ライター歴:-3年11カ月『2017年3月』【エッセイ】30歳中卒男が4年がかりでシナリオライターになるまで
「ほやから何回も言うてますやん。お宅の授業料が高すぎて払えないんですわ。歳も歳ですし、一刻も早く学び始めたいのはヤマヤマなんですけどね、無い袖は振れないんですって。せやのに『今週中に振り込んでもらわないと~』とか『今すぐ始めないとゲーム業界には就職できないですよ~』なんて文句で脅すのはやめてください。というか用事があったらこちらから電話するんで、もうそちらからはかけてこんといてください!」
2017年3月初頭の大阪梅田の路上にて、私は電話を切った。交通費を節約するためにバイト先から徒歩で帰宅している途中だった。
電話を掛けてきたのは、以前に体験入学へ参加した学校からだった。どの学校もこの時期には入学の応募を締め切る。一人でも多くの生徒を迎えて授業料を得るために私のような素寒貧にもしつこく電話営業を掛けてきているのだろう。当時の私の所持金は十万円程度。いい迷惑である。
「くそっ、バカにしやがって……!」
電話をかけてきた入学案内担当者の捨て台詞は、「その年齢ですと、一カ月でも早く行動しないと手遅れになりますよ」とのことだった。当時、29歳。そんなことは言われなくても分かっている。
「どこかないもんかな~。安くて、無理なく通えて、実績のある学校は……」
シナリオライターになると心に決めてから早半年。独学は無理と悟って脚本家コースのある学校への体験入学へと行きまくったものの、どこもしっくりとこずに途方に暮れていた。
だがしつこく嫌味な営業電話に焚きつけられた私は、帰宅すると久方ぶりに脚本養成学校の情報収集を再開した。
「条件は、大阪にあって、通学は週に一回ぐらいの頻度で、有名な脚本家が卒業生にいて、月に2・3万円程度の授業料で……」
だがパソコンのキーを叩きながら、思わず自虐的に笑ってしまう。
「そんな都合のいい学校があるわけないか~」
いつもとは少し異なるキーワードで検索したのが功を奏したのかもしれない。
今まで目にしたことのない学校名が検索の上位に表示された。
「なにここ? 『シナリオセンター大阪校』 ……こんなところがあったんか」
とりあえずサイトを開いてザッと斜め読みしてみる。
「え、まじ? 朝ドラの脚本家とかを輩出してんの? しかもドラえもんとかクレヨンしんちゃんみたいなアニメにも卒業生が携わってるんだ?」
実績はこれまで検討してきたどの学校よりも突出していた。
「東京と大阪の二校があるんか。授業は週に一回、授業料は月に9000円…… 『9000円』!!!?」
しかも相場の1/4以下の授業料であった。
「どうしてそんなに安くできるんや?」
私は俄然とやる気になり、丹念にサイトの内容を読みこんでいく。
「なるほど。この学校はいわゆるカルチャースクールの位置づけなんやな」
形態としては私立の塾に近く、専門学校ではない。ゆえに卒業したとしても学歴に箔はつかない。
「どうしよっかな~」
高校を中退した私にとって、学歴は人生に暗い影を落としていた。
当時憧れていたゲーム会社の求人の応募条件には、四大卒と書かれていた。他のメーカーでも、専門学校・大学卒業は必須の条件であった。
一応、高等学校卒業程度認定試験には合格していたものの、すでに三十歳目前。
「この学校に通って、2・3年過ごして、結局シナリオライターになれんかったら、人生詰んでもおかしくないな~」
なけなしのお金、なけなしの時間。
全てを注ぎ込むリスクを冒してまで通うほど、この学校に価値はあるのだろうか?
