう使わないのだろうが、とにかく、男の子が一つ動作をする度、ママは矯正する言葉を投げている。何歳くらいだろう、どこか自分とにたその子をずっと見てしまった。
よく見れば、ママは昨夜、半裸を見られてしまった女性だった。「あらやだ。いいもの見ちゃった」なんて返してきたから、よく覚えていた。
それにしても、化粧をし、身なりを整え、姿勢良く椅子に腰掛けて子どもと向き合う女性は、昨夜とは全く違う人に見えた。チラリとこちらを見てから、会釈してくれたが「あら、昨日は……」とは口にしなかった。
特に食べたいものが目に映らない朝だ。珈琲を入れ、クロワッサン一つを皿に盛った。席に戻ってもなお、ママの言葉は続いていた。そこまでずっと言われても動じない男の子も大したもんだ。クーラーの冷気が直に当たる上、朝日が眩しく差し込む席に着いてしまったが、今更席を移動するのも変に思うかもしれないし、とにかくその親子の姿が気になり、同じ場所に座り続けた。
「あなたの将来のことを考えてね、」
「今はいいけど後で困るからね……」
目の前の親子の姿に、また昔の自分が投影されてくる。
◆
「いいか。店に来る客は、一瞬でも『ヒロインになりたい、主役でいたい』という夢を買いに来るようなもんだ。それを忘れちゃいけない」
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