異語り　114　目覚まし時計

コトガタリ　114　メザマシドケイ

30代　女性

賃貸のアパートだと壁が薄く、隣室の音が丸聞こえだったりする。
以前住んでいたアパートもテレビや話し声までは聞こえないものの、戸の開閉や水音、電子音などはよく聞こえてきた。

ある夏の終わり頃、隣室の学生さんが菓子折を持って訪ねてきた。
「目覚まし時計をかけっぱなしのまま帰省してしまって、毎日うるさくしてすみませんでした」
そう言って頭を下げられた。

目覚ましのアラームは「ピピピピッ」という電子音が徐々に大きくなり、スイッチを切らない限り３０分間鳴り続けるタイプで、しかもアナログ時計なので朝と夜の２回に鳴るらしい。
学生さんはアパートに戻ってきてからスイッチが入りっぱなしだったことに気がつき、慌てて謝って回っていると言う。

「全然気にならなかったから大丈夫ですよ」
「ああ、そういっていただけるのは本当にありがたいです。でもこれ気持ちなんで食べてください」
そう言って何度も頭を下げて帰っていった。

今時丁寧な人だなぁと感心したものの、アラームには関しては本気で記憶にない。
帰省していたらしい２週間のあいだ、アラームは７時にセットしていたらしいので、朝の７時と夜の７時に３０分間鳴っていたはず。

７時なら朝も夜も部屋にいたと思う。
30分も電子音が続いていたら何かしていたとしても気がついただろう。

翌朝、隣から「ピピピピッ　ピピピピッ　ピピピピッ」と音が聞こえた。
５回くらい鳴ったところで音が途切れる。
確かにアラーム音は聞こえるようだった。

時間的に自分は朝食中のことが多かったかもしれない。
テレビを流し見ながらパンをかじる。
「そういえば鳴ってたなぁ」
このところの朝を思い返し気が付いた。
でもそれは今朝のように４・５回鳴るだけですぐ止まっていたと思う。
だから気にもならなかったのだろう。

そして同じように夜も思い返してみた。
でも夜についてはアラーム音そのものを聞いた記憶がない。
夕食の準備だったり、シャワーを浴びたり、自分の出す生活音に紛れていたのか？
……それとも朝止めたから夜はならなかった？

朝、アラームは４・５回になって止まる。
夜は止められたからならない。
そして次の日の朝、またアラームが鳴る。

いつもの隣室のルーティンだからこそ気にしてなかった。

でも隣室の学生さんはこの2週間は帰省していたと言う。

数日後、偶然学生さんと顔を合わせた。
学生さんが「あっ！」て、顔して寄ってくる。

「あの、すいません。この2週間ぐらいって家にいらしたんですよね」
「はい、居ましたよ」
「あの……目覚まし鳴ってましたよね」
「……はい、聞こえてきました」
「…………」
「…………」
「うるさかったですか？」
「いえ、……すぐに止まってたので」
「うわぁあああああああああ」
学生さんは顔を青くしてしゃがみこんでしまった。
「……そうなんですね、……本当にそうなんですね」
「あの……てっきりずっといらっしゃるもんだと思っていました」
正直な感想を伝えると頭を抱えてうめき声をあげる。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ」

他のアパートの人からも同じ事を聞いたらしかった。

しばらく呻いていた学生さんが青白い顔のまま立ち上がる。
「すみませんありがとうございました」
そう言ってどこかへ出かけて行った。

あまりにも顔色が悪く、とても心配しながらその背を見送った。

でも、翌朝にはまたアラームが鳴っていたので、ほっとした。

けれど、1週間もしないうちに引っ越しのトラックがやってきた。
「いろいろお騒がせしてしまってすみませんでした」
そう言ってまた菓子折りをくれる。

学生さんは、あの顔を合わせた日以来部屋には帰ってきていなかったらしい。