異語り 125 穴二つ
コトガタリ 125 アナフタツ
30代 女性
観光系の会社でバイトをしていた時の話
私は事務と電話番だったので、ほぼ1日中事務所にいる。
ガイドやドライバー、カメラマンたちはそれぞれの時間に合わせて事務所を出入りしているのでそろって顔を合わせる機会はあまりなかった。
ガイドの中にはもうお孫さんがいるようなベテランの方から、春に新卒入社したばかりの若い人まで様々いた。
男女比は2対1くらいだったはずだ。
初めは初々しかった新卒入社のガイドたちも研修を終え現場に出始める様になると、どんどん強く元気になっていく。
半年も経つと遠慮も物怖じもほとんどしなくなっていった。
そんな頃、中途採用で若いカメラマンが入ってきた。
男性社員は既婚者が多かったこともあり、色めき立つ女性陣。
特に今春入社組のアンさんのアプローチは凄かった。
時々苦笑しながら見守ること数ヶ月。
カメラマンは中堅どころの年上ガイド、みゆきさんといい雰囲気になってきた。
まだほのかな空気的なものだっただけど、アンさんには当然面白くない。
「色ボケのお局が」とか、「年増が張り切っちゃって惨めよねー」とかコソコソと毒を吐くようになっていった。
そろそろ年末年始のシフトが組まれるという頃、
みゆきさんが足に包帯を巻いて出社してきた。
足の裏を切った傷が化膿してしまったという。
「パンプスは辛いので、革靴でもいいか」と社長と交渉していたのが聞こえてきた。
きっとまたアンさんが喜んで嫌味を言うんだろうなぁと思っていたが、意外にも興味が薄いらしく、時々みゆきさんのほうを見てニヤニヤするばかりで聞き苦しい毒を吐くことはなかった。
みゆきさんの傷はなかなか治らず、むしろ徐々に酷くなっているようにも思えた。
大きな病院を勧められたりもしていたから皆心配していたのだと思う。
あれだけ悪口三昧だったアンさんでさえ最近はニヤニヤするばかりで攻撃は収まっていた。
1度だけチラリとみゆきさんの足が見えたことがあった。
赤黒い筋状の腫れが足の裏から足首の方まで伸びてきていて相当酷そうだった。
年末年始は日帰りのツアーが多い。
唯一初日の出のツアーが泊まりがけの日程となる。
そのツアーは噂のカメラマンとみゆきさんが担当の予定だった。
でも、クリスマスの翌日ついにみゆきさんは松葉杖をついて出社してきた。
そのまま社長と長く話し込み、その後静かに帰ってしまった。
1度しっかり休養をとることにしたそう。
初日の出ツアーはアンさんが担当することになった。
年末年始はツアー以外の通常業務は休みとなるため、バイトは出社しない。
私も隣県の実家に帰省してのんびりするつもりだ。
そして大晦日、まずはお寺へと赴いた。
境内は照明が焚かれ、いつもよりもずっと明るい。
本堂の扉も開かれ、中では護摩壇に火が燃やされている。
それを外から拝む。
護摩壇の向こうには読経を上げる僧侶の後ろ姿。
その斜め後ろに女性が座っていた。
大きな神社などではお祓いなどを受ける人を見かけたことがあったが、このお寺では初めて見た。
珍しいなぁ
そう思いながら少しその姿を眺めていた。
あれ、もしかしてみゆきさん?
その後ろ姿にはどこか見覚えがあった。
椅子のそばには松葉杖が置かれている。
正座が出来なくて、椅子を頼んだのかもしれない。
その松葉杖にも見覚えがあるように思えた。
お正月明け、久々に出社すると社内がどことなくざわざわしていた。
人だかり中にみゆきさんがいる。
「あけましておめでとうございます。もう足は大丈夫なんですか?」
「あけましておめでとう。ちゃんと休んだらスッキリ治っちゃった。やっぱり無理しちゃダメよね」
以前のようにストッキングにパンプスを履いたその足はとても綺麗になっていた。
その日の昼休み、ツアー中にアンさんが倒れたと聞いた。
夜中にホテルの廊下で泡を吹いて気絶していたところを従業員さんが発見したらしい。
すぐに病院に搬送されたものの、下半身が酷く爛れていて本人も錯乱状態で事情を聞けないでいるという。
ふと大晦日の夜、みゆきさんに似た後ろ姿を思い出した。
あれはお祓いを受けていたのだろうか?
お祓いで怪我が治ったのだとしたら?
その後少しして私もバイトをやめたからどうなったのかはわからない。