桃太郎
むかしむかし、ある村におじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると、上流から大きな桃が流れてきました。貧しくて普段はあまりご飯を食べることができないおばあさんは食欲に駆られ、その桃を持って帰ることにしました。
その夜、おばあさんはおじいさんにその桃を見せました。そして。腹ペコの二人は早速食べようと桃を切ろうとした瞬間、
「オンギャー!オンギャー!オンギャー!」
桃は独りでに割れ、中から男の子がいました。おじいさんは今でさえ貧しいのにもう一人、しかも子どもを育てるのは無理だと言いましたが、おばあさんは全く聞き入れる様子はありませんでした。最後はおじいさんが折れることになりました。
この家ではいつもの光景です。
二人はこの赤ん坊を桃から生まれたので、桃太郎と名付けました。
「いいかい、桃太郎。正義感を強く持って,絶対に悪を許しちゃいけないよ。特に、あの島に住んでる鬼達には気を付けるんだよ。あいつらは何を考えてるか分からないからね」
おばあさんは、事あるごとに桃太郎にこう言い聞かせて育てました。
桃太郎は十八歳になりました。桃太郎は、背が高く、体は筋骨隆々なたくましい青年になっていました。
桃太郎達が暮らしている村は資源が乏しくあまり裕福ではありませんでした。そのせいなのか、村では争いごとが頻発していました。
米と野菜を交換する時は、少しでも自分が多く得ようと、「どれだけ育てるのが大変だったか」の口喧嘩手前の交渉が行われます。赤ん坊が夜泣きをすれば、翌朝一番に、自称正義の代弁者がやって来て、金切り声で、「子どもの泣き声でみんなが迷惑している」と言います。洗濯に来た川沿いでの井戸端会議は、「村長が頼りないせいで私たちが辛い思いをしている」という愚痴であふれています。
桃太郎はそんな村が嫌でした。助け合いもしないで村長のせいにして、自分達は何も行動しようとしない村人達が嫌でした。
ある日、緊急の村人会議が行われることになりました。なぜなら、隣村が何者かに襲われ食糧が奪われた、という報せが入ってたからです。
桃太郎の心の正義の炎が燃え上がりました。
桃太郎は立ち上がり、大声で話し始めました。
「隣村を襲ったのはあの島に住む鬼に違いない!!我ら善良な人間が同じ人間を襲うはずがない!!それに、昔からあの鬼どもは何を考えているか分からない、とても危険な連中だ!やったのは鬼どもに違いないっ!!!」
桃太郎の大声に気圧されたのか、村人達の目の色が変わっていきました。
「もうこれ以上鬼どもに好きにはさせない!!俺は鬼退治に出発する!!あの悪鬼の巣窟、鬼ヶ島に討ち入り、鬼を一人残らず始末しに行く!!!」
「そうだ!そうだ!悪いのはあの鬼たちだ!!」
「怪しい奴らは始末するのが一番だ!」
「よく言ったぞ、桃太郎!」
村人達は熱狂の渦に呑まれてしまいました。
翌朝、桃太郎はすでに刀、鎧などの旅の支度を整えていました。
すると、おばあさんが、
「突然のことだったから、こんなものしか用意できなかったけど、持っていっておくれ」
そう言って、きびだんごを渡しました。
桃太郎は受け取り、爽やかに笑いました。
「お気持ちはしっかりと伝わりました。それでは、行ってまいります」
桃太郎はおばあさんに見送られながら、出発しました。
桃太郎は島に行くことのできる海岸を目指して、森を進んでいました。すると、目の前に赤褐色の毛に包まれたイヌがいました。
「人間がこんな所まで来るなんて、今日は珍しい日ですね」
桃太郎は鬼退治をすることになった経緯を話しました。
「そんなひどいことがあったのですか!?分かりました。悪を許すわけにはいきません。わたくしも桃太郎さまにお供させていただきます」
「ありがとう。味方が増えるのはとても心強い。お供になった印としてこのきびだんごをあげよう。」
イヌはそれを受け取りました。
少し歩くと今度はサルに出会いました。
「こんなトコに人間がいるなんて、めずらしいなー」
「俺はあの島にいる鬼どもを退治するために来たんだ」
「わたくしはそのお供をしています」
「どうだ?俺たちと一緒に鬼退治に行かないか?」
「げげっ!そんな危険なことをしに行くのかい?オイラはアブナイ事は嫌だよー。それに、今、とってもお腹が空いてるんだ」
