異語り 084 道連れ
コトガタリ 084 ミチヅレ
「交通費出すから一緒に旅行に行かねえか」
友樹からの誘いに乗ってノコノコ付いてきてしまった。
自分と同じ生活レベルの奴が計画する旅行だから当然弾丸旅行。
笑顔で渡された『青春18切符』と予定行軍表を見て出発前から少々顔がひきつった。
宿代を浮かせるため、5日中4回の車中泊が入っている。
「どれだけ遠くに行けるかツアーだ」とドヤ顔で胸を張っているが、別にそこは求めていなかったなぁ
とは思ったものの、時間と体力だけは有り余っている。気づけばなんだかんだ楽しい旅になっていた。
「これ乗って起きたら東京か、意外とあっという間だったなぁ」
「……おう」
最後ということで色々買い込み、寝台特急に乗り込む。
「おっ、もしかして貸切ゆっくり飲めるな」
「……おう」
旅が終わりに近づき考えに耽っているのか、友樹の反応はあまり芳しくなかった。
向かい合わせの寝台に腰をかけ、発車も待たずに缶ビールをあける。
友樹も無言ながらつまみを並べ始めた。
ガッコン
列車が揺れ、動き始めたことを知る。
どうやらこの区画に他の乗客はいないらしい。
一区画4人の格安寝台席。(まあ追加料金も友樹持ちなので文句はない)
たとえ同年代だったとしても、相席の乗客がいればそれなりに気も使う。
車両ごと貸し切りって訳にはいかなさそうだが、そこそこ空いてる今回はとてもついている。
「では、無事の進級に乾杯!」
「かんぱーい」
元気なさげに見えていた友樹も、いつもより多めに買い込んだ酒を次々と空けていくうちにいつものペースを取り戻し始めた。
しばらく飲んだ後、ふと会話が途切れ、どちらともなく窓に目を向けた。
街灯の明かり一つ見えない黒い車窓に、幾筋もの線と光粒が張り付いている。
雨が降り出したらしい。
「なんかすまん。付き合わせちまって」
友樹が苦しげに顔を歪め頭を下げてきた。
「切符までもらったし、むしろ感謝してるよ」
「……すまん、そうじゃないんだ。でも俺本当にもう限界で」
友樹が一瞬顔を上げ、またすぐ頭を下げる。
今にも泣き出しそうな顔をしていた。
ボタンッ
ビタンッ
ビシャッ
雨音とは思えないような音が響く。窓を見ると拳大ほどの水塊がちょうどその窓に打ち付けられた。
窓に張り付いたそれは微妙に粘り気があるようで、いつまでたっても流れていかない。
それどころか次々と重なるように増え続け、窓を埋め尽くしていく。
「うわっ、なんだよこれ」
慌ててカーテンを引いたが、びちゃびちゃと不快な音は続いている。
友樹は頭を抱え込み、寝台の上で震えていた。
「なんかきしょい雨降ってるし、さっさと寝るか」
声をかけてみるがうんともすんとも言わない。
時間的にも既に日付は変わっていると思えたので、広げていた宴会の後を片付け始めた。
「去年、先輩に連れてこられたんだ」
友樹の声が震えていた。
コースは全く一緒で、同じようにこの列車のこの寝台に泊まったと言う。
そして今と同じようにおかしな雨が降り始め、このトンネルに差し掛かった時に話を聞かされたと。
響いてくる音からも、確かにトンネルの中だということがわかった。
だがなぜか、ビシャビシャと例の水塊の音も聞こえ続けていた。
「先輩は「助かる為には」って言ってたけど、朝起きた時にはもう姿はなかった。『先に降りる』ってメモが置いてあったからどこかの停車駅で降りたのかもしれないけど、あれ以来姿は見ていないし……。本当に助かるならと思ってここまで連れて来ちまったけど、よく考えたらそんな保証どこにもないんだよ。……俺はやっぱり話せない」
それっきり友樹は黙り込んでしまった。
うつむいてぎゅっと手を握りしめ微かに震えている。
響いていた水塊の音が嫌に大きくなった気がした。
外からというか内側にも落ちてきているみたいに感じられる。
随分時間が経った気がしたが、列車はまだトンネルの中を走行中らしい。
ゴーゴーと吠えるような音がひどく重苦しく感られる。
「とりあえず寝るか」
俺の提案に友樹が無言のままごそごそと動き始めた。
シャッとカーテンがしまり、横になる気配がする。
「もしかしたら先に降りるかもしれないから気にせず家に帰ってくれ」
「……降りるなら起こせよ、俺も一緒に降りるから」
友樹から返事はなかった。
水塊の音はさらに大きく不快な音になってきたが、俺の意識はトンネルを抜ける前に沈み込んでいった。
車内アナウンスで目が覚めた時、向かいの寝台は綺麗に整えられ、友樹は荷物と一緒に姿を消していた。
なのに不思議なほどに落ち着いている自分がいて、消えた友人を怒ることも探すこともしようと思わなかった。
数十年経った今も、覚えてはいるがどこか他人事のような感覚は変わっていない。
あの時何の話をしようとしたのか……。今となっては想像することしかできないが、おそらく俺は友樹に助けられたんだと思う。
でもその感情すら漠然としていて、たとえるなら小説を読んだ後の読後感のような、
少し遠くにある気持ちのままだ。
あの日の夜行列車はもう走ってはいない。