変な部屋

ご挨拶


こんにちは。書畜と申します。

先日、とある知人に「変な家の映画気になってるんだよね」という話をしたところ「原作者の雨穴さんのYouTubeも面白いよ」という話を聞き、時間だけは腐るほどあったので、すぐに見てみました。そして、見事にハマりました。

以下は雨穴さんの「変な家」が好きすぎて作ったパロディ。
とある部屋の住人の失踪の真相を「私」と「先生」が解き明かしていくミステリーです。

【※間取り図は素人制作のため、不十分、誤った箇所がある可能性があります。なお、この間取り図の制作に参考にした物件がありますが、この話には一切関係ありません】

変な部屋


 私は、とある小さな出版社で、オカルト雑誌に携わる編集者です。正直、文学部というコネで入っただけの会社で、文学への知見もなければ霊感もありません。けれど、オカルト雑誌の編集者という肩書きのせいか、はたまた担当であるオカルトライター、似鳥先生のせいか、私のもとにはそういう面倒な類の相談が、度々舞い込んでくるのです。

①消えた住人


 その日、私たちはとあるアパートに向かっていました。なんでも住人の一人が失踪したらしく、家賃の取り立てに困った管理人が人伝てに似鳥先生を指名したのだといいます。

「ここです」

 このアパートの管理人である大谷さんは、506号室の鍵を開けて私たちを招き入れました。

 このアパートは6階建て。各階に1号室から6号室まであり、506号室は角部屋。外からは古く見えますが、2年前に内装を一部リフォームし、部屋の中は思っていたよりも綺麗なものでした。

「部屋の住人と、一ヶ月近く連絡がつかないんです」

 部屋にはまだ日用品が残っていて、確かに人が生活していた痕跡がありました。私は首から下げたカメラを構え、大谷さんに許可をとって写真を撮影していきます。

 似鳥先生はライターとはいえ記事を書くのがメインで、写真担当は専ら私です。もちろんプライバシーがあるのでこのまま画像は使えないですが、あくまで調査のために撮影は許可してもらいました。

「そろそろ月が変わるでしょう、先月分の家賃もまだ受け取ってないのに失踪してしまって……」

「失踪……ですか」

 私はメモを取り出し、大谷さんの話をまとめて始めます。この部屋の住人である堺さんは二十代半ばの男性。家賃が未払いだったため、大谷さんは三日に一回のペースで催促に来ていたそうです。

 その度に、もうすぐお金が入るから待ってほしい、と言っていたものの一向に入金はなく、8月20日以降、連絡もつかなければ姿も見えないといいます。

「連絡がつかないとはいっても、ただ出かけているだけなんじゃないですか?家賃を払いたくなくて逃げ回ってるとか」

 正直オカルト的要素は感じない。記事にはならなさそうだと思っている私をよそに「だとしたら、預金通帳も持って出ていくと思いますよ」と先生は部屋の様子を見て言いました。

「預金通帳?」

「ええ。いくらキャッシュレス決済が普及したとはいえ、預金通帳やキャッシュカードが残ったままですし、これ」

 そう言って先生はいくつかの郵便物を並べました。どれも不在票のようです。

「意図的に留守にするのであれば、この部屋宛に荷物は頼みません」

「とすると……堺さんは本意ではない形で、家に戻れていない、ということですか」

「あくまで憶測ですが」

 しかし、そうなれば何か戻ることのできない理由があるはず。隣の部屋の住人は留守だったため、私たちはひとまず下の階の住人に話を聞くことにしました。


②下の階の住人


 下の階の住人である若松さんは、2年ほど前からこのアパートに暮らしているそうです。私たちがオカルトライターであると名乗った時には顔を顰めていましたが、管理人である大谷さんの頼みで調査をしていると言うと、話を聞かせてもらえることになりました。

「実は……上の部屋に住んでいる堺さんが8月20日ごろから行方不明になっていまして……何か不思議な物音を聞いたりだとか、誰かと揉めていたとか、心当たりはないでしょうか?」

 若松さんは、額の汗を拭いながらしばらく考え込みました。今年は3月までは寒い日が続いていましたが、最近はとにかく暑くてたまりません。

「……そういえば、上の階から変な音がした時があったわ」

「変な音?」

「ええ。20日よりは前だったと思うけど、和室の方で何か重いものを落としたり、引きずるみたいな音がしたの」

 和室の方……このアパートの間取りはどの部屋もほぼ同じ。となると……

 先生は間取り図を見つめた後「わかりました。ありがとうございます」と若松さんにお礼を言い、話を終えました。

「堺さんの失踪したタイミングで、何か大きな物音がしたとなれば、彼の身には何かあったのでしょうか?」

 失踪前後に大きな物音。偶然だとは思えない。先生は私の質問に、他人事のように「どうでしょうね」と興味もなさそうに言いました。

「防犯カメラもないようですし、流石に情報が少なすぎます。現状では何ともいえません。また隣の部屋の住人の話を聞いてから、現状を整理しましょう」


数日後


 隣の住人を訪ねていくよりも先に、あのアパートの管理人さんから私たちのもとに再び連絡がありました。

 なんでも、下の階の住人がまた大きな物音を聞いたというのです。

 若松さんの部屋に訪ねていくと、彼女はこの間と変わらない部屋着姿で私たちを迎え入れました。

「そのー、不審な物音を聞いたというのは……」

「昨日の夜です。和室の方で、またあの時と同じ音がしたんです。ズルズル……バタン!みたいな。上の部屋の人はユーチューバー?だったらしくて、以前から確かにうるさかったんですけど、ここ最近は不在なせいか静かだったし、こんな変な音を聞いたのはあの日以来だったもので……」

