第190回 USスチール
大統領選挙でも、争点の一つになったのが、5401日本製鐵によるUSスチール買収の話でした。
今回も、ちょっと本題の話から外れますが、是非とも理解しておいて貰った方が良いことなので、書くことにしました。
USスチールは、アメリカ合衆国のペンシルベニア州ピッツバーグに本社を置く総合製鉄会社で、粗鋼生産は世界24位、アメリカ合衆国内では第2位のシェアを占める企業です。
1901年の設立企業で、5401日本製鐵の前身企業の一つである官製八幡製鉄所と同じ年です。
1953年には3,580万トンと生産量のピークを付けましたが、その後は徐々に減り、2022年の出荷量は僅か1,120万トン、最盛期の1/3にまでなっています。
この為、自社単独での存続が難しくなり、身売りということになったのです。
この衰退の原因は、戦後、日本とドイツの製鐵企業との競争に敗れたからです。
日本とドイツの製鐵企業は、最新の技術を使い、競争力のある製品を生産し続けました。
ところがUSスチールは、生産拠点が内陸のピッツバーグにあった為、高い陸上輸送コストが製品価格を圧迫しました。
その結果、設備投資を思うように実施することが出来ず、旧態依然とした設備を使い続けなければならなくなった訳です。
更に近年になっては、競争企業として中国、インド、韓国の製鐵企業が台頭したため、衰退の流れが加速してしまったという訳です。
当初、身売り先は米国内の同業社であるクリーブランド・クリフスが最有力と思われていました。
クリーブランド・クリフスは、USスチールの株主に対して、時価の42%のプレミアムを乗せた株価で買い取るとの提案をしました。
ところが米国の大手製鐵企業は、USスチールとクリーブランド・クリフスの2社しか残っていません。
クリーブランド・クリフスがUSスチールを買収することは、鐵鋼市場をほぼ独占することになることから、自動車業界などのユーザー側から反対の声明が出された訳です。
そこに出てきたのが、5401日本製鐵です。
クリーブランド・クリフスの倍となる2兆円でUSスチールを買収すると発表したのです。
更に、米国の拠点は維持し、新技術の為の設備投資や、労働者保護の為の政策も実施すると発表しました。
- そこまでして5401日本製鐵に旨味があるのか!? -
そう思われる方も多いと思いますが、あるんです。
実は、今回のトランプ元大統領の関税の話もあるように、米国は保護主義に傾いています。
5401日本製鐵は日本企業であるため、その保護主義の悪影響を大きく受けてしまいます。
ところが、USスチールは米国企業です。
ですから、USスチールを通して製品を販売すれば、保護主義の悪影響を回避できるという訳です。
一方のクリーブランド・クリフスは米国企業ですので、買収してもこのような旨味はありません。
ですから、買収価格の大きな差がついてしまった訳です。
ところがこの買収劇は、USスチール本体は諸手を挙げて賛成しているのですが、アメリカ社会全体が反対しています。
日本でも、5401日本製鐵が中国や韓国の鉄鋼企業に買収されるとしたら反対するでしょう。
今のアメリカ国民も、このような感覚になっている訳です。
実は、同じようなことは日本でもありました。
5年ほど前、7201日産自動車がフランスのルノーに完全買収されそうになった時、国を挙げて潰したことを覚えている人も多いと思います。
例のカルロス=ゴーン追放へと繋がる一連の事件です。
ただこの時は、7201日産自動車自体が反対していた点が今回とは異なりますが・・・・。
この時の反対理由も、日本を代表する企業をフランスに売り渡してなるものか、という単なるプライドだけだったと思います。
私的には、「傾いたときに誰も助けずに身売り同然の状況にさせたくせに、ちょっと立ち直ったからと言って助けた相手に後ろ足で砂を掛けるなんて不義理だなぁ~」と思いました。
しかしながら、タイミングが良いのか、悪いのか、先週、7201日産自動車は大幅下方修正を出しました。
企業業績がかなり悪化しているようです。
カルロス=ゴーンが立て直したものを、たった5年で食いつぶしたことになります。
傾いた企業の再生は、一時的に良くなったように見えても、その内実はなかなか変化しきれていないことを物語っています。
今回のUSスチール買収劇は、買収そのものを否定されれば、7201日産自動車のように、一時的にせよ5401日本製鐵の好影響を受けられない状況になります。
つまり、最初に傾いた7201日産自動車がそのまま自力で何とかしなければならないという状況になります。
そんなことはまず不可能だから、身売りをしたのです。
ですから、このまま5401日本製鐵に買収されないと、USスチールは倒産に至ることになるでしょう。
そうなれば、社員は全員解雇ですし、そもそもアメリカの鉄鋼業は衰退しているのですから、同業他社への再就職も見込めないでしょう。
つまり、一銭にもならないプライドの為に、自滅を選ぶことになる訳で、感情的に動くというのは、「百害あって一利無し」を物語っている訳ですね。