「百聞は一見に如かずって言うし、とりあえず体験授業を受けてみるか」
しばらく悩んだ末に、私はシナリオセンターへと連絡を取った。
約一週間後、私は新大阪にある雑居ビルの前に佇んでいた。
「古いビルやなぁ」
いかにも昭和な臭いが漂うボロいビルだった。60年は経過しているのではなかろうか。
「ほんとにこんなボロいビルに学校があるんか?」
これまで体験入学などで訪れた学校の多くは自社ビルを所有していたり、一等丸々テナントとして借り上げていた。外観からしていかにも近代的でハイセンスな所ばかりだった。
対してこれから訪れる学校は、昭和の中期に建てられた骨董品のようなビルである。しかも守衛室で腕組みをしているおじさん以外に人の気配が感じられない。
「まあ、そのぶん授業料が安く抑えられているのなら、文句ないか」
肝心なのは何を学ぶか、そして目的を達成できるかだ。人生崖っぷちの私にとって、他は二の次である。
「とりあえず中に入ろう」
今さら怖気づいて逃げ出すわけにもいかないので、意を決してボロビルへと足を踏み入れた。
シナリオセンター大阪校はビルの5階の一画を占有していた。
事務室と小部屋、そして30人ほどが収容できる大きな教室が一つ。
かなりこじんまりとした規模が、より一層私の不安を誘う。
いぶかりながら受付を済ませると大教室へと案内される。係員から適当な席に着くよう指示された。教室には20名ほどの見学希望者が大人しく席に着いている。
「わぁ……」
私を驚かせたのは、教室の壁一面に掲載されていた卒業生の近況の一覧であった。
「マジかよ。『ドクターX』に『あまちゃん』、『ちびまる子ちゃん』まで……」
当時の国民的なテレビ番組を総なめにするかのようなラインナップであった。
「ゲームの実績は少ないけどゼロではないみたいだし、それよりもアニメの脚本とか書けたら最高だろうな」
そんな夢想に浸っているうちに先生がやってきて、体験授業が開始された。
「まずは本校の成り立ちや経緯からお話いたします」
授業が開始されて30分程は、学校の遍歴や事務的な説明が続いた。
(そんな情報はホームページを見て知ってるから……)
私はアクビを噛み殺しつつ、ぼんやりと説明に耳を傾ける。
「では、せっかくですしみなさんには少し授業を体験してもらいましょう。本校では三か月間の座学を設けており、主にシナリオの基本的なテクニックやルールを覚えてもらっています」
学校の黒板のほど大きいホワイトボードに、先生がペンを走らせた。
(これこれ! この模擬授業を受けるためにわざわざ足を運んだんだ)
私は身を乗り出して授業に集中する。
そもそも独学では一切上達しなかったのが、学校へ通おうと思うようになった原因である。
こういった基礎を一から教えてもらえるような座学は、こちらとしては願ったり叶ったりだった。
「脚本は柱、ト書き、セリフで構成されており……」
先生がさらさらとホワイトボードへとペンを走らせる。
私は忙しなくメモを取る。息つく暇もない。
(……なんか、懐かしいな。この感じ)
高校を中途退学して早12年。
授業を受けるということ自体がとても懐かしく、なんだか涙が出そうになった。
しかも二十代前半から、度々大学などへ復学したいと考えていた。
(結局、諸々の事情で大学には通えなかったけど……)
この教室に漂うアカデミックな雰囲気は、私が失ったもの。
そして再び手にしようとしても届かずに涙を飲んで諦めたものであった。
胸が締め付けられるような感覚を覚えつつ、メモを取り続ける。
先生の発する一言一句を聞き逃さないように集中する。
知識がまるで砂にこぼれた水のように吸収される感覚があった。
「こんな法則があったなんて……すごい」
今までの人生の中で触れてきた作品の物語。
機械仕掛けの時計を分解するかのように、その構造とメカニズムが暴かれていく。
脳内でバラバラに点在していた作品に関する知識が、複雑にリンクし合っていく。
さながら点と点が線で繋がり、一つの大きな構造体へと再構築されていくかのごとく、私の世界が塗り替えられていく。
私の肌は泡立っていた。
(……ハッキリわかったわ。これ、俺が一生かけて学ぶべきものやわ)
ベートーベンが「このように運命は扉を叩く」と言い残した言葉がもととなって、交響曲『運命』は名づけられたという。
まさに運命の時が扉を叩いて訪れたような明確な出会いを、私はまざまざと感じとっていた。
そして気がついたら体験授業は終わっていた。
まるでタイムトラベルをしたかのようにあっという間に時間が経っていたことに驚いた。
(足りないぞ、もっと……もっと……)
欲望が湧き上がってくる。
(もっとここで、学びたい……)
その日を境に、シナリオセンター以外の学校へ通う選択肢を捨てた。
※最後までご覧いただきありがとうございました。
本記事と合わせてご覧いただきたいのは、『シナリオライターに学歴は必要か?』という記事です。
実際の職業ライターの最終学歴と企業の求人から、シナリオライターにとっての学歴の必要性を検討していきます。(企業の求人に関しては2024年10月時点のものです)
期間限定で無料公開しておりますので、ぜひこの機会にご一読いただけると幸いです。
シナリオライターに学歴は必要か?
