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建設業界の“暗黙知”を解き明かす──東証グロース上場「Arent」の成長物語 - Vol.2 グロース企業分析

1. はじめに

「BIM」「3D設計」「DX」──こうした先端ワードは近年、建設業界でも一段と注目を集めています。そんななか、「暗黙知を民主化する」というユニークなミッションを掲げて台頭してきた企業、それが株式会社Arent(証券コード: 5254)です。
本記事では、建設業界の非効率を解消しようと活躍しているArentのビジネスモデル、成長戦略、そしてリスク要因を幅広く掘り下げます。2024年12月には建築関連ソフトウェアの老舗・構造ソフトを買収するという大きな動きもあり、企業としての存在感はいよいよ高まりを見せています。

建設といえば「現場作業」「職人の勘と経験」というイメージが強く、IT化が遅れている領域でした。ところが、Arentはその“職人技”をこそデータやソフトウェアで可視化し、システムとして活用できるようにする──まさに“暗黙知の民主化”というワクワク感のあるコンセプトで勝負をかけています。建設現場における勘と経験が、どのようにDXによって生かされるのか。新たな展開も踏まえて、その全貌を見ていきましょう。



2. Arentとはどんな企業か

◇ 基本情報

  • 企業名: 株式会社Arent

  • 証券コード: 5254

  • 設立: 2012年7月2日

  • 上場市場: 東京証券取引所グロース(2023年3月28日上場)

  • 本社所在地: 2024年9月27日に東京都港区浜松町へ移転

  • 従業員数: 83名(2024年6月30日時点)

  • 事業内容: 建設業界向けDXコンサルティング、システム開発、自社・共創プロダクト販売

Arentは設立当初、スマートフォンアプリ開発や3D関連のソフト受託開発を手がけていました。しかし、3D技術を応用した“BIM”(建物を3次元モデルで設計・管理する仕組み)や“プラント設計自動化”などの案件を扱ううち、建設DXの大きな可能性に着目。現在では、建設業界やプラントエンジニアリング業界を主なターゲットに、コンサルティングからシステム開発、そして販売支援までを一気通貫で行っています。

事業計画及び成⻑可能性に関する事項, 2024年9月27日

◇ ミッション「暗黙知を民主化する」

このフレーズは、読んでいるだけでも何やら“職人技”の新しい未来を感じさせます。建設業の現場では、長年蓄積された「勘」や「裏ワザ」が個人や一部組織に閉じ込められているケースが少なくありません。Arentは、こうしたノウハウを数学的にモデル化・ソフトウェア化することで、誰もが利用できる形に変換し、効率化と生産性向上を狙います。


3. 成長への歩み──M&Aと共同開発で広がる世界

◇ 創業から上場まで

2012年に静岡県浜松市(現・中央区)で誕生したArentは、3Dソフトウェアやスマホアプリを受託開発する企業として始まりました。2019年、事業企画に強みを持つ会社を吸収合併し、同社の経営陣が本格的に参画。ここで“コンサル+開発”の体制を整え、一気に建設DXへと舵を切ります。

2020年には千代田化工建設と合弁で「VTP株式会社(現・PlantStream)」を設立し、プラントの空間自動設計システムを共同開発。この頃から受注規模も拡大を続け、売上高は2年で3倍近くに急増。2023年3月28日には東証グロース市場への上場を果たすなど、スタートアップから一躍、注目ベンチャーへと駆け上がってきました。

◇ 構造ソフト買収でさらに強まる“プラットフォーム”

2024年12月13日、Arentは建築関連ソフトを企画・開発・販売する“株式会社構造ソフト”の全株式を取得すると発表しました。これはArentが提供する“アプリ連携型プラットフォーム”をさらに進化させる狙いがあるとされています。構造設計のノウハウを持つ企業を取り込み、自社サービスとのシームレスな連携を実現することで、建設領域のデジタル化を一段と加速させる見込みです。

構造ソフトが扱う技術や製品は、設計プロセスの核心部分。そこにArentのBIM、3Dノウハウが上手くハマれば、設計・施工管理・設備管理といった一連のデータ連携がスムーズに進む可能性が高いでしょう。


4. Arentのビジネスモデル──暗黙知を共有資産化する

◇ プロダクト共創開発

Arentの大きな特徴として、クライアント企業とアジャイル方式でシステムを共創開発するスタイルがあります。建設やプラントなど、それぞれの業界で抱える課題を徹底的にヒアリングし、PoC(概念実証)を短期間で回しながら、本格的なMVP(実用最小限の製品)開発へ進みます。こうしたアジャイル手法によって、クライアント側も“IT知識”を身につけ、Arent側も“業務知識”を吸収する好循環を生み出すのです。

事業計画及び成⻑可能性に関する事項, 2024年9月27日

◇ 共創プロダクト販売

クライアントと共同設立した合弁会社を通じて、外部へのライセンス販売を行う事例も増えています。代表例が“PlantStream”です。千代田化工建設と折半出資で立ち上げ、プラントの配管やダクト設計をわずか数分で自動化してしまうソフトを開発。既存の設計手法では莫大な工数がかかる作業を大幅に短縮することで、業界内での需要拡大が期待されています。

事業計画及び成⻑可能性に関する事項, 2024年9月27日

◇ 自社プロダクト販売

さらにArentは、“Lightning BIMシリーズ”など自社ブランドのソフトウェアを展開しています。建物の配筋設計やファミリ(設計部材データ)の管理など、ニッチな要素を自動化してくれるツールが次々に登場。今後、構造ソフトとの連携を進めて、多面的にBIMデータを扱えるプラットフォームとして完成度を高める構想があるようです。