「堺さんは、ユーチューバーだったんですか?」

「みたいですよ、管理人さんが言うには」

「時代ですね」

 どおりで変なものが多い部屋だと……

「しかし、何か物音があったとなれば、本人が戻ってきたのか、あるいは侵入者が入った可能性があります。管理人さんに伝えて部屋を開けてもらいましょう」

 管理人さんにお願いをして、私たちは再び堺さんの部屋に足を踏み入れました。

 とはいえ、部屋の様子は以前入った時と変わっていません。どうやら、本人が戻ってきたわけでもないようです。しかし、一番奥の物音がしたという和室のほうに足を踏み入れたときのことでした。

「なんですか……これ」

 畳には、血のような赤黒いしみ汚れがついていました。そして、それはどうにも人の顔のように見えました。

「以前入ったときには、こんなものなかったはずなのに……」

 もしかすると、本当にこの部屋の住人は事件に巻き込まれたのかもしれない。私と先生は、本格的に調査を開始することにしました。

「そういえば、この部屋の住人はユーチューバーだったんですよね。動画を見てみれば何か参考になることがあるかもしれません」

 私たちはまず、堺さんの動画に目を通すことにしました。しかし、ジャンルもわからないのに動画をしらみつぶしに見ていくのは骨が折れます。

「下の住人が騒音被害を訴えていますから、おそらく堺さんはこの部屋で撮影を行っていたのでしょう。この部屋の一部を写真に撮り、画像検索かけてみてください」
 
先生に言われたとおり、私は和室の中を写真に撮り、似たような背景が使われた動画をしらみつぶしに見ていきました。

「あ、ありました」

 画面には二十代半ばほどの金髪に黒マスクをした男性が映っていました。この方が堺さんでしょうか。

「コノヨノサカイというオカルト関連の動画を投稿しているみたいですね」

「自分の名前とかけて、コノヨノサカイ。なるほど」

 チャンネルを表示し、一番新しい動画をタップしてみます。更新日は8月14日。

 動画を再生すると、オカルト関連のことを扱っているとは思えない明るい声色で『はいどうもー!コノヨノサカイです!』と挨拶がありました。

『えー、今回はですね、長野県のとある地域で伝承されてきたという降霊術をやってみたいと思います。これは本当に危ないみたいなので、絶対真似しないでくださいね』
 
それから使用する道具のアップに画面が切り替わります。

『一応、道具と手順を説明します。一番大切なのはこれですね。儀式を行う人間の血を、清酒で解いたものです』

 プラスチックのコップの中にはモザイクがかかっています。YouTubeの規制に引っかからないように配慮したのでしょう。

『そして今回霊を降ろすのが、こちらの人形です。中には臓物に見立てた綿と、血管に見立てた赤い糸が入っています。では早速、この人形に血をかけて……あ、やばっちょっとこぼれたかも……』

 そう言って、堺さんはビニールシートの上の人形にコップの中の血を全てかけると、呪文を唱えていきます。

 動画は、このような世に言う都市伝説やオカルト関連の噂を実証したものばかりでした。廃病院を訪ねてみたり、ひとりかくれんぼをしてみたり。別の動画で父方の実家は神社だと話していましたが、それも本当なのかはわかりません。
 そうしてしばらく動画を見ていると、隣の部屋から物音がしました。どうやら、仕事から帰ってきたようです。私たちは話を聞くべく、お隣の部屋を訪ねてみました。


③隣の部屋の住人


「すみません」

 隣の部屋の住人である佐々木さんは、ややブラックな企業に勤めるサラリーマンのようでした。あまり家にいることはないようで、堺さんとも面識はないそうです。

「じゃあ、8月20日かその前に、隣の部屋で不審な物音を聞いたりだとかは……」

「ちょっとわからないですね……」

「そうですか……他に気になる点はありませんか?」

 佐々木さんはしばらく悩んだ後、迷ったように「強いていうなら……」と切り出しました。

「……あの部屋の住人が失踪するのは、これが初めてじゃないんです」

 失踪は、初めてじゃない……?

「前の住人だったか、前の前だったか、隣にはお爺さんが住んでいたんですけどね、家賃を滞納していなくなったそうですよ。詳しいことは、管理人さんが知っていると思います」

「なるほど……ご協力、ありがとうございました」

 佐々木さんに話を聞き終えると、私たちは管理人さんに鍵を返しに行きつつ、あの部屋のかつての住人の失踪について話を聞くことにしました。

④鈴木浩

「鍵、ありがとうございました」

 管理人室でお茶を飲んでいた大谷さんに鍵を返すと、彼女は困ったようにため息をついて「堺さん、見つかりそうかしら」と先生に視線を向けました。

「ほら、家賃も滞納状態なのよね。ましてあんなのが見つかって、本人も行方不明なままだといわくつきになっちゃうじゃない?」

 家賃滞納……失踪……

「佐々木さんからお聞きしましたが、506号室の住人が失踪したのは、堺さんが初めてではないそうですね」

 先生の切り出した話題に、大谷さんは急に表情を強張らせました。

「え、ええ……。堺さんの前の前の住人でね、結構長いこと家賃を滞納して行方不明になったのよ。警告文も出して待ってたりもしたんだけど、一向に連絡がつかないし、家賃も払ってないのに部屋を貸しとくわけにもいかないじゃない?だから業者に頼んで部屋をクリーニングして、強制的に退居させたのよ。鍵も返さないままいなくなっちゃったから、余計にお金もかかったわ」

