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【インタビュー】第44回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈優秀賞〉受賞作 浅野皓生『責任』刊行記念

「法律に対するモヤモヤが強くなると、それを物語にしたくなるんです」

『責任』浅野皓生インタビュー

第44回横溝正史ミステリ&ホラー大賞優秀賞を受賞した『責任』(応募時のタイトルは「せき」)は、冤罪もののミステリだ。著者の浅野皓生は、二〇〇一年生まれの東大法学部生。授業で法律を学んできた経験や、人生の折々で巡らせてきた責任についての思索が、物語の中に溶かし込まれていた。
取材・文/吉田大助


──『責任』は警視庁捜査一課の刑事・松野まつのとおる(テツ)が、被疑者死亡で解決済みとされている十二年前の事件の再捜査に挑むミステリです。「自分にも、ああなったことの責任みたいなものがあるんじゃないかって、ずっと、考えてきたんです」と言う主人公の心情、再捜査を始める動機の丁寧な記述に、序盤から興味と信頼感を搔き立てられました。物語の出発点はどこだったのでしょうか?

浅野:大学の行政法の授業で、「パトカー追跡事件」という有名な判例の存在を知ったことです。パトカーが交通違反をした車を追跡していたところ、逃げていた車が別の乗用車に衝突し、乗っていた第三者が負傷した。その第三者から、パトカーの追跡は違法であったとして、国家賠償請求訴訟が提起されたんです。実際の事案では、警察側が勝訴しました。ただ、判決には一切出てこないんですが、パトカーを運転していた警察官はどんな気持ちだったんだろうと、自分の中でぐるぐると想像が始まってしまって。そんな時に、大学の倫理学の授業で「運と道徳」について話を聞きました。自分が責任を感じている時、他の人にあなたは運が悪かっただけで責任などないと言われても、責任を感じる気持ちは消えないですよね、と……。その議論を「パトカー追跡事件」に関する想像と重ね合わせていった結果、冒頭の交通死亡事故のエピソードが生まれました。

──テツは二〇一〇年の冬、不審車両に遭遇し職務質問をしますが、運転手の藤池ふじいけ光彦みつひこは車を急発進させ、通りかかった車に乗っていた家族四人を巻き込んで死亡します。世論は当初警察に批判的でしたが、光彦が事故直前に強盗致傷事件を起こしていたと判明したことで、非難の矛先は光彦の遺族へと向かいました。それから十二年後の二〇二二年夏、テツはその遺族から、強盗致傷事件に関する再捜査を依頼されます。光彦は強盗致傷事件など起こしていないんじゃないか、冤罪ではないかと遺族は疑っていたんです。ただ、本作が面白いのは、テツは「可能性はゼロに近いと思います」と言っていることです。冤罪ものとしては、異例の展開ではないかと感じました。

浅野:事故の後、どういう状況が生じたらミステリ的に面白くなるかなと考えていった時に、この展開が思い浮かびました。冤罪ものって、かなりパターン化されてしまっていると思うんです。例えば、「これは証拠の捏造では?」と疑われるエピソードが出てきたらたいてい、本当に捏造されている。警察の不正な捜査があって、証拠が捏造されて、無罪なのに捕まって……という流れがテンプレ化されているんじゃないかと。そのやり方は、もういいかなと思ったんですよね。冤罪でないことは間違いなさそうだというところから始まって、だけど何かがちょっとヘンだぞ、という要素が不意に見えてくる流れにすれば、これまでの冤罪もののミステリとは一味違うものになるのではと思ったんです。

──テツは交通死亡事故の当事者であったため、当時は捜査に参加できなかったんですよね。関係者たちの元へ行き話を聞き出す姿には、刑事としての実直さを超えた、執念を感じました。

浅野:テツは「遺族に対する罪滅ぼしです」というようなことを言っているんですが、警察の仲間からはワガママだと言われるとしても、再捜査をすることで彼なりに責任を取ろうとしているんじゃないかと思うんです。ただ、それで果たして責任を取ることになっているんですかというのが、二部構成を採用した理由でした。

法律では汲みつくせない責任もある

──浅野さんは、本作以前にも新人賞の受賞歴があります。二〇二二年に「テミスの逡巡」(応募時のタイトルは「殺人犯」)で東大生ミステリ小説コンテストの大賞を受賞し、同作は翌年刊行の東大卒作家アンソロジー『東大に名探偵はいない』に収録されました。小説は以前から書かれていたのでしょうか?

浅野:ドラマの『相棒』が大好きで、中高生の頃は『相棒』に影響を受けた警察ミステリを書き、新人賞にも応募していました。大学では書くことから足を洗って、法律の勉強に専念しようと思っていたんですが、東大生ミステリ小説コンテストは、東大生しか応募できないという恐ろしくマイナーな賞で。応募者が絶対少ないからワンチャンあるも、と思って出したら運よく拾っていただきました。その時やりとりさせていただいたKADOKAWAの編集者さんに、横溝正史ミステリ&ホラー大賞への応募を勧められたんです。

──「テミスの逡巡」も、責任を巡るミステリであると感じました。法律の世界では、責任はどのような扱いをされているものなんでしょうか?

浅野:基本的にあらゆる裁判は、責任を追及するものなんですよね。刑事裁判はもちろん、民事で「お金を払え」と訴えることも、民事上の相手の責任を問うている。そういう意味では、法律の意義の一つは責任をはっきりさせることとも言えます。ただ、法律では汲みつくせない責任もあるんですよね。例えば、いわゆる道義的な責任と言われるものと、法的な責任の境界はどこにあるのか。法律の意義は白黒付けることなんですが、現実には白黒付かない中途半端な場所にいる人とか事件とか物事がたくさんあります。そういったものに気づいて、自分の中で法律に対するモヤモヤが強くなると、それを物語にしたくなる。そうすることでスッキリするというか、少し整理される感覚があるんです。

──いわゆる自己責任論のブームも含め、責任の一語は、現代を考えるうえでもキーワードになるのではないでしょうか。

浅野:そう思います。誰かに責任を感じるとか、あるいは責任を誰かに負わせることって、人間が有史以前からずっとやってきたことではあると思うんですが、現代社会ではそれがいろんな形で噴出している。例えばSNSの炎上は、誰かを叩きながら「責任を取れ」と言っているように見えるんですが、どうすれば責任を取ったことになるかを誰も言わないですよね。いつの間にか叩いていたことを忘れてしまって、責任を取るところまでは誰も見ていないんじゃないか。全く別の例だと、いわゆるサバイバーズ・ギルト。事件や災害から自分が生き残ってしまったことへの罪悪感のことですが、『責任』の主人公が抱いている「自分が違う振る舞いをしていれば、結果が変わったのではないか」という想像とも、どこか通ずるところがあるのかもしれない。今回、責任をテーマに小説を書けたのも、大学に入学してから、こうやって責任についてあれこれ考えてきたからこそだと思います。

──最後に、今後の展望を教えてください。

浅野:来年の四月から法科大学院に進学する予定です。きちんと勉強をして司法試験にもきっちり受かることを目指し、今のところ、将来的には弁護士になりたいと考えています。小説に関しては、頑張れる限りで頑張りたいです(笑)。法律を学んだり法律について考えることは、小説を書くことにも繫がると思うので。


書誌情報

書名:責任
著者:浅野皓生
発売日:2024年09月28日
ISBNコード:9784041153840
定価:1,870円(本体1,700円+税)
ページ数:288ページ
判型:四六判 単行本
発行:KADOKAWA

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