テーマの捉え方

当然のことですが、お仕事で制作するシナリオは書き手が自由に書いていい代物ではありません。
発注する側が設けた仕様やルールに沿うのが必然となります。
我々シナリオライターは事前にそういった発注者側のルールを頭に叩き込んでから仕事に取り掛からなくてはなりません。
ですがシナリオごとに設けれらた『テーマ』には、我々は毎回頭を悩まされます。
仕様やルールは会社や発注者ごとに異なるものの頻繁に変更されることはないにも関わらず、『テーマ』はシナリオごとに変更されるからです。
ですから発注を受けるたびに脳みそに汗をかいて、テーマに沿った最適な話を考案する必要に迫られます。

そしてシナリオライターがよく犯すミスのひとつに、テーマにそぐわないシナリオを書いてしまうというものがあります。
例えばテーマが『夏祭り』なのに『クリスマス』の話を書く……このような大胆なミスはほとんど起きませんが、例えば下記のような課題となればどうでしょう?

テーマ『初恋』

こちらは最近お引き受けしたご依頼に設けられたテーマです。
とある登場人物の初恋の場面を描くというもの。
そしてこのプロジェクトには私以外に複数人が参加していたので、発注者から各人に対するシナリオへのフィードバックを閲覧することができました。
その際に指摘されたミスで散見されたものが、『恋』と『初恋』の区別ができていないというものでした。
なるほど、どちらも『恋』には違いありません。
基本的には異性と出会って、デートをする。お互いに気があることを確かめ合う。楽しい時を過ごす。独占したい気持ちが湧く。
どれも恋ならではのシチュエーションです。
では『初恋』と『恋』はなにが違うのでしょうか。
よろしければ読者の皆さんも考察してみてください。

私が着目したのは、『初恋』とは『初めての恋』であるということです。
以前に恋人がいても改めて恋をすることは可能ですが、初恋ですとそうはいきません。
初めて人を好きになること、それが初恋です。
ゆえに初めての恋ならではの心情をシナリオに盛り込む必要があると感じました。

また初恋を経験するのは主に思春期と言われています。
思春期はいわゆる第二次成長期から始まります。その時期は生殖のために身体が成熟する段階、すなわち身体に大きな変化が現れる時期です。
そして急激な成長を促すために、思春期の男女の体内からは大量の生殖ホルモンが分泌されます。
生殖ホルモンは身体だけに影響を及ぼすだけでなく、その人の気分や精神にも大きな影響を及ぼすことは世間的にも知られています。
「大人は酒によって酔うが、若者は自然の力によって酔う」という諺をどこかで聞いたことがありますがその通りで、成人よりも気分の浮き沈みが激しく、感情的で、傷つきやすく、羽目を外しやすく、不安定になりやすい年頃です。
そのような時期に味わう『初めての恋』とは、果たしてどのように感じるものでしょうか。
きっとどうしてよいかわからず、混乱して、収拾がつかなくなるものではないでしょうか?
そして「好きだよと言えずに、初恋は」という有名な歌詞の通り、何も行動が出来なくて終わってしまったり、勇気を振り絞って告白をしてデートをしても初恋がゆえに慣れないデートに四苦八苦。おまけに突飛な行動までしてしまって、こんなはずじゃなかった……みたいなことになりそうではないでしょうか?

もしも課題が単に『恋』であれば、成熟した30代後半になって最後の恋に挑むというシチュエーションで話を作ることも可能です。
これまで経験したことや異性との関わった経験から、落ち着いた大人のデートを嗜む場面を想像するのもよいでしょう。
ですが今回、私が描かなくてはならなかったのは『初恋』
別にアラフォーになってからの『初恋』の場面を描いてもいいですし、それはそれで面白そうなのですが、今回は登場人物の年齢と、作品を購入してくれるお客様がすんなりとお話に入ってもらえることを意識して、『学生時代に気になる異性との初めてデートに挑むものの、上手くリードできずにてんやわんや。初めて抱いた恋の感情に戸惑いつつも、デートの相手に対してまっすぐな好意を伝える』というコンセプトで制作をしました。
特に修正もなかったので、この捉え方でよかったのだと思っています。

このようにテーマを的確に捉えることはシナリオライターにとって必須のスキルとなります。
このスキルはトレーニングによってある程度鍛えることができるのですが、しかし一筋縄では上達しません。
数々の失敗を通じて、私の場合は下記の方策を取っているのですが、それでもしばしばテーマから外れたシナリオを書いてしまう場合があります。