 事件性があったのかはわからないにしろ、大谷さんの話では半年ほど行方がわからなかったといいます。しかし、506号室の住人が立て続けに失踪しているとなれば、無関係とも思えません。

「もしよろしければ、506号室に住んでいた住人リストを貸してもらえませんか」

「……あくまで個人情報だからねぇ、調査のためとはいえ、このご時世だし……」

「堺さんの前の前の住人、失踪された方までのリストで大丈夫です。それぞれの入居日、退居日、それから連絡先が分かると助かるのですが」

「わかったわ、早く解決するためだものだものね」

下の図は、管理人さんから預かったリストをまとめたものです。実際には、本人直筆の賃貸契約書のコピーを預からせてもらいました。


「失踪した住人は、鈴木浩さん。入居日は2015年3月1日」

 先生はそれを見ながら「あ……」と呟きました。
「何かわかったんですか?」

「いえ、鈴木さん、左利きなんですね。字が若干掠れています」

 そういえば、先生も左利きでしたね、と親近感を覚えたのかと顔を覗き込みます。

「私たちの代はもう珍しくないですけどね、鈴木さんくらい年配だと、右利きに矯正させられたりするじゃないですか。だから珍しいと思って。それだけです」

「はぁ……。続けますと、鈴木さんは退居日である2月28日の半年前から行方がわからなくなり、退居扱いに。3月の頭にクリーニングの業者が入り、程なくして永島さんという男性が入居していますね」

「ええ。ですが、永島さんもそれから三ヶ月ほどですぐに退居しています」

「何か、事情があったのでしょうか……」

 永島さんの連絡先と新しい住所は管理人さんから預かっていたので、私たちは永島さんの元を訪ねて話を聞くことにしました。


⑤永島隆


 永島さんの新居は、例のアパートから駅に遠ざかるように離れた場所にありました。あのアパートと比べると、不便な場所ですが、外装はかなり綺麗で、オートロックもついています。

「いきなり押しかけてしまいすみません。私、文名人社の三井と申しますが……永島さんが以前お住まいだったアパートのことで、少しお話を伺いたいんですが……」

 こういうとき、出版社の肩書きは便利です。警察官ほどの効力はないとはいえ、ユーチューバーよりかはスムーズに取材を受け入れてもらうことができますから。

「はぁ……構いませんが、手短にお願いします」

 恐れ入ります、と頭を下げると、私は録音アプリを立ち上げ、先生とインタビュアーを交代しました。

「私は、ライターの似鳥といいます。永島さんは、以前このアパートの506号室にお住まいでしたね?」

 アパートの外観を見せながら先生が尋ねると、永島さんは「ええ」と頷きました。

「ですが、入居してから3ヶ月足らずでこちらに引っ越されてますよね。何か理由があったんですか?」

 その質問に、永島さんは暗い顔で答えました。

「ええ……まぁ。なんというか、あの部屋、ちょっと変じゃないですか?」

「変?というと?」

「あの部屋に住んでから、郵便受けに不気味な手紙が頻繁に届くようになったんです。それに、部屋の中も、何か盗られたわけじゃないんですが、人が勝手に入ったような違和感があって……僕が神経質すぎるだけかもしれませんが、不気味で住んでいられなかったんですよね」

 郵便受けに嫌がらせ。堺さんの部屋を調べたとき、郵便受けの中も確認したものの、不気味な手紙なんてものはなかった。

「和室については、何か違和感はありませんでしたか?」

「和室?」

「ええ、一番奥の。たとえば、畳に変なしみがあった、とか……」

「いえ、なかったと思います。あの部屋にはベッドを置いていたので、畳まではよく見ていなくて……すみません」

「いえ、こちらこそ、押しかけて変なことを聞いてすみません。ご協力、ありがとうございました」

 不気味な手紙、人の立ち入ったような痕跡、失踪した住人……

「やっぱり、何かあの部屋には呪いがかかっているんでしょうか?」

 先生の部屋で写真の整理をしながらそう尋ねると「それはないでしょう」と先生は首を横に振りました。

「確かにあの部屋には、奇妙な偶然が重なって呪いとも思える不可解なことが起きています。ですが、永島さんの郵便受けに不気味な手紙が届いた、という話が本当なら、そこには人為的な何かが働いています。呪いは、人の郵便受けに嫌がらせをしません」

「確かに……」

「では、なぜ永島さんの郵便受けに不気味な手紙が届いていたのか。それは、何者かが永島さんあの部屋から追い出したかったからではないでしょうか」

「追い出したかった?」

「ええ。例えば、永島さんの前の住人である鈴木さんは、あの部屋に何か重大なものを残していた。しかし、管理人が強制的に鈴木さんを退居させ、別の住人を住まわせてしまった。鈴木さんが鍵を返却しなかったために管理人は鍵を変え、それにより部屋の中のものを回収することができなくなった。だから、永島さんを早々に追い出すことにした」

 何かを、隠していた……?でも永島さんはそれについては何も触れていなかった。

「永島さんの言っていた違和感について、隣の住人なら何か聞いていたかもしれません。もう一度、佐々木さんを訪ねてみましょう」

 私たちがインターホンを鳴らすと、怪訝そうにゆっくりとドアが開き、寝起きなのだろう佐々木さんが顔を覗かせました。

「あのー……度々すみません。以前隣の部屋に住んでいた永島さんについて、お伺いしたいのですが……」

「あー、永島さんですか」

「はい。何か覚えていることがあれば、教えていただきたいんですが」

「……そうですね、あまり交流があったわけじゃないですけど、神経質な人だった、ってことは知ってます。ほらここ、駅には近いけど、正直ボロいじゃないですか。よくドラッグストアで消臭剤とか掃除道具を大量に買い込んでて、そんなにって訊いたら、神経質なんです、って本人が。エアコンとかテレビとか、そういうものの電源の明かりだけでも眩しくて寝れないみたいですよ。あのころはしょっちゅう排水溝も詰まって異臭もしてましたし、あの気質なら引っ越すのも無理ないですよ」

