星空にパレット 安萬純一著 創元推理文庫(2021年1月発行)
裏表紙に書かれたあらすじの末尾に「高純度なミステリ短編集」と書かれ、レーベルが創元推理文庫とあっては読まにゃなりません。というわけでこの作者さんは初見だったのですが購入してみました。
いつもの癖であとがきを先に見てみると、連作ではない完全な短編集とのことです。作者も書いてますがそうなると、誰が犯人でもおかしくないわけで、期待が膨らみます。さあ、読んでみましょう。
黒いアキレス
舞台はとある高校。ある日黒づくめの男に部活の合宿費が奪われる事件が起きます。巧みに逃げおおせる犯人。そして再び事件は起きるのですが、犯人が自ら逃げ込んだ部屋で死体となって発見されます。その場所はほぼ密室状態。これは自殺か事故かそれとも殺人か。
この短編で狂言回しを努めるのは探偵部設立を目指す3人の高校生。作品としても巧みに伏線が貼られていて、一読目では見逃すほどではないもののスルーしてしまいました。
夏の北斗七星
山間のログハウス式のホテルに集まった、どこかしら訳ありな人々。その中で連続殺人が発生します。「嵐の山荘」パターンですが、その意外な結末はノンシリーズ短編ならではです。
基本的な狂言回しは道に迷って車が横転した結果このホテルに偶然くることになった男性二人が努めます。
ラストシーンのどんでん返しは面白いのですが、真相を知ってから読み返すと、二箇所ほど理屈に合わないと感じた部分がありました。それによって真相が崩壊する、というようなものではありませんが、面白かった分、残念に感じました。
谷間のカシオペア
少々バカミス入ってます。タイトルの意味を知った時はコケました。作品は作中作の形式で、知人からある作品を読むように頼まれた推理作家が狂言回しを努めます。とはいえ大半が作中作なのでその推理作家は冒頭とクライマックスの推理披露シーンぐらいしか登場しません。
バカミス入ってる、と言いましたか、あくまでもそれはキャラを含む全体の雰囲気であって、事件の真相を辿るためには、細かく読み取る必要があります。
病院の人魚姫
事件そのものも面白いですが、口腔外科についての記述がとても興味深かったです。それもそのはずで作者は東京歯科大学卒業だそうです。
事件は大学病院研究棟の屋上から、その建物に用事のないはずの看護師が転落して死亡するところから始まります。狂言回しは城戸と近松という二人の刑事。ただ他の作品ほどには視点が固定されておらず、二人の刑事も(読者に)必要な情報を集める担当に徹している感じでした。
使われているトリックが、やや荒唐無稽な感じはしましたが、病院ならではの事情を生かした真相への気づき方は面白かったです。
全体を通してみると、とても良質な推理クイズを読んでいる感じでした。事件関係者をとりまく人間模様や動機、探偵役の苦悩やらが丁寧に書き込まれた長編もいいですがこういう「高純度な推理」ものもいいですよね。
早速なので他の本も読んでみようと表示にある略歴を見てみたのですが、タイトルだけ見たらファンタジーかSF作家のようです。書店で確認しなければ。