短編小説「電話対応」
「『今、お時間よろしいでしょうか』を名乗ったあとにつけなきゃだめだ」私の書いたメモに目を通し、先輩は不機嫌そうにアドバイスを授けてくれた。言葉遣いに厳しい先輩に相談してやはり正解だった。学がない私のような人間は、プライドを変に持ち失敗する。そんなことにならないためにも詳しい人に教えを乞うべきだと常々思う。
「ありがとうございました。なるほど、確かに名乗ったあとに一文を付けるだけで相手への気遣いを感じますね」私は先輩が読み終わったメモを受け取り、頂いたアドバイスを書き加えた。そして自分でもう一度全文を黙読する。うん。何も問題はなく素晴らしい完成度となった。私はすぐにでも自宅に帰り、この文章を清書書きしたい気分になった。
「こういうのは相手への配慮を欠いてはいけないからな。丁寧すぎるくらいでいいだよ。でも感心したよ。電話で先方へ日程調整のお伺いをするのは慣れていないと緊張するからな。そうやって文章にして整理するのはいいことだよ」先輩は最後に、がんばってと付け加えて私を激励してくれた。
その夜、私は自宅で正座をしながら先方の番号を携帯に打ち込み、耳に当てた。先方が電話に出ると私は自分の名前を名乗り、
「――今、お時間よろしいでしょうか?」と続けた。「はい」電話に出た女性は落ち着いて返答した。
「本日は週末のご予定についてお伺いしたくご連絡いたしました。先日実施致しましたお食事会の席にて、水族館について大変造詣が深いことを思い返し、是非その有している知識を、実際の水族館にて再度ご高話頂戴したいと先ほど考え至りました。つきましては今週末、私とご一緒に水族館に赴くことは可能でしょうか?」私は部活の先輩の助言も付け加えた完璧なデートの誘い文句を言い切ると、相手が誤って電話を切ってしまい大層驚いた。