「なるほど……では、永島さんの郵便受けによく不気味な手紙が届いていた、ということについては、何かご存知のことはありませんか?」

「手紙?いえ、手紙については何も知りません」

「そうですか。お休み中のところすみません。ありがとうございました」
疑問

 不気味な手紙は永島さんが住んでいた時にだけ届いていた。そこまでして、何者かはこの部屋に立ち入る必要があった。

 ……ん?

「先生、ちょっと待ってください?さっきの話では、犯人は永島さんを追い出して、次に自分がその部屋に立ち入ることで、その何かを回収しようとしていた。となると、今失踪している堺さんは、その何かを回収するために入居した、ということですか?」

 永島さんの退居から堺さんの入居までは一週間足らず。もしも堺さんが事前にこの部屋に目星をつけていたとしたら……

「彼は、失踪した鈴木さんの関係者である可能性が高いです」

「そんな……」

 でも、それなら失踪したのもおかしな話ではない。目的は達成され、鈴木さん同様姿をくらました?

「でも、そこまでして回収したかったものって、一体何だったんでしょうか?」

「さぁ。それは分かりませんが、隠されていた場所については心当たりがあります」

 先生はそう言って、畳についたしみを引きで撮った写真を指差しました。

「畳には、前にはなかったはずの顔の模様がついていた。ですが、この畳、前回の写真と比べてちょっとおかしいと思いませんか?」

「おかしい……?ですか」

 先生に言われた通り、私は初めて堺さんの部屋に入った時に撮った畳の写真と、しみが現れてからの畳の写真を見比べてみました。

「あ……」

「気づきましたか?畳のヤケ方が、前回と違うんです。あのしみがある部分だけ、前回よりも若干ヤケが少ないんですよ」

「確かに……」

「畳っていうのは、劣化が少なければ裏表両面使うことができます。つまり、あの畳はひっくり返されたんですよ。数日前に下の階の若松さんが聞いた床を引きずるような音の正体は、畳を剥がしてひっくり返したときのものでしょう」

「では、畳の下に何かを隠していた……ということですか」

「どっちみち、あの畳にしみがある以上剥がすことになるでしょうからね。中を見せてもらうくらい、構わないでしょう」

 翌日、私たちは管理人さんに頼んで、堺さんの部屋のしみのついた畳を剥がして中を確認することにしました。

 でも……

「何もない、ですね」

 畳の下には、何もありませんでした。

 この部屋には永島さんの退居後は堺さんと管理人さん以外立ち入っていません。永島さんは引越し業社を利用したようですが、もちろん畳ひっくり返すなんてことをすれば目に留まります。

「もうすでに、堺さんは目的のものを回収した、ということでしょうか……」

 考え込む私をよそに、先生は畳の下の空間を覗き込みながら「ここ、意外とスペースがありますね」と管理人さんに尋ねました。

 確かに、畳の下には深さ20センチ強のスペースがありました。

「畳の高さがフローリングの高さと合わせてあることを考えれば、この部屋だけ、床が窪んでいるようですね」

 床に窪み。それに、この部屋は妙に横長で、部屋というには狭い。窓はあるけれど、固定窓で開くわけでもない。

「この部屋はもともと、バルコニーだったんじゃないですか?」

 バルコニー……。

「あー、なるほど。だから床が窪んで……。この襖も、バルコニーに出るための窓の応用ってことですね」

 大谷さんは頷いて「ええ。数年前に、目の前にマンションができて、バルコニー同士が隣接してたのよね。カーテンを閉めないと、お互いの部屋が丸見えになっちゃうし、変な話、バルコニー伝いに空き巣に入れるくらいだったからリフォームの時に全部和室に変えたのよ」

「なるほど……」

 でも、バルコニーを和室にしたことは、失踪とあまり関係ないような気がします。実際ここには、もう何も隠されていないわけですし。堺さんはここに隠されていたものを回収して、目的を達成し、姿をくらました。

 事件は、これ以上追求のしようがない。私たちの調査も、これで終わりになる。
 そう、思っていました。

⑥現れた住人


 管理人さんから再び連絡があったのは、それから数日後のことです。

 なんと、失踪していた堺さんが部屋に戻ってきたというのです。急展開に驚きましたが、私たちは実際に、堺さんに会ってみることにしました。

 堺さんは動画の通り、二十代半ばの男性でした.動画と違うことといえば、金髪が随分プリン気味になっていたことくらいでしょうか。

「いや〜、動画撮影でちょっと家を空けた間に、こんな騒ぎになっているので参っちゃいましたよ。それに、知らない人まで家に上がり込んだっていうじゃないですか」

「……すみません」

「あー、いえいえ、管理人さんに頼まれていたんですよね。仕方ないです」
「それで、少しお話をお聞きしたいんですが……」

「もちろんいいですよ。似鳥先生って、オカルト記事のライターさんですよね?そんな人に取材してもらってるなんて感激だな〜」

 長い間失踪していたというのにケロッとしている堺さんに、私はまず、どうして一ヶ月も家を離れていたのか尋ねました。

「あ〜それはですね、手紙が入ってたんですよ」

「手紙?」

「はい。『ワタシヲミツケテ』って青いペンで。しかもそれが、何かの雑紙だったのか、意図的なのか、裏面にURLが書いてあって、検索してみたらとある山荘だったわけですよ。これは事件の予感がするじゃないですか」

