シーソーシークワサー【13 キオクのイサンカット】
シーソーシークワサー
13 キオクのイサンカット
留美親子の背中を見送ると、また、俺はひとりになった。
ずっと連絡していた絢とも、連絡が途絶えて24時間が経つ。
駅までの道を時間をかけて歩いていく。もうアポトーシスが働いているのか、桜の青葉の頃は通り過ぎ、枯葉がハラリと落ちてきた。濃緑色から色が抜けて、黄色の葉が辛うじて枝に縋り付いている桜並木が続く中、ペースを乱さずに歩く。
何度もスマホを見たが、絢からのラインは、相変わらずなかった。その隙間を埋めるような関係のものにも、もう疲れた。
ただ、暑い。茹だるような熱に、体温も上がる。頭に血が上っているのか、母の葬儀の折、密葬にもかかわらず、線香をあげたいと現れた島の議員のことを思い出した。
最初は母の客だったのかと、嫌な顔せずに家に上げたら、ボロ家の作りに笑いを堪えたような表情を浮かべたので、票のための行動だとすぐにわかった。
「この度は、ご愁傷様です」
心がなくとも、決まり文句を口にできるのが政治屋というものだ。
「ありがとうございます。母の店には来てくださっていたのですか」
あえてその言葉を発した俺に、政治屋は戸惑いを浮かべることなく答えた。
「いえ、島の住民がお亡くなりになれば、こうして全員に挨拶に回っております」
「そうでしたか、わざわざありがとうございます。もう僕は、縁もゆかりもなくなり、たった1人の世帯になりましたから、誠に残念です」
「誠に残念です」の意味も知らないまま、議員は帰っていった。
もう春だというのに、珍しく涼しい朝だった。たった1人にでも線香をあげてもらえたのなら、感謝すべきだろうが、快く思わなかった俺は、母の遺影に向かって、「ごめん」とだけ言った。「ごめん」、母が生きている間には、数えるほどしか言えなかった言葉だ。
ごめん。ありがとう。
俺は島を出てから、毎日、感謝と謝罪の言葉を何度も繰り返す。いきなり店を捨てたことも、裏切ったと言われ続けた真斗に冷たい態度を取り続けたことも、全て覚悟の上だったはずなのに、生ぬるかったそれは今でも尾を引いている。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?