5. 市場と競合環境──建設DXの深い海へ

建設業界は国土交通省の推計でおよそ70兆円超の巨大市場とされますが、そのDX化率はまだまだ低いといわれてきました。特に、BIMへの移行や長時間労働の是正など、多くの課題を抱える中でDXが進む余地は大きいと見られています。

とはいえ、外資系のCADベンダーや大手SIerもこの領域に参入し始めています。しかも、ゼネコンや設備会社が独自にIT部門を立ち上げ、自社内開発する動きも加速するかもしれません。今後5年以内に、大手ゼネコンが自前でBIMやAIをフル内製化する可能性もありますが、細分化されたニッチ領域はArentのような専門ベンダーが強みを発揮しやすいと考えます。


6. 財務状況──急成長を支える安定感

◇ 売上高・利益の推移

  • 2021年6月期: 売上高722百万円 / 当期純利益△19百万円

  • 2022年6月期: 売上高1,011百万円 / 当期純利益△48百万円

  • 2023年6月期: 売上高2,022百万円 / 当期純利益317百万円

  • 2024年6月期: 売上高2,939百万円 / 当期純利益658百万円(営業利益率42.1%)

この数字を見ると、ここ2〜3年でグンと売上高が伸びているのがわかります。さらに、赤字だった時期から一転して純利益も大きく増加し、高い営業利益率を叩き出しているのは、ニッチ領域で先行者的な立ち位置を確保しているがゆえの強みといえるでしょう。

◇ キャッシュ・フローと財務体質

  • 営業CF: 850百万円のプラス(2024年6月期)

  • 投資CF: △43百万円

  • 財務CF: △168百万円

  • 自己資本比率: 84.40%

営業キャッシュフローが潤沢なうえ、自己資本比率も非常に高く、財務リスクが低い点は安心材料です。ただし、今後のM&Aや海外展開でさらなる資金需要が発生した場合、追加の株式発行や借入による希薄化リスクは否定できません。


7. リスク・課題──バラ色とは言い切れない現実

  1. 競争激化
    大手SIerや海外のCADベンダー参入が本格化すると、コスト競争や人材争奪が激しくなる可能性があります。

  2. 特定顧客依存
    高砂熱学工業や関連会社PlantStreamなど、一部企業への依存度がまだ大きいとされており、取引縮小が起きれば業績に影響が及ぶ懸念があります。

  3. 技術革新リスク
    AIや3D技術が急速に進化する中、開発のアップデートや競合との差別化を怠れば、一気に地位を失うおそれもあります。

  4. M&Aの負担増
    構造ソフト買収など、積極M&Aで製品ラインを拡充する一方、開発ラインやサポート対応が煩雑化してしまうリスクも考えられます。


8. まとめと展望──暗黙知が照らす新時代

Arentがもたらす“暗黙知の民主化”は、巨大な建設業界において、職人のノウハウや複雑な設計プロセスをソフトウェアに落とし込むという革新的な試みです。業界内でDXの需要が高まり続けるなか、Arentはプロダクト共創開発やM&A戦略を武器に、順調に売上・利益を伸ばしています。

さらに2024年12月には構造ソフトを傘下に収め、「Arentアプリ連携型プラットフォーム」とのシナジーを強化することを明らかにしました。構造計算や設計データを、BIMやプラント管理システムと結びつけることで、一連の建設プロセスをシームレスにつなぐ姿が見えてきます。

◇ 今後の注目ポイント

  1. 構造ソフトの買収効果
    本当にプラットフォーム全体を強化できるのか、そしてどの程度業績に寄与するのかは2025年以降の業績発表で要チェックです。

  2. ベトナム子会社を軸にした海外展開
    日本国内のみならず、プラントやインフラ市場の需要が旺盛な海外でどこまで進出を果たせるか。

  3. 競合環境との戦い方
    大手ゼネコンの内製化や海外勢の参入にどう対抗していくのか、提携や新規M&Aの動向を注視する必要があります。


9. 終わりに──Arentが照らす“未来の工事現場”

従来、職人同士の口伝や現場経験に頼っていた建設業界が、いま急速にデジタル化の波を迎えています。Arentはまさにその波の先頭を走る存在。自前での開発だけにとどまらず、クライアントと共同でプロダクトを生み出し、さらにそれを事業化していくというアグレッシブな手法は、他のITベンチャーとは一線を画すと言えます。

「一人のスゴ腕職人がいなくても、ソフトウェア上で同じクオリティの仕事が可能になる」──もしそんな世界が現実になったなら、それは生産性向上だけではなく、熟練者不足や若手育成のボトルネックを解消する大きな一手になるでしょう。もちろん、そこには課題やリスクも多々ありますが、Arentが掲げる“暗黙知の民主化”が本格的に進めば、建設現場はよりクリエイティブな産業へと変貌を遂げるはずです。

◇ 筆者からのメッセージ

本記事で扱った内容のうち、一部は筆者独自の「私見」や「仮説」が含まれます。投資判断やビジネス連携を検討する際は、必ず公式IR資料や専門家の意見、業界の動向なども併せて参照してください。建設業という大市場でどうArentが成長していくのか──今後のリリースや決算情報がさらに楽しみですね。今後も“暗黙知”を武器に突き進むArentの動きからは、目が離せません。


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