「それで、荷物を頼んだのも忘れて、取材に飛び出して行った、と……」

「いや〜こんな長丁場になるなんて、俺も思ってませんでしたよ。でも、行ってみたら面白い地方伝承が出る出る。結局あの手紙の正体はわからないですけど、しばらくネタには困らなさそうです」

 堺さんと話をしながら、先生は何か気になったことがあるように堺さんの方をジロジロと見ていました。

「堺さんは、この部屋の前の住人だった永島さんが退居してから、一週間足らずでこちらのアパートに入居されてますよね。何か、この部屋に目星でもつけていたんですか?」

 先生の言葉に、堺さんは「あ〜」と納得したように笑いました。

「実は、この部屋の住人が失踪したって噂を聞いたんです。失踪した人間が住んでいた部屋なんて、面白そうじゃないですか」

 失踪したという噂……。それは誰からですか?と尋ねましたが、堺さんは「頼れる筋です」としか教えてくれませんでした。企業秘密ということでしょうか。

「まぁ、だから気にはなってたんです。土地代なのか、家賃はちょっと高いけど空いてからすぐに契約したんです。まぁ、管理人さんに話を聞いても、何にも教えてくれませんでしたけど。でも、訳あり物件に住むってのもバズりそうな話でしょ?」

 行動の動機は、全て動画のため……。

「そのために、永島さんに不気味な手紙を出したりは?」

 動画のためにそこまでやるなら、永島さんを追い出したのが堺さんだとしても不思議じゃない。でも、堺さんは「いえ?なんですか、不気味な手紙って。俺のところには来ないですけど」と目をキラキラさせました。この様子だと、何も知らないようです。

「というか、お二人とも俺の知らない美味しいネタまで知ってそうだな〜。何か教えてくださいよ。その永島さんって人にも、取材してみたいし」

 これ以上話すと、全部この人のネタとして持っていかれてしまう。先生にも記事を書いてもらいたいので、これ以上話をするのはやめました。

 先生は何か聞いておきたいことはありますか?と話をふると、似鳥先生は「では、堺さん。この部屋の鍵を見せてもらえませんか?」と尋ねました。

「鍵、ですか?」

 堺さんが助けを求めるように私の方を見てきましたが、先生の考えることは私にもわかりません。

「まぁ、どうぞ」

 堺さんの鍵を見つめた後、先生は私に写真を撮るように言い、堺さんに鍵を返しました。

 堺さんはその後、管理人さんに家賃の件で引っ張られていくことになり、結局隠されていたものについては聞くことができませんでした。

 堺さんが戻ってきて、推理に確信が持てなくなったことも理由の一つです。
 私は先生の家に戻り、推理を組み立て直すことにしました。

「そういえば、先生。どうして堺さんに鍵を見せて欲しいなんて頼んだんですか?」
 
先生は二つの鍵の写真を並べました。

「三井さん、この二つの写真の鍵を見て、何か気づく事はないですか?」

「気づくこと……ですか?」

この二つは、管理人さんの持っている合鍵と、堺さんの持っている鍵。

「よーく見てください」

「そう……ですね」

 私は言われた通り、二つの鍵の写真をじっと見比べました。

「あ……刻まれている文字が違う」

「そうです。つまり、この鍵は片方が違う業者が作ったスペアキーで、片方が鍵を取り付けたときに付属された純正の鍵なんです」

「スペアキー……堺さんの持っている鍵の方が、古く見えますが」

「正解です。管理人さんの持ってる鍵が、後から作られたものです。では、なぜ管理人さんはスペアキーしか持っていないのか」

「それは、堺さんに鍵を渡しているからではないんですか?」

 先生は首を横に振ります。

「純正の鍵は二本以上あるのが普通です。金庫ならまだしも、アパートならなおさらです。しかし、ここにある二本は片方が純正で、片方が後から業者が作ったもの。つまり、鍵のうちの少なくとも一本は行方不明なんです」

「行方不明……」

「ええ。私たちは管理人さんから鈴木さん失踪の話を聞いたとき、鍵もつけ変えたものだと思っていました。けれど実際は、合鍵を作ったことでお金が出ていった、という話だったんです。言い方は悪いですが、あの管理人は金にうるさくケチです。クリーニング代を払う事はまだしも、鍵を付け替えるかと言われれば微妙なところでしょう。鈴木さんが失踪して、鍵が一本行方不明だったにもかかわらず、おそらくスペアキーを作って鍵を付け替えなかったんでしょう」

「ちょっと待ってください……!だとしたら、犯人が永島さんを追い出す理由がありません。何者かが永島さんを追い出したのは、鍵がつけ変えられていて中に入ることができなかったからです。鈴木さんの関係者があの部屋の畳の下を確認したいのであれば、合鍵で侵入すればいいだけの話です」

「ええ。犯人は、確かに永島さんの部屋に入ることができました」

 そのことについては、永島さんも違和感の一つとして挙げていた。何もとられたわけではないが、誰かが部屋に入ったような気がする、と……。

「でも、畳をひっくり返すことはできなかったんです」

 できなかった?

