異語り 087 警報音
コトガタリ 087 ケイホウオン
昔働いていたレンタルショップでは午後の4時から5時の間に警報器が鳴る。
毎日ではないが、週に5日ほど鳴るので誰も気にしなくなったらしい。
私も初めの頃は本当の万引きかとビクついてもいたけれど、回数をこなすうちに時報のように慣れてきてしまいました。
ちょうど時間的には夕方からのバイトの出勤時間でもあり、店内の従業員数が増えてくるタイミングなので、不気味さも怖さも全く感じることがなかったです。
仕事に慣れてきた頃、代理を頼まれ昼から夜まで通しで入ることになりました。
その日は夕方から雨が降り始め、夜まで降り続けていました。
お店も大して忙しくなることもなく、閉店時間に。
女性陣で先にロッカー室へ上がらせてもらい着替えていると、店内に警報音が鳴り響きました。
私が1人固まっていると、「大丈夫よ」「今日雨だから」と声をかけられます。
「雨だとなるんですか?」
「うーん毎回ではないけれど、なる時はいつも雨かな」
皆が気にしていないようなので、夕方のものと同じなのかと思いすぐに緊張は解けました。
そういえば今日は夕方に鳴らなかったかも?
待ってもらっていた男性時にロッカー室を譲り、その日はさっさと帰宅した。
その後、何度か閉店まで入るうちに遅番のメンバーとも仲良くなり、飲み会に誘われるようになりました。
お酒が入ることでより口調もくだけ、距離感も近くなったのかもしれません。
ある日の飲み会。
時間がたち全員がいい感じの酔っ払いに仕上がった頃、外で雨が降り始めました。
雷を伴うほどの土砂降りに、みんなしてさらなるおかわりを注文し、腰を落ち着け直すことに。そしていつしか話題は雨の日の警報音の話になりました。
私が「夕方にも鳴る日」と「鳴らない日」の話をすると、夜の「鳴る日」の検証へと続いていきます。
あれこれ言い合っていると、古株の田中さんがぽつりと口を開きました。
「アレが出るのは雨が降った木曜日だけだ」
一瞬場が凍った気がしました。
「アレって?」「出るとは?」聞き返していいものか戸惑いながらゴニョゴニョと顔を見合わせていると、
「3年前に店に車が突っ込んだ事件にあったの、知らないか? その犯人元うちのバイトだったんだよ」
と話してくれます。
その人は少々手グセの悪い人だったらしく、店内の備品などを持ち帰ったりしていたそうで、何度かバレて前の店長から注意を受けていたといいます。
ところが懲りるどころかついには商品にまで手を出したのだそうです。
そしてそれを偶然顔を出した店長に見つかり、大騒動の末にクビにされたんだそうです。
その人はクビにされた事を逆恨みし、自分をクビにした店長へ復讐するために夜に待ち伏せしていたんだとか。
雨の日の夜。店を閉めて出てきた店長を、引き殺そうと車で突っ込んできたそうです。
店長ははねられはしたものの、持っていた傘がクッションになり命に別状はなく、逆に思い切り突っ込んだ犯人は、止まりきれず店へ突っ込み全身を強く打って亡くなってしまった。
その事件があった日、田中さんも閉店まで働いていたそうです。
店を閉めるのを店長に任せ、少し前に店を出た。
そのすぐ後、大きな音が聞こえて慌てて店に戻ると、車が店に突っ込んでいるのを目撃した。と言ってました。
「店の入り口が破られ、車がゲートに突き刺さるようにして止まってた。ずっと警報機が鳴ってたから野次馬もいっぱい来てたし、そのまま黙って家に帰ったよ」
ふと思い出すように虚空を見つめ、
「店も入口がめちゃくちゃで、一か月ぐらい休みになったんだよ。で、綺麗に直してからリニューアルオープンした。それからさ、アレが鳴るようになったの」
「……よくやめようと思いませんでしたね」
「思ったよ? 思ったけど、ここより条件のいいとこなんてなかなかなくてさ」
ちょっと苦しげに微笑むと 俺に実害はないしね と小声で呟いてグラスをあおっていました。
そんな話を聞いてしまうと、私はさすがにちょっと怖くなり、夜のシフトは入れないようにお願いしました。
それでもほぼ毎日鳴るあの音が気になりすぎて、結局数ヶ月でバイトを辞めてしまいました。
今でもあの甲高い電子音は苦手です。
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