「だったら、これをやるから、その代わりに鬼退治に協力してくれないか?」
サルは目を輝かせて、きびだんごを受け取りました。
こうして、サルはまんまとおともに加わりました。
「桃さ〜ん、オイラもう歩けないよ〜。イヌく〜ん、背中に乗せて〜」
「やめろ!自分で歩け!」
イヌとサルが微笑ましいやりとりをしていると、どこからともなくキジが飛んできました。
「おやおや、こんなところに人間とは。この先には鬼ヶ島しかないですよ」
「俺はその鬼ヶ島に向かっている。隣村があの鬼どもに襲われた。だから退治しに来たのだ」
「ふ〜ん、あの鬼達がそんなことを…」
キジは少し考えました。そして、周りには聞こえないくらいの声で、
「鬼と人間が会ったら面白そうだ」
と呟きました。
そして、桃太郎の方へ向き直して言いました。
「私もおともさせてください」
「もちろんだ」
こうして、キジがおともに加わりました。
「協力のお礼にこのきびだんごをあげよう」
「私のくちばしではだんごなんて食べれないですよ」
「じゃあ、オイラにちょうだ〜い」
「コラ!勝手なことをするな」
そんなことをしているうちに海岸に到着しました。
桃太郎一行は船に乗り、鬼ヶ島へと向かって行きました。
鬼ヶ島へと着くと、そこで鬼の形相を浮かべた鬼達が桃太郎達を出迎えた………訳ではありませんでした。そこには、読み聞かせをするお父さんのような顔をした鬼とネコとクマが談笑していました。
彼らが桃太郎達に気が付くと笑顔で近寄って来て、言いました。
「鬼ヶ島へようこそ」
桃太郎は刀をいつでも抜けるように準備しました。
「初めての方ですよね?えっと、ここは……」
「悪鬼め!何を企んでる!!」
「な、何も企んでなんか無いですよ」
鬼は必死に応えます。
しかし、
「嘘をつくな!!お前らが隣村を襲ったんだろう!!怪しい危険な奴らは成敗してやるっ!!」
桃太郎は刀を抜き、鬼に斬りかかりました。
「まずいっ!一旦、逃げるぞっ!!」
鬼達は森の中へと消えて行きました。
桃太郎が追いかけようとすると、
「桃太郎さま!お待ちください!」
「何だっ!!」
「彼らにも何か事情がありそうでした。一旦、待ちましょう」
「そんなことしてられるかっ!!」
「で、では、長旅で疲れてるでしょう?今日は休み、明日、万全の状態で臨みましょう」
「分かった。そうしよう」
その日は、着いた海岸で野宿することにしました。
翌朝、桃太郎が目を覚ますと、イヌとキジしかいませんでした。少し時間が経つと、サルが森の中から現れました。手にはリンゴを持っています。
桃太郎はサルに言いました。
「どこに行ってたんだ?」
「いや〜、木が変わると寝れなくてすぐ起きちゃったんですよ。だから、朝の散歩に行ってたら、みんなもう働いてたんですよ。それで少し仕事を手伝ったらお礼にってこのリンゴをくれました。みんな物騒なことをしなければ自由に島の中を歩き回っていいって行ってましたよ。あ、そうだ。今から餅つき大会をするから来ないか?って誘われました。一緒に行きません?」
「行く訳ないだろ」
桃太郎はサルから視線を外し、答えました。
「私も遠慮します。自由に空を飛びたいので」
キジも断りました。しかし、イヌはサルと桃太郎を交互に見て迷っているようでした。
「……わたくしは………その……」
桃太郎はぶっきらぼうに言いました。
「勝手にしろ」
「で、では、餅つき大会の方に行かせていただきます」
イヌはそう言うと、サルと並んで森の方へと歩いて行きました。
犬猿の仲が良い。少し不思議な光景です。
キジもどこかへ飛んでいってしまい、桃太郎は一人になってしまいました。
太陽が真上から少し進んだ頃、桃太郎はまだ一人でいました。誰も戻ってくる気配がありません。
(まずは、情報収集だ)
そう自分に言い聞かし、森の中へ入って行きました。
森の中を少し進むと開けた場所に出ました。そこには家が立ち並び、鬼だけではなく、ネコ、クマ、キツネ、ネズミ、スズメなど、様々な種類の動物達がいました。薪を運ぶクマ、果物を運ぶキツネ、鬼ごっこををしている子鬼。みんな笑顔でいました。
さらに、その村に入るといろんな会話が聞こえてきます。
「なぁ、俺の作った野菜とあんたんとこの米を交換してくれよ」
「今年はあんまりできなかったんだよ。悪いな」
「そりゃ大変だな!?わかった。この野菜やるよ。その代わり、来年は少し多めに米をくれよ」
