シナリオライターになるまであと3年と3カ月『2017年11月』【エッセイ】30歳中卒男が4年がかりでシナリオライターになるまで
「みなさん、いかがでした~? 枝豆はた~くさん採れましたか? 僕は袋いっぱいに採れましたよ~!」
丹波篠山では秋の紅葉ツアーが落ち着くと、黒豆収穫ツアーにシフトチェンジして上手に観光客を集客する。
観光バスの車内にはお節用の黒豆を求めて集まったツアー客たちが、ホクホク顔でビニール袋を掲げていた。
袋の中には枝付きの黒豆がパンパンに詰め込まれている。
つい先ほど、農家のビニールハウス内で収穫したものだ。
観光客が直に農家へと伺い、自ら摘む体験を売りにしたツアーである。
「ですが僕の家ってキッチンが狭くて、調理するのが面倒なんですよね……ですからこちらの黒豆、みなさんに差し上げちゃいま~す!」
私が20リットルほどの量の黒豆を掲げる。すると車内が歓声に湧いた。
私は今日も今日とて旅行会社の派遣添乗員として業務に従事している。
ツアーが終わるとお客さんにはアンケートを記入してもらうのだが、それが添乗員にとっては肝心要である。
アンケートには添乗員に対する評価の項目があり、それが会社からの私たちへの評価に直結するのだ。
最高点数の『5』が多ければ安堵のため息が漏れるものの、ひとつでも『1』が混じっていればその後の飯がマズくなること間違いなし。
大抵は後日オフィスの奥の部屋に呼び出されて、コンコンと説教を受ける羽目になる。
それを回避するための策が、この黒豆プレゼントである。
こうすることでツアーにもうひと盛り上がりを作ることができる。
そうすれば添乗員の評価の項目が一段階上がる。
ツアー客と私にとってWIN-WINの戦法だ。
ちなみにツアーを主催する会社からは、こういったことをしろという指示は一切受けていない。
この業界で生き残るために添乗員間で脈々と語り継がれてきた知恵である。
「ですがみなさんに配るのも手間ですよね~、そうですよね~。全員に配ったらもらえる量がほんのちょっとになってしまいますよね~? それじゃ~嬉しくないですよね~」
「ではこうしましょう! 今日お誕生日の方!? いますか? いませんか!? ……ざんね~ん! 誕生日の方がいらしたらプレゼントとして差し上げようと思ったのに」
車内からアハハと笑い声が散髪する。こういったツアーに参加するのは大抵は中高年なので、割と懐の深い人が多い。
若い人だらけのツアーだとこうして集団でノセるのは難しい。
「ではでは~、定番ですがジャンケンで決めましょうか~! 僕の出す手と勝負して、最後まで勝ち続けた人に黒豆を全部差し上げちゃいま~す!」
「みなさん、心の準備はいいですか~? 手を挙げてください。それではいきますよ~。ジャ~ンケ~ン……!」
二回戦、三回戦と続けていくうちに人数がだんだんと減っていく。
決戦ではしばらくアイコが続いたものの、最終的にはお年を召したオバサマに軍配が上がった。
「黒豆プレゼントを獲得したのはこちらの方です! みなさん、拍手~♪」
車内にいる50名ほどのお客さんが一斉に拍手を送る。おばさまははにかみつつ大きな袋を二つ抱えて席へと座り直した。
「いいですね~。お節の黒豆たくさん作れますね~。ご家族にもたくさん食べさせてあげてくださいね?」
「このツアーに参加して黒豆を炊かないという人はいないかもしれませんが、お節を自分で料理して用意するのって、すっごく手間がかかりますよね?」
「そこでお知らせがあります! 当社のツアーに参加している方々限定で、百貨店でも販売されている豪華なお節が特別価格でご購入できるキャンペーンを実施しております!」
「これからお配りするツアーのアンケートとご一緒にお節の注文用紙もお配りいたします。大阪に到着するまで約2時間。それまでにご購入いただける方はご記入のうえ、バスをお降りになる前に私にお渡しください!」
「ご本人様が購入なさらなくても、娘さん、息子さんご家族にご用意されてはいかがですか? きっと喜ばれると思いますよ~」
お客さんをほどよく乗せたところでお節のパンフレットを配る。
実は販売個数に応じて添乗員にキックバックが入る。
今回の場合は20個販売するごとに私に1000円分のQUOカードが支給される手はずになっていた。
今回のツアーの拘束時間は10時間、時給は900円。
例え雀の涙ほどでも稼ぎたかった。
「添乗員さん、ハイこれ」
「わぁ、こんなに! ありがとうございます~♪」
大阪のビル群が車窓から伺い始めるころにアンケートとお節の注文用紙を回収する。
バスの最前列にある(タイヤの振動が一番キツイ)添乗員用の席へと戻って、早速アンケートの枚数を確認した。
アンケート用紙を一枚でも回収し損ねると会社から、自分にとって不都合なアンケートを握りつぶしたとみなされて評価が下がるので要注意だ。
