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金曜の夜に思いついて…
はじめに:グラスを片手に、旅の世界へ
金曜の夜。お気に入りのグラスにワインやビールを注ぎ、ソファにゆったりと腰を下ろしてください。この物語は、あなたを現実から少しだけ離れた温泉旅へと誘います。アルコールの心地よい温もりとともに、文章の中で旅の風景を味わい、湯けむりに包まれるひとときを感じてください。
目を閉じれば、温泉の湯気や、ローカル線の揺れ、炊きたてのご飯の香りが広がります。さあ、グラスを傾けながら、あなたの心の旅が始まります。
金曜夜に思いついて…弾丸・温泉ひとり旅
金曜日の夜。仕事を終えて帰宅し、ソファに沈み込むあなた。クタクタに疲れた身体をソファにあずけ、天井を見上げる。今日も頑張ったな…そんな思いがふっと湧き上がる。テレビからは、金曜夜のバラエティ番組の笑い声が聞こえてくるが、心に響かない。気づけば、手元のグラスに残る氷がカランと音を立てる。
ふと、頭をよぎるのは「温泉、行きたいな…」。あの、ふわりと湯けむりが立ちのぼる露天風呂。熱い湯に浸かったときの、あの心地よさ。湯上がりに感じる頬の火照りと、冷えたビールののどごし。想像するだけで、疲れが少しほぐれる。
普段なら「まあ、また今度」とやり過ごすけれど、今夜は違う。スマホを片手に「近場 温泉 空室」で検索。数件の宿がヒット。目に止まったのは、都心から電車で2時間の山あいに佇む小さな温泉宿。空室あり。料金も手頃。写真に映る、湯けむり立ちのぼるヒノキ風呂に心が揺れる。
「行っちゃう?」
その勢いでリュックに着替えと歯ブラシを詰め、駅に向かって歩き出す。夜風が心地よい。金曜夜に旅をする自分に、ちょっとだけ酔いしれる。
夜のローカル線で非日常へ
電車に乗り込み、重たいドアが「ガタン」と音を立てて閉まる。座席に身体を預けると、背もたれの冷たさが心地よい。車内には、帰宅途中の人々が数人と、旅行者らしき親子がひと組。静かな車内には、レールのきしむ音と、時折聞こえるアナウンスが響く。
窓の外に目をやると、街の灯りがまるで宝石のようにきらめいている。ビル群の光が次第にまばらになり、闇の中を進む電車が山間部に差し掛かる。トンネルに入ると、車窓に映る自分の顔と、隣の席の空白が、ぼんやりと映し出される。旅への期待に胸がふくらみ、思わず頬が緩む。
ポケットから缶ビールを取り出し、プシュッと開ける。シュワッという炭酸の音が耳に心地よい。「かんぱーい、私」。缶を軽く掲げて口をつけると、冷たいビールが喉を滑り、全身にじんわりと広がる。
遠くで車掌の声が聞こえ、トンネルを抜けた途端、広がるのは月明かりに照らされた田園風景。都会の喧騒から切り離されるこの瞬間が、すでに旅の始まりだった。
静かな温泉宿に到着
夜9時過ぎ。小さな駅に到着すると、空気がひんやり澄んでいる。宿までは徒歩10分。街灯の光が道を照らし、夜道に響く自分の足音が心地よいリズムを刻む。歩いていると、どこからか湯気が漂う匂いがして、心がふわりと軽くなる。
ふと、角を曲がると白い猫が一匹、こちらをじっと見つめていた。目が合った瞬間、猫は短く「ニャー」と鳴いて、湯けむりの方へと歩き出す。不思議な気配に導かれるように猫の後を追うと、宿の前にたどり着いた。
宿の玄関をくぐると、女将さんが微笑んで迎えてくれる。「ようこそ、お疲れさまでした」。その声が、まるで猫の鳴き声に重なるように響く。
案内された部屋には、小さなヒノキ風呂がついていた。窓を開けると、外からはかすかに川のせせらぎが聞こえてくる。浴衣に着替え、湯船に足を沈めると、熱さに思わず声が漏れる。
「はぁ~~…」
目を閉じると、日々の疲れがふわりと溶けていく。湯の表面が月明かりに揺れている気配を感じる。湯気の向こうに、さっきの白猫が塀の上に座っているのが見えた気がして、再び目を閉じた。
聞こえてくるのは、湯のはじける音と、遠くの虫の声。金曜夜に思い切って来た自分を、褒めたくなる瞬間だ。
朝、炊きたてごはんの幸せ
翌朝、目覚めると、カーテン越しに差し込む朝日が部屋を黄金色に染めていた。窓を開けると、ひんやりとした山の空気に、どこか甘い香りが混じっている。
朝食の席に行くと、土鍋で炊かれた地元産のコシヒカリ、脂がのった干物、香り高い味噌汁、そして小皿に盛られた山菜が並んでいる。湯気の立つご飯を一口含むと、口の中に広がる優しい甘さに、思わず目を閉じる。
「ああ、日本人で良かった…」
そんな言葉が自然とこぼれる。味噌汁をひとすすりすると、出汁の香りが鼻を抜け、身体中に温かさが広がっていく。
食後、宿の庭を散策していると、昨日の白い猫が塀の上に座っていた。近づいてみると、その猫は再び「ニャー」と鳴き、ふいに姿を消した。
チェックアウトを済ませ、駅への道を歩き出す。通りの角で振り返ると、宿の玄関に白い猫が座っているような気がした。
帰りの電車に揺られ、心地よい疲れと満足感に包まれながらまどろむ。ふと、耳元で「また来てね」と猫の声が聞こえた気がして目を開けたが、車内には静寂が広がっているだけだった。
「次の金曜夜も…?」
家に帰ると、まだ土曜日の昼過ぎ。「あれ、まだ週末が始まったばかり?」と得した気分になる。
玄関で靴を脱ぎながら、ふと足元を見る。温泉街で買ったお漬物の袋の端に、白い猫の毛が一本ついていた。
金曜夜の弾丸温泉ひとり旅。一度経験すると、やみつきになる。
次の金曜夜も、「行っちゃう?」とつぶやいて、窓の外を見やる。そこに、月明かりに照らされた白い影が、ひっそりと座っている気がした。
きっと、旅は終わっていない。心の中でそう思いながら、グラスを手に取る。
次の金曜夜、あなたも「行っちゃう?」
おわりに
金曜の夜、グラスを片手に妄想する小さな旅は、あなたの日常をちょっとだけ特別にしてくれる魔法です。今夜も素敵な旅を。