「手の温もり」

WEDNESDAY PRESS 036

女性の手を握る時に、男性はどのような想いを巡らせるのであろう。
「握った手が冷たく感じると、かわいそうに思い自然と愛おしさが湧く。この冷たい手を温めてやろうという気持ちが、お芝居の端々に出る」と、2代目の尾上松緑さんが女優の草笛光子さんに語ったこと。「週刊文春」の「きれいに生きましょうね」という連載で、歌舞伎の女形の役者は、舞台に出る直前に、手を冷たく冷やしておくことがあると、教えてもらったことがあるそうだ。
確かに、握った手が生温かかったら、愛しさは湧いてこないであろうとも。
これはカップルの情を出すための、相手役に対する気遣い、あるいは礼儀なのです、と松緑さんは諭したようである。

これは草笛さんが、松緑さんに諭されゴルフをきっぱり辞めたことについて書かれた中にある。ゴルフから帰ってきた肌に白粉を塗っても、襟の合わせあたりが日焼けの跡でゲジゲジのムラになってハゲている。それでは気持ちよく芝居はできない。芸事の奥深さを知り、すっぱりゴルフを辞め50年以上の歳月が流れるという。このようなエピソードから芸の愉しみを垣間見るのがこの連載の愉しみである。

相手役に対する気遣い。これは何も芸事だけではない。料理の世界も同様である。作り手と食べ手、どちらも相手のことを気遣ってこそかけがえのない関係が生まれるのだ。かつて京都に「ブルーマ55」というレストランがあった。シェフは、料理人とお客さんはいつも五分五分の関係やないとダメなんです、と店名について語ってくれたことを思い出した。

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