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異語り 029 海上がり様

コトガタリ 029 ウミアガリサマ

昔、友人の田舎に招待され、仲のよかった数人で日本海沿岸の小さな漁村で夏を過ごしたことがあった。
友人の実家は海のそばにあり、家の中からも海岸が見渡すことができた。
北国の日本海なので、夏でも水は冷たく、海水浴場でもなかったため海辺には人もまばらだった。

「海水浴場じゃないから、泳いだりしないようにね」と注意を受けていたが、若者にとっては海水浴場だろうが、水が冷たかろうが、目の前に海があれば入ってみようと思うのが心情。毎日のように友達と海に出かけ、膝ぐらいまで海に浸かりながら遊びまくっていた。

その浜には、白い服の人達がよく散歩に来ていた。
彼らは毎朝ほぼ一番に浜にやってくる。
その後は昼前・お昼・昼過ぎ・3時頃・夕方・日が沈む寸前まで、何度も何度もやってくる。
厳密に言えば、毎回来る人は違うのだが、皆同じ白い服を着ているので何となく同じ人なんだろうなぁと思っていた。

その日も午前中から浜に出かけ海に入り遊んでいた。
浮かんでいた昆布の根っこを掴んで投げあいっこして遊んでいると、勢いあまって昆布がが白い服の人の方へ飛んでいってしまった。
「すいません」
「ああ、大丈夫ですよ」
昆布は足にぶつかってしまったらしく、彼の白いズボンに砂の跡がついていた。
「すみません、大丈夫でしたか」
「ああ、これぐらい」
彼はパンパンとズボンをはたくとニコッと笑顔を向けてくれた。

二十代後半ぐらいの色白で細面の優しげな人だった。

「学生さんかな? いまは夏休み?」
「はい、そうです」
「毎日ここで遊んでるね」
「そうですね、雨が降ってなければ」
「ここは何もないからねえ」

お兄さんは手にビニール袋を持って何かを集めているようだった。
「ごみ拾いですか?」
「いや、うーん」
お兄さんはちょっと困ったような笑顔を浮かべ
「流れてきたものを調べているんだ」
というと私たちを集めるように手招きした。
「変わったお魚とか、変なモノを見たら教えてくれないかな? 
僕じゃなくてもこれと同じ白い服を着てる人なら誰でもいいから」
みんなして頷いていると
友人に袖を引かれ「もう行こう」と囁かれた
「分かりました」
とお兄さんに返事をして、みんなで走って家帰った。

みんな彼のちょっと病的な雰囲気に少し不気味さを感じていたらしい。

友人が「ダメなんだよ、あの人達と話したら」
とつぶやいた
「でも、コンボぶつけちゃったし」
「だよね、でもちょっと怖かったかも」

「うん。あの人達ってね」
友人は少し言いずらそうに祖母から聞いた話だという話をしてくれた。


彼らはこの近くに独自の神様を奉って住んでいる。いわゆる新興宗教の団体らしい。
大体同じ年頃の人たちが二・三十人で一緒に暮らしているという。
そして彼らはあの海で『海上がり様』を探しているのだそう。

「うみあがりさまって何?」
「私もよく知らないんだけど、とにかく彼らは海からの何かを探しているらしいよ」

彼らは真冬でも必ず毎日現れ、海が荒れた翌朝などは大人数で浜を歩き回っているそうだ。

その日の夜、友人のおばあちゃんに、海あがり様って何かを聞いてみた。
おばあちゃんはちょっと悩むような顔をしながら
「それはあの人達が探してる海上がり様のことだね?」
「はい。変な魚とか見つけたら教えてくれって言われました」
おばあちゃんは深くため息をつくと
「あの人達は人魚を探してるんだよ」
「にんぎょ?!」
「人魚の血肉を食えば、不老不死の力が得られると昔から言い伝えられている。そしてその昔、この近所の浜で人魚が上がったという伝説があるから、彼らはその人魚を探しているんだよ」
「じゃあ、彼は不老不死なの?」
「彼らはまだ不老不死にはなれていないから探しているんじゃないかね」
「うわ、不老不死なんてほんとにあるのかな」
「ちょっと興味ある~」

ちょっと色めき立った場を制するように
「もしくは、彼らを動かしているも者が『それ』を望んでいるかもしれのかもしれないしね。人魚の血肉は不老不死をもたらすが、その死肉は不完全な結果をもたらすとも言われている。いずれにせよ不幸にしかなれないよ」

病的に青白かったお兄さんを思い出し、みんな黙り込んでしまった。


もう何10年も前の話になるのだが、つい先日その地方へ出かける用事があり、懐かしさもあって、思い出の浜へ足を向けた。

ちょうどそろそろ日が沈む頃
夕日が有名な浜でもあったから何名かの観光客らしき姿もある。

その中に白い服を着た男の姿が見えた。
手にはビニール袋をもち、夕日を気にすることもなく波打ち際をうつむいて歩いている。

一気に昔の記憶が蘇り、懐かしさとともに悪寒が背筋を駆け上る。


はっきりとは覚えているわけではないが、
その青年の顔が、かつて話しをした青年の顔とよく似ている気がした。


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