「いいのかい?ありがとう!もちろんだよ!」
「昨日の夜泣きはすごかったね〜。三軒隣のあたしの家まで声が聞こえてたよ」
「えっ、すみませんでした」
「いやいや、全然大丈夫だよ。あんだけ大きな声で泣けるのは元気な証拠だよ」
「あ、ありがとうございます」
「ねぇ、聞いた?島長の話」
「何?またなんかやらかしたの?」
「そうそう。南の畑の近くに住んでるウシさんいるだろ?その家の壁が壊れちゃったんだよ。だから、島長が、『俺が直す』って言って直し始めたら、あの馬鹿力で全部壊しちゃったんだって」
「えっ!?大丈夫だったの!?」
「それで見かねてみんなで作り直したら、この島一番の豪邸になったんだって」
「なんだかんだで島長って立派な鬼だよね〜」
「そうそう」
桃太郎は様々な会話を聞いて村を後にしました。
その夜、桃太郎達はまた同じ場所で野宿をすることにしました。
「桃さん。みんな村に泊まっていい、って言ってくれたのに、どうしてまた野宿なんだよ〜」
「あれは、鬼どもの罠に決まっている。それにまんまと嵌るわけにはいかない」
「桃太郎さま。この島は貧しい訳ではありません。わざわざ人間の村を襲う必要があるとは思えないのですが…」
「そう思わせるのが奴らの狙いだ。そう思わせて、油断したところを襲ってくるのだ。悪鬼の考えそうなことだろ」
本当は桃太郎もイヌと同じことを考えていました。しかし、あれだけ言ってしまったため、引くに引けなくなっていました。
次の日、桃太郎が目を覚ますと誰もいなくなっていました。誰にも見つからないように村まで行ってみると、イヌもサルもキジも島民と一緒に働き、一緒に遊んでいました。
桃太郎は一人になりたくなって、誰もいない方向へと歩き始めました。
日が傾いてきた頃、桃太郎は山に入っていました。流石にもう帰ろうと思った時、
(どこだ!?ここは!?)
帰り道が分からなくなっていました。
焦った桃太郎は闇雲に歩き続けました。しかし、どこまで行っても木しかなくさっぱり分かりません。
辺りはすっかり暗くなってしまいました。それでも、桃太郎は歩き続けました。次の瞬間、
ザザーーッッ!!
桃太郎は斜面になっていることに気づかず足を滑らせてしまいました。下まで転げ落ちた後、立ち上がろうとすると、右足首に激痛が走りました。桃太郎はその場で倒れてしまいました。もう進むことはできません。
(きっと、これは鬼を信用しなかった俺への罰なんだな……)
目の前にはキレイな星空が広がっています。
桃太郎はゆっくりと目を閉じました。
遠くに声が聞こえる。
「いたぞー、こっちだー!」
声が近づいてくる
「急げーー」
聞いたことのある声がある。
「………さま!……ろうさま!桃太郎さま!!」
桃太郎は目を覚ましました。目の前には見知ったイヌと知らない鬼の顔がありました。両方とも同じように大汗をかいていました。
「桃太郎さま!ご無事ですか?」
「……生きてる……のか…?」
「もちろんです!」
すると、桃太郎は両肩を鬼に支えられて立ち上がりました。そして、目の前には目覚めた時にいた鬼がいました。
「間に合って良かった。はじめまして、私はこの島の島長です。こちらのイヌが、『桃太郎さまがいない!探してくれ!』と頼んでいましてね。総出で探していたんですよ。いいお供をお持ちですね。」
「どうして、助けたんですかっ!?俺はこの島に関係ないのにっ!むしろっ……むしろ…傷付けようとしたのにっ!」
「私たちみんな、この島が好きだからですよ。笑い合って、助け合うこの島が好きだからです。たとえ、最近外から来た人だって、苦しんでるなら助けますよ。この島で悲しいことは起きて欲しくありませんから」
桃太郎の目から涙がこぼれ落ちました。
桃太郎は声を上げて泣きました。
一年後……。
桃太郎は鬼ヶ島の海岸にいました。そして、止めていた舟に乗りました。
「今までありがとうございました」
桃太郎は見送りに来てくれた島長をはじめとした鬼達、そしてこの島に住む多くの動物達に向かって深々と頭を下げました。
「寂しくなるなぁ」
「すいません。でも、俺がやりたいことは、自分の村をここみたいにすることです。ここみたいにみんなで笑い合って、助け合う村にすることです」
「いつでも帰ってこいよ」
「はいっ!」
桃太郎は花のように笑って、漕ぎ出して行きましたとさ、めでたし、めでたし。