
異語り 027 落とし物
コトガタリ 027 オトシモノ
「変なものが落ちてたよ」
帰宅した娘が楽しそうに話し始めた。
学校から家まではゆっくり歩くと20分ほどかかる。
その落とし物はけっこう家に近くなってから見つけたらしい。
「歩道脇の植え込みの中に黒いポーチが落ちていた」という。
植え込みの中に落し物? それは見つからないように隠されていたのでは?
そう思いもしたが、楽しそうに話す様子に水を差すのも悪い気がして黙って聞き続けた。
その手前に大きな靴が片方だけ落ちていたので、もう片方を探しながら歩いていたら見つけたらしい。
「それでね、その中にね」
どうやら拾ったポーチを勝手に開けたようだ。
「スマホが入りそうな箱が入ってたの」
娘たちはさらにその箱まで開けたらしい。
箱の中には綿が詰められ、小さな手袋が一つ(片っ方)入っていたという。
「靴も片っぽだったし、手袋も片っぽだし、不思議な感じだったんだよね」
「それ、ちゃんと元に戻しておいた?」
「Aちゃんが持って帰っちゃった」
「落し物はたとえお金じゃなくても交番に届けた方がいいよ」
「だよね。明日言っとく」
彼女たちの世界はすぐ近くにファンタジーが転がっている。何でもないような事柄から、不思議な冒険の匂いを感じ取るみたいだ。
親としては現実も存在していると言うことをちゃんと教えておかなければ。
しかし、Aちゃんは翌日から学校に来なくなってしまった。
夜の間に
「Aのタイムラインがおかしい」
とSNS上で騒ぎになっていたらしいが、我が家は夜にはスマホを禁止しているので、娘はそれに気づくことはなかった。
更にはストーリーでの投稿だったため、娘が気が付いた時にはもう投稿は消えてしまっていたそうだ。
すぐにAちゃん一家も見かけなくなった。
いつの間にかAちゃんの家には『売り家』の札が立てられていた。
噂では、玄関扉がなくなっていたとか、部屋の中にはまだ人がいるみたいだとか言われている。
数カ月後、ネットでAちゃんのストーリーらしき動画を見つけた。
顔は写っていないし、声も変えてあるから本当にAちゃんのものかは自信がないが
「変なものを拾っちゃいました~」と、ポーチから箱を取り出している動画で、ポーチも箱も娘の話していたものと一致しているように思えた。
動画は繋ぎ合わせて作られているようで、時折プツンと画面が暗転する
「箱の中にはなんと~赤ちゃん用の手袋! すごく大事そう。でも片っぽだけぇ」
プツン
「しかもこの手袋~、硬いんですー! あれ? 入れ口縫ってある?」
プツン
「どうしよう、気になる? 気になるよね」
プツン
「ヤッホー! 開けてみたぁ! ってまだ糸を切っただけだから中見てないの、ああ緊張する~」
ブツン
「じゃあいくよぉ、それ!」
手袋を逆さにして振ってみるが、何も出てこない。
「あれ? でも何か入ってるっぽいんだよね、引っかかってんのかなぁ」
Aちゃん(らしき)の指が手袋の中に突っ込まれた。
「うわ、やっぱ入ってる! ほら!」
ブツン
その後の動画は画像が荒くなり、音声が入っていない。
でも先ほどまでの声が勝手に聞こえる気がした。
スローモーションに加工された画面に、手袋から指を引き抜く様子が流れる
ブツン
机の上には手袋とそこから引き出されたらしい黒い物体。
揺れる画面
倒れるカメラ
横倒しになった画面に部屋を飛び出していく少女の後ろ姿。
動画はそこで終わっていた。
娘に聞けばAちゃんのものかわかるかもしれないが、とても見せる気にならなかった。
映っていた、黒っぽい物体
私は、w.w.ジェイコブスの短編小説を思い出していた。
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