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シナリオライターになるまであと2年と11カ月『2018年3月』【エッセイ】30歳中卒男が4年がかりでシナリオライターになるまで
「では次は夏ごろに」
そう告げて現場の職人さんたちと別れた。
文化財修復の仕事に一旦の区切りがつけられたからだ。
おそらくだが公共事業なので年度末に区切る方が都合がよかったのだろう。
何かしらの調査や会議を経て、夏ごろに再開される。
漆を塗るのに最も都合の良い気候である春をあえて避けてまで手続きに時間を割くのが、最高にお役所仕事っぽいなと思った。
何にせよ私は職を失った。数か月間は収入がない。
3,4か月後には工事が再開されるので、短期のアルバイトにしか応募ができない。
そして齢三十にもなって、仕事を覚えたり慣れたりした途端に辞めなくてはならない短期アルバイトに、積極的に就きたいとはあまり思えなかった。
しかも今は時間が惜しい。
一刻も早くシナリオライターになりたい。
次回の工期が終わるまでにはなりたい。
ということは一年後にはシナリオライターになっていたい。
なって笑っていたい。
無駄に時間を費やしたくない。
しかも金はたんまりある。
といっても60万円ぐらいだが、実家に出戻った当初の素寒貧の状態と比べれば懐の温かさが雲泥の差である。
この60万円を使って、勝負に出よう。
私は荷物をまとめて大阪へと舞い戻った。
新居はシナリオセンター大阪校から徒歩10分ほどのシェアハウスだ。
以前に住んでいたシェアハウスと比べて、ややこじんまりとした物件。
といってもその建物には約40名ほどが暮らしているらしい。
鉄筋コンクリート製の四階建ての建物である。
最近改修を行ったらしく、外装内装ともにキレイだ。
下水道のニオイがどこかから漏れており、共用の廊下が若干ドブ臭いことを除けば、住み心地はまぁまぁである。
屋上には住民が自由に使える広いスペースがあり、机やベンチが設置されている。
柵の向こうには大阪の中心地である梅田のビル街を一望することができる。
そして川幅数百メートルにも及ぶ淀川と、それを縁取る河川敷の緑地公園が間近に迫っている。
「戻って来たぜ、大阪」
私は風光明媚な光景に背を向けて、自室へとこもった。
シナリオセンターで学習した内容をパソコンにまとめて記録をつける。
クラスメイトが発表した作品の詳細、そのときに寄せられた意見や批評、先生からの講評を余すことなくメモに書きとめていた。
それらをワードへと転記し、いつでも読み返せるようにしておく。
エクセルへと落とし込み、講義の内容を極力、量的なデータへと変換して集計を取る。
課題別に注意しなくてはならない事項をしっかりと書きとめる。
私独自のシナリオセンターの攻略本、ひいてはシナリオライターになるための手引きやバイブルを作成するために、膨大な時間を費やした。
そしてその作業を通じて、頭の中にシナリオライターとしての心得やノウハウを脳みそのシワへと深く刻み込む。
すべては一日でも早くシナリオライターとしてデビューをするためである。
シナリオライターになるためにはアウトプットだけではなくインプットも欠かせない。
私は有料動画配信サービスに加入して、暇があれば……いや、むしろ時間を作ってドラマやアニメを鑑賞しまくった。
私には空白の十年間がある。
高校を中退してから現在に至るまでの期間のことだ。
学生の頃は小説やラノベを読みまくり、暇さえあればゲームをしているような人間であった。
だが精神病患者のようになるまで消耗してからは、そのような文化的な娯楽を消化する意欲までをも失ってしまっていた。
本を読んだりアニメや映画を観るのは、意外と疲れることなのだと実感させられた。
そのうえ経済的な危機に陥ってからは、娯楽に費やす時間すら惜しいと思うようになった。
ゲームをしていたり漫画を読んだりしていると、無性に罪悪感がわき起こってくる。
そんなことをしている暇があれば少しでも勉強をしろ、将来に役に立つことをしろと、強迫的な観念がわき起こってくる。
おかげで学生をやめてから約十年間、ろくに流行のコンテンツには触れてこなかった。
ラノベは辛うじて『涼宮ハルヒ』を読んでいたぐらい。
