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修論構想発表会におけるFAQの傾向と対策(2)

前回(https://note.com/kadotatakehisa/n/n995f977acb61)の続きです。この記事は10年位前に院生指導のために書いていた文章のリサイクルです。想定する分野や大学院の”水準”は、私の専門分野・所属先をイメージしています。


4.研究の背景、研究動向についての質問

  • 先行研究はないとおっしゃいましたが、本当に先行研究がないのでしょうか?

  • あなたの分野における研究状況、研究動向をもう一度簡潔に教えてください。

3の「独創性についての質問」と似ています。あなたの研究に関連する研究動向を簡単に説明するよう求められる質問です。これは、「研究の背景」に社会状況しか書かれていない場合に発せられます。例えば以下のような感じです。

「近年、アニメの聖地巡礼を行う観光客が増えている。そこで本研究では…」

「アニメの聖地巡礼を行う観光客」についてこれまでどういう研究があるのか、そこにどういう成果と課題があって、それに対してあなたが何をしようとしているのかも含めて説明する必要があります。「研究の背景」とは社会状況(だけ)ではなく、研究状況に重点を置いて説明しなくてはなりません。ただし、こういうのはダメです。

「近年、アニメの聖地巡礼を行う観光客が増えている。特に昨年からは、埼玉県新座市でも顕著に増えている。しかし埼玉県新座市でアニメの聖地巡礼を行う観光客に関する研究はまだない。そこで本研究では…」

ここでいう「昨年から埼玉県新座市でアニメの聖地巡礼を行う観光客に関する研究」がないのは、ある意味当然です。事例や場所を絞ればそれについて扱った研究は存在しません。重要なのは個別の事例や場所ではなく、テーマや論点です。あなたが研究しようとしているテーマを、別の事例を通じて論じた先行研究は見つかるはずです。従って、「研究はまだない」と言ってしまうのは、勉強不足か、事例から何を明らかにしようとしているのか不明瞭で、研究テーマが不在であるか、のどちらかです。先行研究とは自分の研究を結びつけたものが事後的にそのように呼ばれるものでしかありません。決して「先行研究はない」と簡単に言わないようにすることが大事です。

5. 研究科・専攻における専門分野に関する質問

  • どのあたりが人類学なんですか?

  • これは本当に民俗学と言って良いんですか?

  • どのあたりが観光研究なんですか?

「○○学」「○○研究」のところは何でも良いですが、所属する研究科や専攻の名称と、あなたの研究テーマが一見乖離しているように見える場合に問われる質問です。それを聞かれる理由は、○○学の知見(あるいは方法論や理論)が踏まえられていないように見える、○○学への貢献がよく分からない、と思われたからです。

そこで、一見したところ○○学の研究に見えない場合であっても、○○学の先行研究をレビュー部分で触れたり、研究の独創性の部分で、○○学への貢献を主張する必要があります。質疑では、そのような計画があるということをひとまず答えると良いでしょう。研究対象(事例)は確かに○○学のオーソドックスなものではないかもしれないが、視点や方法は○○学の範疇である、とアピールできる場合もあります。

ただし近年の人文社会科学は学際化が進んでおり、必ずしも自分が所属する○○学専攻の「王道」(=いかにも「○○学」らしい研究)を歩むばかりではありません。例えば宗教学を専攻する院生が文化人類学との境界領域の研究をしたり、建築史を専攻する院生が民俗学との境界領域を研究したり。こうした学際的な研究は、「王道」の先生たちから見たら「どこが○○学なの?」といった反応を誘発しがちです。その場合は、例えば「△△学の知見を自分の研究に活かすことで、○○学に貢献を行う」といった言い方をすることができます。例えばこのようなものです。

「本研究では文化人類学の権力論を応用し、近世日本の村落構造を村落住民の日常性と権力関係を中心に分析することで、従来村落の安定秩序を自明視してきた民俗学の村落論に新たな視点をもたらす」(文化人類学専攻で、民俗学的な論文を書きたい場合)

(私の勤務先である)立教大学観光学研究科に特化して言えば、「どのあたりが観光研究なんですか?」という問いは重要なメッセージを含んでいます。それは、

①観光学の知見をどう活かすことができるか?
②あなたは「観光」という概念をどう捉えており、そこに自分の研究をどう接続させるか?

という質問だと理解して良いでしょう。①は、観光学研究科にいる以上は観光学の知見をきちんと役立ててください、と促されているわけです。

②はもう少し複雑です。現代の「観光」は多義的になっていて、見方によってさまざまな定義ができます。「観光」という概念を創造的に拡張させることで、あなたの研究をその一端に位置づけることもできます。つまり、あなたの考える観光や観光学のビジョンを示し、そこに自分の研究を位置づけてください、という質問だと理解してください。

いずれにしても「どのあたりが○○学なんですか?」系の質問は、批判されているというよりは、○○学研究科/専攻において研究をするという点に創造的かつ発展的な可能性を見いだしてください、というニュアンスを持っていますアピールするチャンスを与えられているともいえますので、柔軟に、ポジティブにビジョンを語りましょう。

なお「どのあたりが○○学なんですか?」系の質問には、あまり建設的ではない単なる批判の場合がないわけではありません*。質問者の言葉のトーン、日頃の文脈で分かるはずです。その場合は、あなたの見解を率直に述べて反論したら良いと思います。

*かつて頻繁にその手の批判がなされていた民俗学では、その批判を逆手に取った書籍もあります。小松和彦編『これは「民俗学」ではない―新時代民俗学の可能性』福武書店、1989

6.研究計画やスケジュールに関する質問

  • 調査の実現可能性は?

  • 研究のスケジュールや年次計画をもう少し詳しく教えて下さい

計画で示されている調査計画がきちんと調べて書かれたものではなく、ネットでちょっと見かけた場所・機関・組織・コミュニティ等について「どこそこで調査をします」と安易に書かれている場合に聞かれます。あるいは、アクセスや調査許可が難しい場合にも言われます。いつ・どこで・何を調べるのか、どういうルートで調査許可を得るのか、それを資料として何を論じる予定か、具体的に答えてください。

年次計画やスケジュールは実際のところ研究発表の時点では決まっているわけではないかもしれません。しかし、仮でいいのでスケジュールを書いて下さい。年次計画は建築現場で言えば工程表や設計書のようなものなので、それに沿って研究をやっていけば問題なく修士論文が書けるというスケジュールを示しましょう。そのような先行きのことを考えて研究をしているのだというアピールをする機会だと思ってください。

なお、年次計画やスケジュールには文献研究(一次文献の精査だけでなく、いわゆる文献レビュー)も入ります。いつ、どういう分野の論文や本を読むのか、ということまで考えてスケジュールを組み立てると良いでしょう。

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