「あ……」

「そうです。永島さんはあの部屋に、ベッドで寝ていたんです。上にベッドがのっていれば、当然畳をひっくり返すことができません。畳の上に直接ベッドをおけば跡がついてしまいますから、何かフローリングマット等をひいていた可能性もあります。だから永島さんには早々と出て行ってもらう必要があった。しかし誤算だったのは、永島さんの退居後にすぐ、噂を聞きつけた堺さんが506号室に入居してしまったことです。合鍵がありますから、空き巣に入ることも考えたのでしょうが、堺さんはユーチューバー。つまりは在宅ワークをしています。ほとんど一日中家にいて、出かけるタイミングも不規則。空き巣に入るわけにもいかなかったんでしょう。そこで、依頼を装った手紙で堺さんを家から出させることにした」

 でも、堺さんがこうして見つかった以上、彼はこの件とは無関係。

「堺さんがこの件に関わっているにしろ、いないにしろ、畳をひっくり返しても何もなかったんですから、犯人はすでに目的のものを回収してしまったのでしょう。もうこれ以上、この事件を深掘りする術はありません」

 隠されたものは一体なんだったのか。あの畳のしみは一体なんなのか。鈴木さんは一体どこへ行ってしまったのか。気になることはありましたが、先生はもう、この件について関わる気はないようでした。

 しかし、私はどうしても気になって、堺さんと一緒に事の真相を調査することにしました。というのも、堺さんの方から、今回の事件をぜひ動画にしたいと私に調査協力をお願いしてきたのです。

⑦堺の推理


「いや〜すみません。わざわざ来ていただいて」

 私は再び、堺さんの部屋を訪れました。通された和室、その畳には、やはりあの不気味なしみがありました。

「似鳥先生の考察については、事前にメールに目を通しましたよ。さすが先生、面白いこと考えるなぁ」

 結局、事の真相が気になった私は、先生に許可を取り、これまでの推理を堺さんに話すことにしました。

「言われるまで気づきませんでしたよ。この部屋だけ床が低くて、剥がすとスペースが空いている、なんて。そこで、考えたんですけど……」

 堺さんは、面白がるような、けれども口を出すのを憚るような口ぶりでこそっと私に耳打ちします。

「もしかしたら、ここには失踪したSさんの死体が隠されてたんじゃないでしょうか。そして畳で蓋をしていた」

 その話に、急に気味が悪くなって、私は背筋をぞわりと震わせました。

「言われていたんで畳を剥がしてみましたけどね、結構骨組みが複雑とはいえ、人一人分なら入りそうじゃないですか。それに、この顔型ですよ。先生の推理では、畳はひっくり返された。つまり、発見されるよりもずっと前から、この畳にはしみがあって、でも裏面だっただけに誰も気づかなかった、ってことになりません?」
 
確かに、私たちが発見するずっと前から、このしみはあったのかもしれません。となると、全ての事件が起こった日付は想像よりももっと前だった……?

「仮にここに死体が隠されていたとします。でもこの深さですから、頭部なんかは結構ギリギリですよね。死体の顔が畳に長いこと押し付けられて、畳には謎の顔が浮かび上がった。とかどうでしょう?人の顔型って、それこそ呪いなら話は別ですけど、そう簡単に跡としてつくものじゃないと思うんですよ。でも、ずっと上から圧力がかかっていたなら納得です」

 私は一瞬納得しかけ、けれども頷きかけた首を慌てて横に振った。

「でも、その推理は無茶じゃないですか?すず……Sさんが失踪した時期を、退居間近の1月ごろと仮定します。確かに去年の冬は記録的な寒波で、3月に入ってもまだ寒い日が続いていました。死体の腐敗状態も穏やかだったでしょう。けれど、死体を隠していたとなれば相当な腐臭がしたはずです。いくらクリーニングの業者が入って清掃したとはいえ、次の住人のNさんが三ヶ月もそれに気づかないはずはありません」

「確かに、神経質な方だったんですもんね」

 堺さんがそうか、と頷く一方で、私は隣の部屋である堺さんの言葉を思い出しました。

 ———大量の消臭剤、異臭騒ぎ

「でも、そのNさんって人、ちょっと変ですよね」

「そうですか?」

 話した限りは、常識人に思えましたが……

「だって、Nさんはこの和室にベッドを置いて寝ていたんですよね?ベッドで寝るなら普通、向こうの洋間じゃないですか?」

 堺さんは私のメモを見ながら、不思議そうに言いました。

「それに、話によるとNさんはちょっとの光でも目を覚ますほどの神経質。だとしたら尚更、窓のある和室で寝る必要がありません」

「それは……洋間はキッチンと隣接していますし、テーブルを置いて料理を食べたりとか、そういうことをしたかったんじゃないですか?」

「まぁそうですけど、でも、この物件って神経質な人間が選ぶ部屋じゃないんですよ。ほら、隣のマンションと近いから生活音はよく聞こえるし、ユニットバスだし、洗濯機を置くスペースがない。駅には近いしリフォーム済みですけど、古いことは外観からもわかります。新生活シーズンとはいえ、もう少し慎重に選びませんか?」
 ほら、と堺さんは入居者たちのリストを指さします。管理人さんにプライバシーのことは注意されていたので、名前だけは伏せておきました。
 ですが確かに、鈴木さんの退居からすぐに永島さんが入居している。クリーニング業者が3月5日に入ったことから考えると、新生活シーズンだとしても早すぎる。

「前の前の住人が退居してから、Nさんは一週間でここに入居してます。俺が言うのもなんですけど、早すぎますし、そこまでの魅力があったとも思えません。それに、今Nさんが住んでるっていうこの住所、別に駅近でもないですよね。となると、駅近なことも、そもそも重視してなかったんじゃないでしょうか。つまりNさんには、この部屋でなければならない理由があった」

