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『知識の力を得るためには』

私はこう思っている『知識は力である』ただし

『学ぶ』であって『学問に成りえていない』そんな人達が8割以上だろうとも思っている

そこには『驕りの様なもの』があり『自分は学び終えた』っとなっている人が多い『そんなに簡単に知識は身に付かない』

『知っているのと』『いつなんどきも出来ているのは違う』だがこの違いを本当に理解できる人間はそんなに居ない

『何故それが言い切れるのか?』

それは簡単で、読み終わった後、知識を得た後直ぐに『結果』が出たかい?っと聞けば済むことで…残酷だけどそれが事実で

その『都合の悪い』事実に向かい合い『対処』しなくては

『知識の力』は手に入らない、『知識を手に入れたと嘯く』のは簡単だがそんなものは直ぐにボロが出る『応用が利かない』から色々な事をすればするほど、『見えてくる』…『この残酷な作業』を常にし続ける『胆力』が  月に1冊も本が読めない人間にあるだろうか?…答えは『無い』だ

『じゃあ自分は出来ているのか?』っとなると思う

『出来た経験がある』が正しいその経験を『元』にして1つ2つと増やしている自分は万能ではないから何でも出来はしないし、初めてばかりだけど  1っ回の『本当の本気』はこんな風に『高利の複利』の様に

『増えていく』(物凄く大変だけど) 

人生で『1度でも本当の本気』を経験したのであればそれを再現できる

これほど素晴らしい事は無くて(結果の大小は有る)

『くれぐれも1度で満足しない事だ』俗に言う

『自分の成功に胡坐をかいている人たちの事』で…その胡坐をかいているのは『針山の頂点』で『安全な場所ではない』そんなことにも気づかづ威張っていられるその神経は『素晴らしい』私は絶対に無理だ

補足で書くとその針山の頂点は『時代というタイムリミット付き』だ   時間が来たら崩れる、『学び続けなければ落ちるだけ』そんな事も分からない『自称一流』は沢山居る

私は才能が無いから凡人に毛が生えた程度だけどw


記事を読み何か利益が出たら入れてください って言う田舎の『無人で野菜売るスタイル』