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歴史はバーで作られる 鯨統一郎著 双葉文庫(2020年5月発行)

バーテンダーのミサキが登場。文豪の作品で気に入ったので購入しました。

収録作品は五篇。どのタイトルも古典的文学作品のオマージュとなっています。珍説?で凹まされるのが新進気鋭の歴史学者、喜多川(三十五歳)。語り手は僕、安田(学生)。凹ますのが謎の歴史学者、村木(八十歳ぐらい)。三十五歳ぐらいで威張るんじゃねえよ、というツッコミがまず浮かびますが、それはひとまず置いといて。

ネアンデルタールに花束を

それは歴史じゃない、と言いたいがそれも横に置いておきましょう。気になるのは扱っている学説が今となっては古いのかも知れないということです。本書単行本が2017年発行なので最低でもその一年前以内に書かれたと推測できます(初出情報がないので)。この話の中では、ネアンデルタール人とクロマニヨン人との争いやネアンデルタール人の絶滅について議論?が進むのですが、ちょうど同時期に人類のゲノム解析が現実世界で進められ、ネアンデルタール人やクロマニヨン人など新旧人類の間における交雑の可能性が指摘され始めていました。

定説がどうなっているか、完全に把握しているわけではないし(無責任ですみません)、異論も当然あるはずですが、「歴史の常識を覆す傑作謎解き小説」をうたうなら、それを踏まえて一歩踏み込んだ珍説が読みたかったです(時期的に運が悪かったのかもしれないが)。

九町は遠すぎる〜八百屋お七異聞〜

第二話はタイトルにもあるように八百屋お七です。これを読むまで八百屋お七は歌舞伎の創作上の人物だと思ってました。おのれの不明を恥じることといたします。それはさておき。

今回は文献資料が乏しいなか、お七の真の姿を導き出します。その過程で思いもよらない歴史上の人物との共通点が見つかり…という話です。

うん、こういうのが読みたいのよ!と叫びたくなる作品でした。もともと文献が少ないこともあって、議論されていることは状況証拠に基づく推測でしかないのが歯痒いですが、それを気にしてはいけませんね。今回はミサキさん大活躍でした。

マヤ…恐ろしい文明!

第三話はマヤ文明、アマゾネス、卑弥呼が登場します。まるで三題噺のようです。ちょっとこじつけかな?よく、古文書に出て来る地名らしきものと現代の地名の発音が同じ、というだけで「ここが、古文書に記された場所だ!」と言っている番組などを見るけどそれに近い印象。本当だったら面白いけど。

ところでどんどんミサキさんの存在感が増して行きます。基本的な定説を唱える喜多川先生、あらぬ角度からの新説を唱える村木老人、それらをうまくまとめてしまうミサキさん、と役割分担が見えてきました。じゃあ安田くんはというと、たまに口出ししながらもミサキさんの一挙手一投足が気になってしょうがないようです。

誰がために銅鐸は鳴る

「じゃあ、ここで解明してみましょうか」という台詞でハッとしました。今回はあの銅鐸の役割について談議が弾むのですが、歴史の解明は専門家が古文書などの文献を読み込み、整合をはからないと行えないものと決めつけていました。

古文書など当時の資料には当然ながら結果しか書かれていません。当事者が何を考えていたのか、なんてカエサルみたいに自分で書き残してなければわからないんですよね。さらに自分の日記を思い出しても分かる様に、恥ずかしいことは書かないですよね。

昔から学問としての歴史には大きな不満が一つありました。日本史で言えば語られる歴史のほとんどは宮家か将軍のことばかり。全国に暮らしていた他の人々はどんな暮らしをし、何を考え、歴史にどんな影響を与えたのか。

この質問に対する答えは一つ。文献がないからわからない。

それも正しいのでしょうが、社会背景をはじめとする様々な状況証拠から「こうであってもおかしくない」ぐらいの話しをしてもいいと思います。

文中で安田くんが喜多川先生を専門家でありミサキさんをど素人と呼びます。文献に対する知識では差がついても当然ですが、人間が紡いできた歴史を人間が想像し理解する、そこに専門家も素人もないんじゃないかな、と最終話を残して本書の裏テーマのようなものを邪推してしまいました。

第四話は銅鐸の役割、という大きな謎の解明(案)が示されます。ミサキさんが謎解き役にまで昇格してしまいました。意外でありながら無理がない、という難しい課題をクリアした傑作です。

論理の八艘飛び~源義経異譚~

源義経にまつわる談義です。いくら自由に発想してもいいとは言ってもこれはやりすぎだと最初は思いました。何の手がかりもないところからいきなり「義経は・・・」ですから。これでは世間でいうところの陰謀論と同じじゃないか、と思いながら読み進めました。最終話ですしね。

ところが、最後の数ページになって、「義経が・・・」だとすると、史実と言われている部分にも説明がつく箇所がいくつも登場してきます。なるほど、そういう構成なのね、と納得しながら読了です。


結局のところミサキさんと村木老人の関係は?とか、喜多川先生の専門はいったい何?とか、安田くんはものを知らなさすぎなんじゃない?とか残された疑問はたくさんありますので、次回作にも期待しましょう。

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