 どうです?と堺さんは自身ありげにウインクしました。堺さんの推理が隣の住人の話と結びつき、一つの、嫌な物語を組み立て始めます。

⑧三井の推理


 鈴木さんの次にこの部屋に住んでいた永島さんは、失踪した鈴木さんの死体を、和室の畳の下に隠していた。そしてお風呂場で死体を細かく切断し、トイレに流して処理をしていた。

 神経質な永島さんがわざわざユニットバスであるこの部屋を選んだのは、死体をばらした時に掃除のしやすい浴室と、死体を廃棄するトイレが隣接していた方が都合がいいから。

 大量の消臭剤は、死体の腐敗した匂いを、掃除用洗剤は、血痕を消すため。あの頃配水管が詰まっていたのは、永島さんが切断した遺体を処理していたから。異臭騒ぎも同じ理由。

 骨が大きな頭部は、一番処理に時間がかかるため、長いこと畳の下に隠されたままだった。そして、その顔の跡が、畳の裏側に怨念のようにこびりついた。

 自分で考えていて、冷や汗が出てくるような内容でした。けれどどうしても気になって、私は永島さんに取材すべく、彼のアパートを訪ねていきました。
 けれど、結論から言うと、彼に会うことはできませんでした。

「あの、この部屋の永島さんは……?」

 管理人である男性は、掃除の手を止めて言ったのです。

「ああ、永島さん?永島さんなら、この間引っ越されましたけど」

「……え?」


⑨似鳥の推理


「いや~本当にいいんですか?こんな面白いネタ記事にしないなんて、勿体ない」

 堺さんの部屋で、私の推理と、永島さんがすでに引っ越していったことを伝えると、彼は楽しそうに動画のネタをまとめ始めました。今回の事件について、先生は記事を書くことをやめたそうです。代わりに堺さんが、この件について動画にすることにしました。

「私だって、書いてくださいとお願いしましたよ。でも、本人が嫌だと言うなら仕方がないです」

 堺さんの寝室、兼作業部屋である和室の畳には、未だにあの血染めの顔が掃除もされずに残っていました。もともとオカルト系ユーチューバーですし、そういういわくつきのものを深くは気にしない性格なのかもしれませんが。

「そういえば……」

 私は部屋の中を見廻して、一つの人形に目を留めました。これまた不気味な、血染めの人形です。

「これって、降霊術の動画で使った人形ですか?

「そうですよ。動画、見てくれたんですね」

「ええ、まぁ……」

 その時の人形を残しておくなんて、まして自分の血液が染み込んだ状態なんて、さすがに理解できません。そう思いながら人形を見つめていると、左手が青く汚れているのが気になりました。

「堺さん、この青い汚れは何です?」

「え?本当だ。全然気づかなかった。いつ付いたんだろう」

 しかし、霊感のない私とはいえ、この部屋は不気味すぎます。永島さんの転居先もわからず、死体も無くなってしまった今、それこそ真相は闇の中。早々に堺さんの部屋を後にし、私は先生のもとに向かいました。

 今回の件は記事にしないとは言っていたものの、何かの参考になればと思い、私は堺さんと一緒に調査したこと、一連の推理を先生に話しました。
 先生は私の話を全て聞き終えてから「そんなわけないじゃないですか」と一蹴しました。

「え?でも、これだと辻褄が合うんですよ」

「確かに面白い内容ですけど、何か重大なことを忘れていませんか?」

「重大なこと?」

「確かに、畳のしみは確かに以前からあったものかもしれません。ですが、畳がひっくり返されたのは永島さんが転居し、堺さんが住み始めた後です。仮に永島さんがあそこに死体を隠していたのだとしたら、今になって騒動を起こす理由がありません」

「あ……」

 永島さんはすでに引っ越した。つまりそれは、死体の処理という目的達成したということ。だとすれば今になって、堺さんを失踪させる理由も、畳をひっくり返す理由もない。

「じゃあ、今回の騒動は?あの顔のあとは何だっていうんですか」

 私がそう身を乗り出すと、先生はコーヒーを飲みながら深くため息をつきました。

「私たちは、あのユーチューバーに一杯食わされたんですよ」

「堺さんに……?」

「ええ。堺さんは、最新の動画で降霊術を行っていました」

 先生はそう言って、例の動画を再生します。陽気な挨拶と、道具である血液や人形の紹介が流れていく。
「ここです」

 そこで先生は動画を止めました。ちょうど、人形に血をかけ終えたあたりです。

「ここで堺さんは畳に血液をこぼしてしまった。あの畳のしみの正体は、ここでこぼれた血です。賃貸ですから、その汚れが管理人に見つかれば、当然クリーニング代を請求される。あのケチな管理人ですからね。ですが、それ以前に堺さんは家賃も滞納して相当金に困っていました。そこで、自分が失踪することで、あの血の跡を誤魔化そうとしたんです」

「でも、誤魔化すだけなら、それこそ畳をひっくり返して何事もないふりをすればいいだけじゃないですか?」

「ええ。ですが堺さんはもっとしたたかだった。彼は、自分が失踪すれば、同じ部屋に住んでいた鈴木さんの失踪と紐づけて、何かの調査が入る、そう期待したんです」

 実際、私たちが堺さんの失踪について調査をすることになった。

「そして、調査が入ったタイミングで裏返していた畳を元に戻し、血の跡を人の目に触れさせる。成分鑑定をしたところで、彼の本物の血液なんですから事件性は拭えませんし、度重なる家主の失踪と、突然現れた血の跡というのは何かあると思わせるには十分です」