それを終えると手早くお節の注文用紙を眺め、注文個数の合計を頭の中ではじき出す。
なんと40個ほど売れた。上場の成果だ。今晩の夕食は外食をしちゃおう♪
「みなさま。とうとうツアーの終わりが近づいてきました。大阪の夜景が一望できます。夢のような時間が終わって日常へと帰るときがやってまいりました」
「しかしながら私共、○○旅行社はみなさまが再度ご来訪されるのを心よりお待ちしておりますからね。また一緒に夢のような楽しい時間を過ごしてまいりましょう!」
「本日は誠にありがとうございました。ご案内は××××が勤めさせていただきました。最後に安全な運転でみなさまの旅行をサポートいただきました運転手の△△に拍手をお願いいたします!」
車内から盛大な拍手が起きる。だが運転手は決して振り返らない。いぶし銀の表情を崩さずに前だけ見つめて運転をしている。
「では間もなく停車いたします。バスをお降りになる前にお忘れ物などございませんよう、お手回り品を充分ご確認ください。携帯電話、財布などには特にお気を付けください。それと、本日収穫した黒豆も!」
「黒豆も!」と聞いたお客さんたちから笑い声が起こる。「忘れるわけないだろー」という囃子声とともに、「添乗員さんもお疲れさまー」という労いの声も聞こえきた。
私はぺこりと頭を下げて、降車の準備を整える。
※ ※ ※
「ふぃ~っ。終わった、終わった」
駅前の路肩にバスを停めて、車内の座席のチェックを行う。忘れ物がないかの確認である。
「にいちゃん、お客さんノセるの上手いな」と確認を手伝ってくれている運転手が聞いてくる。
「いや~、それぐらいしか取り柄が無いですから」
実際その通りであった。大人になっても要領の悪いままの私は、段取りが命のこの仕事ではよくミスをする。
顧客名簿を立ち寄った施設に忘れていったときは、クビを覚悟したものだ。結局は他の添乗員のフォローでどうにかなったのだが。
「まあ向いてる向いてへんはあると思うけど、こんな時代やしなるべく続けていき~よ」
「ハハ、どうも」
シナリオを学び始めて約一カ月。まだまだライターとしての芽は出ない。
シナリオライターとしてデビューをするまではなんとかこういった仕事で食いつないでいかないと……中卒の自分には他に働かせてもらえるような場所はほぼない。
同業者から少しでも評価してもらえているのなら、まだまだ添乗員を続けていけるのかも……と思っていたが。
「にいさん、こんなんが出てきた」
花柄のハンカチである。
車内の中程の座席から発見された。
※ ※ ※
「も~! めんどい。ホンマめんどい!」
バスを見送った後に近所の中華屋へと入る。
「『お忘れ物などございませんよう、お手回り品を充分ご確認ください』って言ってたやんけ! ちゃんと聞いとったんか?」
と毒づきながら顧客名簿とバスの座席表をテーブルの上へと広げた。
まずはバスの座席表から、どのお客さんが忘れ物をしたのかをあぶりだすためである。
「たしかあの席はD-12やったかな? いや、Eか?」
忘れ物をした席などを十分確認する前に、私はバスから降ろされた。
それ以上路肩に停めておくと駐禁を受けるとかなんとか運転手が言ってた気がする、知らんけど。
おかげでツアーの解散場所の場所の近くにある、入りたくもない中華屋に入る羽目になった。
ツアー客がまだ付近にいた場合、すぐに忘れ物を届けられるためである。
「じゃあこの人かこの人か、この人やな」
忘れ物の持ち主に目星をつけると、顧客名簿から電話番号を参照する。
「ラーメンセットおまち」
注文した品を店員が運んできた。私は首肯しながらケータイのスピーカーに耳を済ませる。
「あ、もしもし。○○旅行社の××と申します。先程のツアーでは大変お世話になりました。実はですね、バス車内にお忘れ物がございまして……」
電話が繋がるとともに声色をを営業モードへと切り替える。不機嫌な様子を気取らせたりはしない。だが視線はラーメンの上で光るトッピングのチャーシューへと注がれていた。
「いえ。お忘れ物がないようで何よりです。この度はご協力いただきありがとうございました。お気をつけてお帰り下さいませ~」
電話を切ると同時に大きくため息をつく。本命のお客さんだったのだが、その人が忘れ物をしたわけではないようだった。
「あぁ……麺が伸びる」
慌てて箸に手を伸ばしたところ、肘がコップにあたって色の薄い麦茶がこぼれた。
「ああっ!?」
そしてこぼれたお茶がテーブルの上に池をつくり、そこにある名簿をしっとりと濡らす。
私は慌てて拭くものを探す。手元にハンカチがあったので握りしめたところ、ハッとした。
「バカか! それはお客さんのハンカチや!」
一人でツッコミを入れつつ、自身の尻ポケットからハンカチを取り出す。