※本記事で述べられている内容に関して、決して鵜呑みにせずに参考程度に留めておいてください。
本シリーズ内での私は学歴に関するこだわりを随所に見せています。
脚本家養成学校を選ぶ際の指標に『学歴になるか』を気にしていたぐらいです。
しかしながら本当に脚本家やシナリオライターの職に就くのに学歴は必要といえるのでしょうか?
もしくは学歴次第で優位になるものなのでしょうか?
まずは私の知り合いのライターの最終学歴を並べて比較してみます。
・大学院卒(1名)
・6年制薬科大卒(1名)
・大学卒(2名)
・短大卒(1名)
・高卒(1名)
・中卒(1名)※高校卒業程度認定試験合格
あくまでも私の身近にいる方々ですので、偏りがあることを念頭に置いてください。
こうして見比べてみると、学歴を満遍なく網羅しているように見えます。
専門学校卒の方がいなかったのは、意外な発見でした。
肌感ですが、きっと私の身近にはいないだけなのでしょう。
上記の結果を鑑みるに、高学歴がなければシナリオライターにはなれないとは言い難いようです。
では続いて、高学歴による優位性を考えてみたいと思います。
上記の方々に対して以前に、デビューの経緯をお伺いしていました。
どんな出来事がキッカケでライターの道を歩むようになったのかあ、学歴と併記しつつ列挙したものが下記の通りです。
・ゲーム会社への就職(大学院卒:1名 大学卒:1名)
・自らコンテンツを制作して利益を上げた(高卒:1名 短大卒:1名)
・脚本家養成学校で学んだ後に仕事を受注した(中卒:1名 薬科大卒:1名)
・小説、ライトノベルのコンテストで受賞した(学歴不明:1名)
学歴と同様に、経緯に関しても千差万別であることがわかります。
(王道中の王道であるコンテストの受賞者やゲーム会社就職組よりも、その他の手段でライターになった方が多いことも私としては意外な発見でした。)
何かしらの傾向を見出すとすれば『ゲーム会社に就職した』のが大卒以上の学歴であることぐらいでしょうか。
事実、高卒でゲームメーカーに入社したという事例はあまり聞いたことがありません。(アニメ『ニューゲーム』内でもそんなセリフがあったような……)
では果たして、ゲーム会社にシナリオライターやそれに近しいプランナー職に就くに大卒の学歴は必須というのは事実といえるのでしょうか。
実際の求人を確認してみましょう。
日本の大手ゲーム会社が求めるシナリオライターの学歴(新卒)
A社:専門学校・高等専門学校・短期大学・4年制大学・大学院
B社:学歴に関する記載なし
C社:大学・大学院・短大・高専・専門学校
D社:大学院・4年制大学を卒業または卒業見込みの方 または短期大学・高等専門学校・専門学校を卒業または卒業見込みの方
E社:大学院・4年制大学・短期大学・高等専門学校・専門学校卒業または卒業見込みの方
新卒に関しては上記の通りとなります。
私がパッと思いついた5社の求人要項を並べて見ましたが、一社を除いて高卒よりも上位の学歴が必要であることが明記されています。
探せば他にも学歴不問の大手企業はあるのかもしれませんが、一般的には高卒では応募すらできない、もしくは選択できる会社がかなり制限されるとみてよいでしょう。
では中途採用・キャリア採用に関してはどうでしょうか。
A社:制作会社に所属しての継続的なゲーム作品のシナリオ執筆経験、商業作品としての長編小説の出版経験、もしくはそれに類する開発者としての業務経験を1年以上有していること