 そして、その目論見通り、私たちは調査を開始し、様々な推理を展開した。

「大方のストーリーが出来上がったころ、彼はひょっこりと顔を出し、当事者としてこれまでの調査内容や推論を聞く。血の汚れを残していくだけで、帰って来た時にはこの部屋を巡る不気味なストーリーが出来上がっている。オカルト系ユーチューバーである堺さんにとっては、格好のネタです」

 確かに、堺さんは今回のことを動画にすると言っていた。自分の部屋を巡る奇妙な物語、その筋書きを、結果的に第三者が無償で提供する形になった。おまけにそれが似鳥先生となれば、話の信憑性も話題性もグッと上がる。

 そういえば、一番初めに管理人さんが堺さんに家賃の取り立てに行った時のことを話していた。

 ———もうすぐお金が入るから待ってほしい。

 これが、もうすぐ騒動によって自分の動画がバズるという意味だったとしたら?新しいネタが上がってくるという意味だったら……

「それに、堺さんは今回のことで、滞納していた家賃がチャラになったそうです」

「チャラ?」

 あの管理人がですか?と私は金にうるさい様子を思い浮かべて首を傾げました。

「ええ。今回の件で、管理人が鍵を付け替えていないことが判明しました。それに、失踪していたとはいえ、勝手に知らない人間に合鍵を貸して部屋に入れた。そうでなくとも、血の跡が付いていて以前の住人が失踪した物件なんて、条件だけ見ればいわくつきもいいところです。他に貸し出す先もない」

 確かに、ここまで堺さんにとって得のあることがそろい過ぎると、彼が起こした狂言だと言われても納得がいきます、

「永島さんとも、もしかしたらグルかもしれませんよ。そもそも、一ユーチューバーがどこからあの部屋の住人が失踪したと知ったのでしょう?あの管理人は言わないでしょう。となれば、永島さんが契約の時に聞いたことをリークしたのかもしれません。死亡事故があったわけではないので事故物件ではありませんが、一応失踪した鈴木さんの後の、最初の住人ですからね。報告義務を感じたのかもしれません。堺さんが永島さんの引っ越しのタイミングを知っていたとなれば、三井さんが味わった後味の悪さも計画的なものだったのでしょう」

 先生の推理を聞いて、私はがっくりとうなだれました。じゃあ結局、私たちが想像していたような事件はなかった?

「仮にもオカルトライターが、そんな夢もないこと言わないで下さいよ」

「呪いがあれば夢がある、というわけでもないでしょう」

「だとしても、先生はオカルトライターでしょう?」

 先生は堺さんの動画を再生しながら「では最後にひとつだけオカルトっぽい事でも言っておきましょうか」と動画を拡大しました。

「血液で絵を描く心得でもあったなら話は別ですが、畳の上に血液をこぼしただけでは、ここまで綺麗に人の顔になりません。つまり……あの部屋は本当に呪われているのかもしれませんね」
後日

 堺さんの最新動画が更新されたと連絡を受け、私はチャンネルを検索し、動画を再生しました。

「はいどーも!コノヨノサカイです!えー、まずですね、いきなり動画投稿を二ヶ月もお休みしてしまい、すみませんでした!実は、ちょっと事件がありまして……」

 堺さんはそう『すべての始まり』と右上にテロップをつけて、乱雑な文字で書かれた手紙をカメラの前に広げました。


『ワタシヲミツケテ シロ』

 青いペンで、震えた字で書かれた手紙。雑紙なのか意図してなのか、裏にはURLが書いてありました。どうやら以前話を聞いた時に言っていた手紙のようです。

「あの時は見せてくれなかったけど、手紙はちゃんと届いていた……?」

 私のつぶやきに、先生は「小道具じゃないですか」と横から言いました。

「まぁ確かに、やりかねませんけど……これは、本物な気がします」

 動画を見つめながら言う私に、先生は「その根拠は?」と退屈そうに尋ねました。

「小道具だとしたら、おどろおどろしく血文字で書くだとか、もうちょっとわざとらしい怖さがあると思うんですよね。わざわざ、青いペンで書くなんて……」

 そこまで言って、私はこの青いインクをどこかで見たような気がしました。

「あ……」

———これって、降霊術の動画で使った人形ですか?

———そうですよ。動画、見てくれたんですね

———ええ、まぁ……

———堺さん、この青い汚れは?

———え?本当だ。全然気づかなかった。いつ付いたんだろう

 堺さんの部屋にあった人形。まさか……

「というかこれ、シロじゃないですし」

 いつの間にか私のスマホを奪って動画を見ていた先生は、そう言って手紙の部分を拡大しました。

「確かに文面がカタカナですから、シロと読みたくなるのはわかります。でもここ、離れていますがこれ文字の一部です。つまりこれは、シロではなく『浩』ですよ。この文章、正しくは『ワタシヲミツケテ 浩』です」


浩……。確か、一人目の住人の名前は……。

でも、堺さんは大家さんから今までの住人 
のことを聞いていないはずじゃ……
  
なんだか胸に奇妙な違和感にも似た黒い靄が立ちこめました。考え込んでいる間に動画は終わり、ミックスリストに入っていた一つ前の動画が再生されます。

 ———はいどうもー!コノヨノサカイです!えー、今回はですね、長野県のとある地域で伝承されてきたという降霊術をやってみたいと思います。

 人形の汚れ、浩、降霊術……

「まさか……」

完   


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