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赤鬼の様な形相で激昂した恩師の言葉が、数十年後の自分に届いた話
仕事の場面や、関わるコミュニティの中にいて、お恥ずかしながら今でも、
「何か爪痕を残したい」「うまくやり遂げたい」と、エゴまみれの自分が顔を覗かせることがあります。
そして、あとになって、「あぁ、さっきのはチームでの戦い方をしようとしてなかったな。」「個人プレーに走ってしまっていたかもしれない」と反省するのです。
個人での戦い方。チームでの戦い方。
社会に出て、いろいろな経験をさせてもらい、今だに完璧までは程遠いながらも、それを意識できるようになった原点は、遥か昔の学生時代の恩師とのやり取りにあります。
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高2の夏、ソフトボール部に所属していた私は、引退を目前に控えた最後の大会にのぞんでいました。甲子園同様、トーナメント形式の大会は、負ければ即引退を意味します。
1試合が本当に重くて。
勝てばこの上ない達成感に浸り、また次の試合に向けて緊張感が高まり…
の繰り返しでした。
そして、ついに監督が鬼に化してしまった、あの試合を迎えます。
当時、2番バッターだった私は、監督から日々2つのミッションを課せられていました。
① 出塁したランナーを、その先の塁へ、何としても進めること
② 出来れば私自身も出塁し、相手チームをかき乱すこと
「いいか、お前に派手なプレーは必要ない。どんなにせこい手を使ってもいいから、自分のやるべきことを果たせ。」そう言われて、また忠実にその任務を果たそうと練習に励んできました。
そんな私が、あの試合では、無意識に自分の自我が炸裂したのです。
接戦を繰り広げていた試合。
両チームとも追加点が喉から手が出るほど欲しい。
そんな状況で自チームの攻撃の回、打順は私からでした。
迎えた初球。私の大好きな、「アウトコース高め」の球がきました。
無意識で振ったバットは見事に芯をとらえ、無我夢中で走り、ランニングホームラン。
メンバーから張り裂けんばかりの声援で迎えられました。
ところが次の瞬間、「バカヤローーーーー!!!!!」という監督の怒号がグランド中に響き渡りました。
そして、つかつかと私の方へ向かってきて、バチコーーン!!
ヘルメットが吹っ飛ぶくらい、
敵のチームもドン引きするくらい、
横っ面を張り倒されました(今の時代は、、色々と問題になってしまいますね。汗)。
そして、目をひん剥いて「お前一人で試合をしてるんじゃないんだよ!!!」と猛る監督。
その後、何とか試合には勝ったものの、終了後、監督から、明日話があるから職員室に来なさい、と言われました。
翌日。
監督から、なぜ怒ったか分かるか?
と問われても、うまく答えられず、
それどころか「勝ったんだから、いいじゃん!あの場面で打ったことを褒めて欲しいよ。」なんて腹の底では思ってました。
それは監督にもおそらく伝わっていて。
あの回が、試合の中でどんな意味を持っていたか、
残りの回にどう影響するか、
丁寧に解いてくれました。
私が出塁し、塁に残り相手チームを撹乱することで、心理的にもプレッシャーを大いにかけられたこと。
そうすることでの、その先の試合運びまで監督はイメージしていたのだと。
チームで戦うとは、そういう相乗効果が最も大事なことなんだ、ということを、監督は熱心に話してくれたのです。
当時の私は、反省はしたものの、
その監督の言葉の本質がようやく理解できるようになったのは、
その何十年も先の、組織の中で働くことになってからでした。
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認めて欲しい。
評価して欲しい。
そんな思いは、今だに心の底にはあります。
だけど、
私には出せないパフォーマンスを出せる人、
スキルや経験を持っている人、
そういう人をちゃんと認めて、信じてお任せすべきところは委ねる。
そして、自分がなすべきこと、求められることに集中する。
それがチームの戦い方、そして勝ち方へと繋がっていくのだと思います。
今でも時に、エゴが顔を覗かせそうになると、
私はあの夏の監督のハートフルビンタを思いまします。