B社:ゲーム・映画・ドラマ・アニメ・漫画・小説等の脚本制作経験、長期就労可能な方・2年以上
C社:ゲームプランニングの経験、運用経験が3年以上ある方もしくはソーシャルゲームの企画、運用経験が1年以上ある方
D社:シナリオ執筆、シナリオ編集実績・世界観の構築経験
E社:不明
同一企業の求人であっても、携わるプロジェクトや雇用形態によって応募条件が異なる点をお含みおきください。
中途採用となると学歴に関する記述はほぼ無くなり、主に経験年数や実績によって条件づけられる傾向にあります。
ただその経験を得るためには新卒でゲーム会社に入社するぐらいしか手段がなく、結局大卒程度の学歴が必要になるのには変わりなさそうです。
では今度は大手企業ではなく、中堅企業の求人を見てみましょう。
2024年10月現在、DODAにて検索に上がった求人を適当にかいつまんでみました。
F社:高等学校卒以上、商業でも非商業でも完結させたオリジナル小説がある方
G社:高等学校卒以上・ライティング実務経験
H社:スマートフォンゲームまたはコンシューマーゲームにおけるシナリオ・演出の制作(学歴の記載なし)
I社:シナリオ構成/ライティング経験がある方(学歴の記載なし)
J社:必須 シナリオライティング経験 ソーシャルゲームが好きな方(学歴の記載なし)
中堅規模の会社であれば学歴に関する記載は控えめかつ、一定の経験と実績を求められる傾向が伺えます。
以上のことから、
・大手企業の新卒には大学卒業以上の学歴が求められる
・中途採用は企業の規模に関わらず実績と経験が最有力視される
と言えそうです。
ゆえにゲームシナリオライターになるためには必ずしも大学を卒業する必要はないものの、新卒時に正社員として働きたい場合は必須。大卒の学歴が無い場合は自力で経験と実績を積む必要があると言えるでしょう。
なお、新卒の正社員として採用されれば勤務年数が経過するごとに自動的に経験を積むことができるので、その後のキャリア形成にかなり有利に働きます。
もしも退職してフリーランスになったとしても、元々所属していた会社から仕事を優先的に受注できたり、思うように仕事が入らなくても再びゲーム会社に就職することも可能だからです。
少なくとも、一度もゲーム会社に就職したことのない叩き上げのフリーランスよりは抜群に経営や生活の安定感は増します。
また、上記の求人には学歴の記載がないものも見受けられますが、それでも選考の際には学歴が多少の影響を及ぼす可能性は十分あり得ると私は考えています。
例えば同じ会社に同じタイミングで同じような実績のAさんとBさんが応募してきたとして、一人しか採用できない場合。Aさんが大卒、Bさんが高卒の場合であれば、比較的にAさんの方が採用されやすいと言えるでしょう。(20代までであれば尚更)
あくまで私の邪推というか私見ですので、本当のところはどうなのか、各企業の人事採用担当者の方にお伺いしたいものです。
ちなみにゲーム業界以外でのシナリオライターとしての就職に、学歴がどの程度影響を及ぼすかに関しては把握していません。
そもそもゲーム業界以外にシナリオライターの就職先があるのかどうかも私は存じ上げません。
テレビドラマや番組、映画の脚本を手掛けているライターの大多数は、脚本のコンクールで賞を受賞したり、同業界の異なる職種で一定の実績を残した(俳優やディレクターなど)猛者が就いているイメージがあります。