マガジンのカバー画像

詩集『閑文字』

207
伽戸ミナがつくった詩を載せています。読んで頂けたらうれしいです。
運営しているクリエイター

2023年2月の記事一覧

【詩】ヴァレンタイン

冬が終わる時期になると 春の壱番隊がやってきて 研ぎ澄ました包丁で 夜空の表面の鱗を 魚市場みたいに剥がす音がきこえる 冬のあいだ 恋人たちの敵役だった 鱗が 飛び散る つめたくてよくきれる 皮膚が切れて 肉の断面が見えても 血は流れていなかった 自分の肉体じゃないのかもしれない 自分の肉体とスウェットの 境界線がなくなっているのかもしれない 夜よりも 自分は にんげんじゃないんじゃないかというこ

もっとみる

【詩】人生は旅すること

じんせいはたびすること柄のシャツの上に ジャケットを羽織ってネクタイを締めて 電車に揺られるにんげんは 脂ぎった光をしている かがみを見るのは嫌いになったから 透明なにんげんを見て 空気のない宇宙空間の 空気を燃やしながら進む流星みたいな 光を 放つ言葉 を見ている 世界は美しい 自分のいる世界は美しい 美しくない自分でも いる世界は美しい から 安心して電車に乗っていい らしい 連結部分のたびに

もっとみる

【詩】じごくの空気

いつもアスファルトの上に立っているから忘れちゃうけど、カタラーナみたいにアスファルトの下には土がある。雑草が割ったアスファルトからは土が見えて、掘っていくことができる。街に潜るように掘りすすんで、到達したところが詩だから、詩とはじごくの空気なのかもしれない。地獄は、画数が多くて恐いけど、ほんとうはじごくって感じ。ひとは地球の空気でしか生きられないし、火星人は火星の空気でしか生きられないし、流れ星は

もっとみる

【詩】文字にならない声

文字にならない声は ゲンジボタルみたいなひかりになって にんげんを 星空に沈めるように漂っていた 耳から 髪から 指先から 必要としている だれかに向かって とびたっていった 瞳からでてきたひかりは 時には拒絶してしまうくらい やさしかった
ひかりを束ねると 電気になるとわかった 電気はひつようだから 年に一度 収穫祭をするようになった 六歳になったら 自分のひかりをささげる ふんばって 口からひ

もっとみる

【詩】ヴァレンタイン

鋭角三角形みたいな冷気が二粒あわさってできた星が、オリオン座みたいに結び合わされて、結び目がどんどんふえていって、固くなって出来上がった包丁が、夜空の表面を撫でる。夜空を覆っていた鱗が飛び散る。それは必殺・降鱗流星斬になって僕に襲いかかる。それは一瞬の光の奔流だった。皮が裂け肉の断面が見えていても、僕から血は流れていなかった。夜よりも、自分は人間じゃないんじゃないか、ということの方がこわかった。

もっとみる

【詩】純粋さは透明度で測るものじゃない

東京の真ん中から、神奈川の隅の六畳一間の隅まで、撃ちぬける歌をうたうアーティストを飾る、すごい照明器具があるから、光もすごいってことになっている。ゲームもカメラも最新作は、夢想的な美しさをしていて、どれだけの絶景を再現しても飽きたらず、透明まで美しくしようとしている。他人の為のメイクやファッションって、眼球とのあいだの、透明に施しているのかもしれない。えのぐと違って、夜は冬みたいに、空気を染めてい

もっとみる