『シュタインズゲート』は知らない『ひぐらし』も知らない『東方プロジェクト』は霊夢と魔理沙しか知らない『ニコニコ動画』には触れてすらいない。
ゲーム等のコンテンツを制作する仕事に就くには致命的なほど、私にはオタクとしての知識が足りていなかった。
さらにはドラマに関する知識もゼロに等しかった。
シナリオセンターはドラマの脚本の書き方をもとに指導を行っている。
クラスメイトにはもちろんドラマ好きがいたし、その好きな気持ちが高じてシナリオライターになることを挑戦しようと決心した人達が多数派を占めていた。ゆえに、容易に会話から取り残されしまう。十年前に放送されていたドラマのことを聞かれても、こちらはタイトルすら知りやしない。
そもそも私はドラマが苦手だし、ゲームシナリオライター志望なので気に病む必要はないのだが、それでもシナリオにまつわることに関してクラスメイトに後れを取るのは許せなかった。
一日何時間もテレビの前に齧りつき、アニメやドラマを見続ける。
仕事もせず、貯金をすり減らしながらアニメやドラマを見まくる生活に当然不安を感じていたが、それでも充実感のほうが勝っていた。
いつか四年生の全日制の大学に合格して、華のキャンパスライフを謳歌する。好きなだけ勉強して、授業に通って、好きな事だけをして暮らしていく。
二十代の頃に思い描いていた、そのために身を粉にしてまで働いて学費を作ろうとした、そんな生活はついに叶うことはなかった。
だが今の私はシナリオライターを目指している。そのために最大限の努力を行い、惜しみなく時間を費やす生活。
そして今、好きな事だけをして暮らしている。
念願がやっと、ほんの少しだけでも叶って、私はちょっぴり満足していた。
この生活を少しでも長く維持すること、またほんの少しでも不安を和らげるために、私は節約に努めた。まずは食費の削減である。
当時のお昼ご飯の定番は、業務スーパーで購入したひと玉10円程の麵玉で作るラーメンであった。
スープの素を買うのが惜しいので、顆粒だしと味噌をといて麺にからめた。
替え玉ひと玉10円なので、満足するまで腹を満たすことができた。
家具を購入する無駄を省きたかったので、飯台には段ボールを代用することにした。
引っ越しの際に荷物を詰めていた段ボールで、未だに本を数冊入れたままだ。その段ボールの開口部が横を向くようにして立てて、天井をむいた面に
お茶碗やコップを置いてご飯を食べていた。
飲み物をこぼすと段ボールがふやけてしまうので、パイオランテープを張って撥水効果をもたせた。ちょっとした補強にもなったので都合がよかった。
ただ、使っていくうちにだんだんと段ボールがヘタってきて、U字に曲がってきた。三カ月も経つ頃にはスープを置くと器が斜めになって中身がこぼれるほど凹んでしまった。
野菜不足に対応するために、とことん安い八百屋を探しに行った。
するとシェアハウスから10kmほど離れた尼崎の高架下に露店で野菜を販売している店があるのを見つけた。
にんじん一本20円、たまねぎ6個で50円。レモン10個で200円。
どこで購入したのか疑いたくなるほどの安値に度肝を抜かれた。
実家から持ち出してきたマウンテンバイクで疾走しても往復に2時間弱かかる。だがその労力に見合うほど安い。
運動不足解消を兼ねて一週間に二回ほど通っていた。
ちょうどその頃、レモン水によるダイエットを試みるようとしていた。
ウォーターピッチャーにカットしたレモンを数切れ入れるだけなので手間いらずである。
程よい酸味があり、ジュースを飲んでいるような感覚があったので積極的にこしらえていた。
だがレモンを一度に10個も購入しても、なかなか消化しきることはできなかった。
ある夏の日、4日ほど常温で放置していたレモンに包丁を入れると、中から無数の砂粒のような黒い羽虫がわきあがったときには度肝を抜かれた。
やはり安い品物にはそれなりの理由があるのだと実感させられた。
そんな感じで私の自堕落で貧乏なモラトリアムな独り暮らし、2ラウンド目が幕が開いたのだった。
◆最後までご覧いただきありがとうございました!
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本記事とは別のシェアハウスでの暮らしぶりに軽く触れています。シェアハウス暮らしに憧れているかたはどうぞ。