わたしがその手を離してはいけない

結婚しました。
夫はとても責任感が強く、夢をしっかり持ちながら現実を冷静に見つめ、みんなのためになることを自分の使命としている人です。わたしはそんな夫と手を取り合い、その理想へ歩むことにしました。
 
夫が死にました。
もともと身体は強いほうではなかったのですが、流行り病で急に逝ってしまいました。わたしは最後に手を握りました。冷たく硬くなり、人というよりはモノ、という感触は忘れることができません。
 
息子が歩きはじめました。
いつ壊れてしまうかわからないような身体なのに、自由過ぎるほど自由に動きまわります。わたしはどうしても手を引いてしまいます。身体が先に動くのをどうやっても抑えられません。
 
息子が死にました。
二十七歳で死にました。本当に急なことでした。あたたかくなりはじめの時期でした。わたしは息子の手を自分の手でしっかり包みました。手の中でだんだんと冷たくなっていくのを感じていました。
 
いつのまにか春は過ぎていて、いよいよ夏が来たようです。純白の衣を干すという天の香具山に。ここに暮らすすべての人々の上に。頭を撫でるように。流れてきた風が教えてくれます。その風が机上の紙をあばれさせます。駄々をこねる幼子のように。わたしはそれを飛ばないように、どこにも行ってしまわないように、手でしっかりと押さえました。



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