異語り 033 出目金
コトガタリ 033 デメキン
中学生の頃だったと思う。
夜1人で入浴していると、視界の隅に黒い影がよぎった。
ギクリと体がこわばる。
影はゆらゆらと右肩越しに私の背後へ消えていった。
まだ湯船に腰を下ろしたばかりだったので、縁に背中を付けていなかった。
得体の知れない何かが
今自分の背後にいる。
ざわざわと全身に鳥肌が立つ。
とてつもなく不安だが、振り返り確認する度胸もない。
じりじりと体を膝に寄せて小さくなり、息を殺して様子を伺う。
自分の心音と外の風の音が非常に大きく響いていた。
体を固くしたままじっとしていると、先程と反対側の視界の隅に影が現れた。
まだ直視する勇気はないが、とりあえず背後からの恐怖からは解放され小さく息をつく。
視線は前方の壁に固定したままゆっくりと背中を縁に預けた。
その間も小さな黒い影はゆらゆらと前へ進んでいった。
前方の壁を凝視したまま今度は体の方に膝を引き寄せる。
ゆらり、ゆらり
影は私を気にすることなく進んでいく
チラリ
一瞬影を見た。
正体を確かめられるほど見ることはできなかったが、あまり大きくはないということはわかった。
何だあれくらいなら大丈夫かも
チラリ
今度はもう少し長く、そして慌てて見返した
えっ?
じっくりとその姿を確認する。
全身は真っ黒。
前方にゴロゴロとコブがあり、中程から後方にかけてをゆらゆらと揺らしながら進んでいる。後方はひらひらとスカートの裾のように湯の中をはためいていた。
出目金?!
確かにぬるめの風呂ではあったが、それでも39度ぐらいはあると思う。
お湯の中でも大丈夫なのか? と心配になったが、出目金は悠然と湯船の端へと泳いで行く。
なんでこんなとこに……
すぐに私の前に入った弟のイタズラだと思い至る。
「ああ、してやられた!」
悔しかった。
が、出目金にビビりまくっていた先刻の自分を思い出すと笑いがこみ上げてくる。
「よし、このままにしておいて母さんも驚かせてやろう」
そう思いついたが、やはり考え直して手桶で出目金を救い出した。
おそらく母は入る前に湯を沸かし直すだろう、今は元気な出目金もさすがに茹だってしまうかもしれない。
風呂をあがってすぐにでも弟に文句を言ってやろうかとも思ったが、手桶に入った出目金に母がどんな反応を示すかどうか楽しみなので黙っていた。
しばらく後風呂から悲鳴が上がる。
やった!
ニヤニヤ顔で、風呂へ向かうと、母が真っ青な顔で震えていた。
「何あれ!」指差した先に手桶がある
「大丈夫やって。ただの出目金やって」
「あれのどこが出目金なんよ!!」
母の怒鳴り声に首をすくめながら風呂場に入り、手桶を覗く
「ひいっ!」
思わず口から悲鳴が漏れた。
手桶の中にはぐるぐるに絡んだ長い髪の毛の塊が沈んでいた 。