顧客名簿からお茶を吸い上げようと紙面にハンカチを押さえる。
そしてふと我に返った。
「はぁ……なにしてるんやろ、俺。もうこんな仕事辞めたい……」
自分はそもそも漫画家になるため、はたまたゲーム会社に勤めるためのスキルを身につけたくて田舎から大阪へと出てきたのである。
それがこの有様だ。ため息しかでない。
落ち込んでいるうちにラーメンはだんだんと伸びていった。
結局、三件ほど電話をしてようやく忘れ物の持ち主を特定することができた。
しかしその人はすでに帰宅してしまっていたので、忘れ物のハンカチは処分してくれて結構と言われる。
すぐに渡しに行けるように、解散場所の近くで待機していたにも関わらず……。
※ ※ ※
「明後日も添乗か~」
時刻は午後10時。ようやくシェアハウスの自室へと帰りつく。
ベッドへと倒れ込む前に、お茶を拭いたハンカチを干した。
シェアハウス内の廊下にある洗面台で洗ったものである。
洗濯機はコインランドリー式で、使用するごとに200円がかかる。
節約のための手洗いである。
余計に悲しくなってきた。
「添乗、行きたくねぇなぁ~」
元々コミュ障の私である。10代の頃に引きこもりを経験し、高校を中退してから約10年間友達ゼロだったのは伊達じゃない。
人と関わる仕事は楽しくもあったが、反面私のような人間にとって著しく気力と体力を消耗させられた。
早い話が、向いていないのである。
いくら同業者から続けろと言われても、無理なものは無理だった。
「かといってすぐにシナリオライターになれるわけでもないし……」
シナリオセンターに入校して早一カ月。
じょじょにテクニックを身につけはじめ、それらしいシナリオを書けるようになってきた。
しかしシナリオライターとしての仕事を始められる見通しは、未だに一切立たない。
三か月間の基礎クラスを終えて、賞に投稿し続けて、デビューして、やっと企業の採用試験にエントリーできて……。
一体いつまでかかるのか。
それまで添乗員の仕事で食いつないでいかなければならないのか。
そもそも自分はこの仕事を続けられるのか。
来月にも大きなミスをやらかしてクビになるんじゃないか。
みるみるうちに自信がしぼんでいく……。
なにもかもがいやになって、ふて寝したい気分であった。
「いやいや、今日中に課題を仕上げんと」
睡魔を御して、ベッドから身体を起こす。
机に向かい、原稿用紙を取り出した。
「今回の課題のテーマってなんだっけ?」
授業は明日。課題の提出も明日である。
どうしても本日中に仕上げなければならなかった。
ちなみにシナリオセンターの教えでは、課題は授業の前日に書き上げるべしとされている。
安易な思い付きではなく、課題ごとのテーマを自分なりに咀嚼してから書く方が良いものが書けるからだそうだ。
ただ私のように、前日まで課題の存在を忘れているようであれば、その手法はまったく意味がない。
「ハハッ! まじか……」
私は今回の課題を確かめて、思わず失笑する。
「『ハンカチ』か……なんてタイムリーな」
前回の授業では、『小道具』の使い方を学習した。
劇中に物語を象徴するアイテムを登場させて、物語に軸を与えること。
もしくは物を使って間接的に登場人物の心情を表現することである。
「たしか授業では『風と共に去りぬ』を取り上げていたよな。主人公の恋人役のレット・バトラーが主人公にハンカチを渡すことによって、主人公との別れと、主人公の精神的な自立を観客に印象付けるとかなんとか」
登場人物の心情をト書きで描くことができないシナリオでは、あの手この手で登場人物の心情を描こうとする。
小道具はその代表的手段の一つである。
「さて、俺は『ハンカチ』を使ってなにを表現すればいいのか……」
先程の中華屋でのてんやわんやが脳裏によぎる。
ハンカチを通じて訴えたいテーマは一つしかなかった。
「添乗員の仕事は大変だよっていうメッセージを伝えるために、ハンカチを使うか」
指定された枚数はペラ8枚分。原稿用紙換算で4枚。
あっという間に書き上げることができた。
その課題は後日、『普段は触れることのない世界を知れて面白い』という評価を講師からいただけた。
※最後までご覧いただきありがとうございました。
本記事と合わせてご覧いただきたいのは、
テーマの捉え方
という記事です。本記事での私は脚本学校での課題でハンカチのテーマに挑みましたが、シナリオライターとして仕事をしていると毎日が『○○について』というテーマを突きつけられる日々です。テーマを的確に捉えること、深掘りするスキルはシナリオライターとして必須のスキルとなります。こちらの記事ではテーマを捉えるための思考や発想の私なりのプロセスを掲載しておりますので、ぜひ参考になさってください。
期間限定で無料公開しておりますので、ぜひこの機会にご一読いただけると幸いです。