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夢を見ながら現実を生きる

ひと昔前、オタク文化ができ始めてオタクという存在がマイノリティだった時代。
何かしらの事件で犯人がアニメオタクだったときに犯罪とオタク文化はよく因果関係を結びつけられて報道されていた。
私は学生時代からどちらかというとオタクだった。流行りのアニメなどは追ってはいなかったが、BLにハマっいたことがあった。当時のBL漫画はほぼエロ漫画と変わらないくらい過激なものもあった。そもそもBLが好きという時点で特殊性癖だと思うのだが、オタクの世界にいると特殊だという認識はない。しかし、今思うと特殊性壁にも色んなジャンルがあった。そして行き過ぎるとグロくなっていく。
私はそういうことを現実にしたいとは思わなかったが、一部そういう人もいるのかなと思う。
二次元の価値観を三次元に持ち込んでしまい、幻想や妄念を実現しようと人権を侵害してしまうようなことをしてしまう人。
私は幸いBLへの興味が薄れるとともに同性愛を美化して好きだなんて言って現実のゲイの方達に失礼だったなと思った。病気で死ぬフィクションの物語の映画に感動した!と言って涙しているようなものだったと思う。

私が思ったのは、幻想や妄念は実現させることにエネルギーを注ぐのではなく創作意欲に昇華させてみたらいいのではということだった。
私はよくお花畑思考だと人から言われる。自分でもそう思う。サンリオのようなみんな仲良しで悪意のない世界を信じようとしてしまう。しかし現実には悪意のある人もいる。殺人も戦争もある。そんな世界で信じれば救われる!といってサイコパス殺人鬼と仲良くしようとするのはお花畑だ。だから私は絵を描いている。自分の理想とする穏やかな毎日やぐうたらでもお花畑でも平穏で悪意のない世界を描いている。描いた絵は現実に作品となって残る。そうすることで他の人にもこの穏やか気持ちは伝わるかもしれないし伝わらないかもしれない。それはどちらでもいいけど、言いたかったのは、夢を無理やり現実にしようとするのではなくて、作品に昇華すれば、エネルギーも発散できるしその姿勢を誰かに見せることができる。

私はオタクだったことがあるので二次元で特殊性癖を好む人に対してそういのが好きなんだね〜で納得できる。例えばプリキュアが好きな成人男性など。オタクではない人からするとロリコンだなんだと実際に子供がいる人に不快に思われることもあるだろうと思う。けれどプリキュアを製作している成人男性だと世間も仕事としてやっていることは立派だと思うだろう。
世間がどうという話ではないが、もし現実に不満があって二次元や夢に逃避している人なら、それを創作意欲に変えたら現実とも仲良くなれるんじゃないかなと思った。何で現実逃避しようとしても現実からは決して逃げられないのだから。
私はやっと現実を受け入れることができたので、夢を見ながら現実を生きていきたいと思う。

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