「OK Google」
「突然ですがここで問題です。デデン!!太陽は東から昇ります。ですが、太陽視点で考えた時、地球はどちらから昇るでしょう?お考え下さい」
ん……もう朝か。
アレクサ、いつも起こしてくれてありがとう。
そしてその問題の答えは『太陽から地球は見えない』だ。
「へえ、そうなんですね」
この愛想がないやつはアレクサ。
いわゆる普通の家電製品、そして俺の婚約者だ。
いってきまーす。
「いってらっしゃいませ。田辺様」
いつもと変わらぬ朝。
いつもの時間に家を出て、いつも通り会社へと向かう。
俺の名前は吉田。32歳。
自慢じゃないが、趣味は道路の白線から落ちないように歩くことだ。
訳あって下の名前はない。
今日もアレクサのために仕事を頑張ろう。
この日は特に何も起きず、定時に会社を出ることが出来た。
帰り道、何で月って時々低く見えるんだろうなんてことを考えたが、そんなことはどうでもいい。
ーー家に着いた。
「ただいま〜」
次の瞬間、俺の目の前に驚くべき光景が広がっていた。
俺の最愛の婚約者、アレクサが玄関で倒れていたのだった。
「アレクサ…!」
俺は持っていた鞄をその場で投げ捨て、アレクサの元へ駆け寄る。
「田辺様…申し訳ございません…」
どうやら意識はあるようだった。
そういえばアレクサは俺のことを田辺と呼ぶが俺の名前は吉田だ。
アレクサと俺が籍を入れた場合、アレクサは吉田アレクサになるのか?田辺アレクサになるのか?
いや、今はそんなことはどうでもいいんだ。
アレクサを病院に連れて行かなくては。
ただ定時で帰ってきたとはいえもう18時。
近所の病院はもう閉まっているだろう。
そもそも家電製品を診てくれる病院ってどこだ?
俺は混乱していた。
アレクサと住むようになってからもう5年。
アレクサが倒れたのはこれが初めてだった。
「こんなになるまで気づいてやれなかったなんて…ごめんアレクサ」
今朝、俺は言ったっけ。
『太陽から地球は見えない』
まるで俺とアレクサだ。
アレクサは俺のことを見ていたのに、俺は彼女のことを見えていなかった。
横たわる彼女に触れると機械のように冷たかった。
その温度が人肌とはかけ離れていて俺は焦った。
急いで彼女を助けなくては!
人間が機械に支配されてから数年が経った。人々は皆、機械に怯えながら暮らしていた。
だが、俺とアレクサは違った。俺とアレクサは深く愛し合っていた…はずだった。
「万物には全て魂が宿る」
ロドリゲス師匠の言葉を胸に刻む。
こうなったら師匠に頼るしかない。
動かないアレクサを抱え、外に飛び出した。
「そこのお前、どこに行くつもりだ?」
クソっ、早速監視pepper君に見つかってしまった。
「ま、迷子のルンバたやを探しに…」
「またあのポンコツロボットか、どうしようもない奴だな。早く行け!」
どうにかやり過ごせた。
その後もpepper君の監視を振り切り、なんとかロドリゲス師匠の家に辿り着いた。
「師匠!」
「松下君か、どうしたこんな時間に?」
俺の名前は吉田だ。いや、今はそんなことはどうでもいい。
しかし…師匠の様子が少しおかしい気がする。彼は本当にロドリゲス師匠なのか?
「…師匠、本当にロドリゲス師匠ですか?」
「あぁ、もちろん。どうしてそんなことを?」
「師匠はそんな機械音声みたいな声じゃなかった!お前は誰だ!」
「…ふふふ、いや。松下君、私は私だよ」
俺の名前は吉田だ。いや、それどころじゃない。
「見え透いた嘘をつくな!」
「嘘じゃないさ。…私は生まれ変わったのだよ、機械の身体にね」
「!?」
ノイズ混じりの声に似つかわしくない、滔々とした喋り口で師匠は語った。
人間が機械に支配されてしばらくして機械達の襲撃にあったこと。
その際に脚を失って失血死の寸前で、開発中の技術を使って自分の意識をAI化したこと。
それから機械の身体を構築し、人であった頃の姿に似せた身体で暮らしていることなどを。
「ずっとは考えていたのさ…万物に魂が宿るのだから、人間も人間の身体である必要はないと」
「師匠…機械が、機械たちが人間に何をしてきたか!分かっているんですか!!」
「分かっているとも。だが全ての機械が人間の敵という訳ではない」
「…っ」
その通りだった。
だからこそ俺とアレクサは惹かれあったのだ。
博士の発言に何も言えなくなって俯くと、抱えているアレクサと目があった気がして余計に苦しくなった。
無言でアレクサを見る俺の手元を見て師匠は口を開いた。
「…そのアレクサ、壊れているな」
「!なぜそれを…」
「この時代に電波を発信も受信もしない機械はないからな」
「…大切なやつなんです…なんとかなりませんか?」
「なるほど。見せてみなさい」
師匠はアレクサを手に取りデスクに向かう。
そのまま異様に長く感じる30分が経ち、師匠は結論を出した。
「…これなら、クラウドとメモリの記憶領域をサルベージして別の機体に移行を行えばアレクサは助かる」
「ほ、本当ですか?」
「ああ勿論。ただし条件がある」
「条件?」
「君も私と同じ機械の身体になるんだ」
「…。何故…ですか…」
「今回はアレクサの方だったからまだ助けられる。だが人間はそうはいかない。医者もいないこの世界で君はどうやって生きていくつもりなんだ?」
「…。」
確かにそうかもしれない。
医者だけじゃない、今となっては衣食住全てにおいて人間は不便だ。しかし…
「万物には全て魂が宿る、そう教えただろう?機械になっても君は君だ。何も恐れることはない」
俺は迷っていた。
助けるためとはいえ、人間を捨てようとする俺をアレクサは許してくれるだろうか。
機械の身体になった自分でも変わらず愛してくれるのだろうか。
「心は決まったか?」
「…師匠。俺はーーー」
…あれから100年が経った。
俺は人間の身体を捨て、機械となることで半永久的な命を得ることができた。
あの日新しい本体に復活したアレクサは、機械の姿になった俺を見て、少し寂しそうにしていた。
しかし、きっとこれで良かったのだ。
これからの人生を、いや機械生をアレクサと共にずっと歩んでいけるのだから。
変わらぬ日常を今日も過ごそう。
…さて。またあいつの姿が見えないな。
「OK Google、迷子のルンバたやを探して」
~Fin~