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働きかたを改革したまもの

先週、東京など7都市を対象に緊急事態宣言が出されました。今のところ大きな混乱は起こっていないようですが、いつ事態が収束するのかまったく予想のつかない状況になっています。
それまでなかなか進まなかったことが、大きな外部要因によって一気に加速することがあります。14世紀にイギリスやフランスでは人口の過半数が死亡したとも言われるペストが大流行した時には世界に大きな変化が起こりました。
それまでヨーロッパの社会というのは、王族を頂点、農民を底辺とした封建的なものでした。

農民は「奴隷」の身分だったために農奴と呼ばれていた。彼らは土地に縛りつけられており、封建君主の許可がなければほかの土地には移れなかった。封建君主は地主であるばかりでなく、判事であり、陪審員であり、警官隊でもあった。こうしたシステムはきわめて収穫的で、富は多くの農民から少数の封建君主へ吸い上げられたのである。

「国家はなぜ衰退するのか」より

こういう社会で壊滅的な疫病が発生した結果、どうなったかというと、多くの農民が死亡し、労働力が大幅に不足するようになりました。生き残った農民は、君主に強制労働からの解放や賃金の向上を要求するようになりました。イギリスやフランスなどの西欧でその後市場経済が発展したのは、こうした理由により、労働者が封建君主の搾取から解放されて自由になっていったことが背景にあるといいます。

もちろん、今回のウイルスで人口の大半が亡くなったりはしませんし、現在行われている各国の対策がうまくいって抑え込みに成功すれば、経済への影響も一時的なものに済む可能性もあります。それでもすでに世界的にドラスティックな変化が生まれていて、騒動が収まったあとでもすべてが元に戻るわけではありません。

ご承知のように、日本において労働力の不足は疫病によってで生じたわけではなくて、少子高齢化によるものです。労働人口が少なくなってきたので、いろんな働き方を認めてこれまで職についていなかった主婦や若者にも働いてもらう必要があります。また一人ひとりの生産性や効率を高めて、少ない労働力でも対処できるようにしなくてはなりません。これが数年前から政府の主導によって進められてきた「働き方改革」というものです。

働き方改革の名のもとに、プレミアムフライデーやらなんやらの施策が行われてきたわけですが、改革と呼べるような大きな変化はありませんでした。時短勤務や副業を認める企業も少しずつ増えてはきていますが、多くのサラリーマンは相変わらずスーツを着て毎日満員電車に乗らなければ社会人として認めてもらえませんでした。

ところが今、本当の意味での働き方改革が実現しつつあります。わたしが顧問として参画しているソフトウェア企業があります。そちらは20年以上前にわたしが新卒で入社した、良くも悪くも昔ながらの風土を持つ会社です。定期的に訪問して担当者とミーティングを行なっているのですが、今月からミーティングをオンラインで実施することになりました。こちらから要請したわけではなく、現在ほぼすべての社員が在宅勤務を行なっているので、来社してもらわなくてもよいとのことでした。社員が在宅勤務できるように、インターネットから安全にアクセスできる開発環境が整えられました。メールでのやりとりはTeamsに置き換えられました。わたしがアドバイザーとして進言しても遅々として進まなかった改革がわずか1ヶ月で達成されたわけです。すごい!

政府による働き方改革を、災禍である疫病が後押しするというのは皮肉な話ですが、こういう例は増えてきていると思われます。企業がこれまで働き方を変えてこなかった理由は、費用の問題はさておき、やっぱり朝礼や体操はあったほうがいいよねとか、話は膝をつき合わせてするものだとか、紙に印鑑を押さないと稟議が進まないとか、請求書を印刷しないといけないとか、そういう非合理的なことが好きな人が反対してきたからですが、緊急事態宣言によってそうした声は効力を持たなくなりました。今世界中の経営者たちが、社員を在宅勤務にして会社をまわすために知恵を絞っています。その結果、毎日会社に出社しなくても、自分の仕事は案外なんとななるなということに気づいた人も多いのではないでしょうか。

一方で働き方を変えるのが難しい業務もあります。設備が必要な工場や研究所、労働者を一箇所に集めているコールセンターなどがそうです。GoogleやAppleなど最先端のIT企業でもサポートセンターの業務に影響がでていると聞きます。こういった施設は土地や人件費の安い地方や海外にあるという理由からも、業務のやり方を変えることが簡単ではありません。それでも今後は変える必要が生じてくるでしょう。リモートワークができるようになると、拠点の従業員をその地方だけでなく世界中から集めることもできます。そうすると地方の拠点とは単なるハブとしての役割しか持たなくなります。つまり今回の問題をきっかけに、働き方のしくみが大きく変わってくる可能性があります。

今フリーランスで働いているみなさんの中には大変な状況の方もいると思います。今は経済そのものが活動停止しているような状況なので、個人やうちのように規模の小さい事業者はダメージを受けます。多様な働き方とかいう以前に仕事をすることができません。問題が収束するにはこの先何年もかかるといわれています。まだこの先幾度とない試練があるのでしょう。ですがこの危機を乗り切って、自由に経済活動ができるようになった時に、本当に多様な働き方を選べる社会をつくることができるのではという、希望をわたしは持っています。