・テーマに用いられている単語の意味を辞書で引いて確認する
・類似する単語と比較して違いを検証する
・同じテーマの作品を参考にする
・熟考する
・一旦忘れる
・そのテーマから彷彿する自身の体験と参照する
・他人に意見を求める
・散歩をして閃くのを待つ
・書いた後にすぐ提出せずに間を置いて、後日にチェックをする

挙げればキリがありませんが、とにかくあの手この手を使ってテーマを的確に捉えるためのプロセスを新規のご依頼があるたびに毎度こなしています。
なんならシナリオライターの仕事はこのプロセスが大半を占めているかもしれません。まあ、他の職業の方からしたら「手を動かしていない」「ボーッとしている」などとお叱りを受けてしまうかもしれませんが、実は生みの苦しみを味わっている時間なのです。

私が思うに、テーマを的確に捉えるようになれるための最も効率な学習方法こそ、駄作でもいいからいっぱい作品を書いて、めちゃくちゃダメ出しを受けること、俗にいうトライ&エラーだと思っています。
それこそテーマが『夏祭り』なのに『クリスマス』の場面を描くなど、トンチンカンなシナリオを書いてしまって、「お前はバカか」と罵られて、悔しさのあまりに筆を折りたくなって、でもシナリオを書くことで身を立てたいという思いから「次こそは間違えないようにしよう!」と十分に注意を払えるようになる、と。
だからこそ初心者のうちは、「たくさん書いて失敗しまくりましょう」などと言われるのです。プロになると、失敗はできないですから。

最後に練習問題をもうけました。
脚本学校で実際に提示された課題のテーマです。
どのようなシナリオが求められているのかを、一度考えてみてください。
答えは下へスクロールすれば確認できるようにしておきます。

【以下、問題】

・魅力的な男

・宿命

・古傷

・憎しみの一瞬









【答え】

・魅力的な男
A.ただ単に何でもできるスーパーヒーローやモテモテの美男美女では
  魅力が伝わりにくい。「ふーん、それで?」となる。
  物語を進めるうえで数々の障害が起きてもそれを乗り越える
  強い意志と行動(貫通行動)や、
  「こんな人になりたい」という憧れ性と、
  「こういうことあるよね」という共感性を持たせることで(二面性)
  憧れるとともに親近感を持てる魅力的なキャラクターを
  創造することが出来る。
  また、男性であることも重要。男らしさとはなにか、
  ジェンダーフリーを叫ばれる時代でどう表現すべきかを
  十分に留意すること。

・宿命
A.類似の言葉である『運命』との違いを検証してみる。
  『運命』とは人の力で変えることも予想することも出来ない
  神秘的な力、そしてそれによって定めらえる人間の身の上。
  『宿命』とは生まれる前から決まっていて、
  さけることのできない運命。
  とされている、『宿命』とは『避けられない運命』のことなので、
  運命よりもさらに決定づけられたものように感じる。
  また『運命』は神秘的な力であるがゆえに、例えば
  「神秘的な力によって未来を知ることができれば
   運命を変えることができるのか?」などと
   想像を膨らませることもできる。
   しかし『宿命』は神秘的な力をもってしても避けることが
   できないように感じる。
   また『生まれる前から決まっている』ことから、
   出自を関連させるのも良い。

・古傷
A.ただ単に古い傷がありましたという話ではダメ。
  その傷はどうやってついたものなのか、
  そしてその傷は何を象徴しているのか、
  その傷よって登場人物のその後の人生がどう変わっていたのか、
  その傷によって物語がどう発展するのか、
  その傷があるがゆえのエピソードを創作することが大事。

・憎しみの一瞬
A.単なる『憎しみ』ではなく、『一瞬』が付いていることが重要。
  また『憎しみ』は感情であり、
  シナリオのト書きに入れることができない。
  登場人物の仕草や行動によってどのように
  『憎しみ』が表現されるかが肝心。
  例えば、怒りを堪えて表情は崩さなくても、
  見えないことろで震えるほど拳を握りしめている。
  誰もいなくなったところで付近にあったゴミ箱を蹴っ飛ばす、など。


※最後までご覧いただきありがとうございました。

 末筆に本記事と関わりの深い記事をご紹介いたします。

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