【創作】いつもの文化祭
「このあと3時よりー、中庭、特設ステージにてー、吹奏楽部によるコンサートを行いまーす!」
「高3は、これが最後の学内公演でーす! どうぞお見逃しなく!」
「ぜひ、お越しくださーい!」
「お越しくださーい!」
混み合った廊下で、プラカードを掲げた呼びこみコンビとすれ違う。
人の良さそうな黒メガネと、白い歯がキラリと光るタイプのイケメン。
見覚えのある2人組だ。
高3の先輩だろうか。ともに、青い吹奏楽部のTシャツを着ている。
このコンビに遭遇するのは、今日何回目だろうな?
なんだかどの階でも、行く先々で会っていた気がする。
全くご苦労なこった。
Tシャツはすっかり汗にまみれているのに、よく通る声に疲れはみえない。
今年の文化祭は、4年ぶりの通常開催だとかで、準備段階から大いに盛り上がっていた。昨日の入場者は約8000人、今日は1万人以上が訪れる見込みだとか。
は、1万て! マジかよ!
正直、ようやくいつもの文化祭だー! なんて騒がれても、全然ピンとこない。
せっかく合格して入った中高一貫男子校。
それなのに、入学した年がコロナ元年だったもんな。
おれたちはこの学校で、コロナ後の風景しか知らない。
行事は軒並み中止か、縮小があたりまえ。
文化祭だって、今まではささやかなものだったんだ。
それが急に1万人とか言われてもなあ。
吹部とか演劇部とか、舞台系の部活のやつなんかは、そりゃやりがいもあるだろうけどさ。無所属のおれにとっては、お客がわんさか来ようと、別にあんま、変わんないわけよ。
冴えないクラス展示の受付当番を終えたら、特に出番はないわけで。
あとは、知ってるやつのバンドを冷やかしたり、ホットドッグ買うのに並んだり、付き合いでいくつかまわったりするくらい。
とはいえ、おれは文化祭がきらいじゃない。
地味な部類のおれにだって友だちはいるし、鉄研だったりクイ研だったり、やつらの活躍をのぞいてまわるのは案外楽しい。今までのこぢんまりとした内輪だけの文化祭だって、それなりに楽しくてわりと好きだった。
そうだ。ちゃんと楽しかったんだぜ?
それなのに、やっといつもの文化祭に戻っただの、ふつうの文化祭になって良かっただの言われると、首をかしげる気持ちにもなる。
じゃあ、おれたちのあの3年間はなんだったんだよって。
ふつうって、なんだろな。
コロナ前に戻ることの方がそんなにいいもんかね?
やーめた。今日はもう、帰るべ。
控え室に荷物を取りに行くと、黄色いTシャツに着替えていたニシザワに見つかってしまった。
「なに、ヤマダ帰んの? おれの華麗なバチさばきを見ないつもりかよー!」
ニシザワは、高1から吹部に途中入部したチャレンジャーだ。そういやこの文化祭で、打楽器デビューするとか言ってたっけ。
一貫校は、3・4年目の中だるみが、はなはだしい。
大学受験という天井に近づきつつあるのは感じながらも、中途半端な生ぬるさの中で、もう少しあと少しと、ゆるゆる過ごしてしまいがちだ。
おれだって入学当初は、勉強はもちろん、新しいことをなんでもかんでも始めてやろうと希望に燃えていたもんだ。
だがコロナで出鼻をくじかれ、その後は持ち前の「まあ、いっか」精神に飲み込まれ、結局なんの挑戦もしないまま今に至る。
とはいえ、高1になっていまさら新しいことなんて、ねえ?
一貫校でなければフレッシュな新入生ってことで、ワンチャン仕切り直せたかもしれないけど、ここじゃあ出遅れ感が足を引っぱる。
こんな文化祭の日は特に、部活に燃えてるやつらがまぶしく見えるけど、もう技術も人間関係もガッツリ固まってるところに、後輩たちに混じってイチからはじめるとか、かったるくないか?
とりあえずおれは、そんな風に思ってしまいがちだった。
だからニシザワみたいに、あれこれ考えないでポーンとやりたいことに飛び込めるやつを見ると、すっげえなぁ! と、正直ちょっと感動する。
それでつい「しょうがねえな、見てってやるよ」って、ボソッと言ってしまった。
「やった! じゃあ、終わったら後夜祭行こうぜ!」
「バッカお前! 後夜祭っていったらなぁ、陽キャとパリピしか入場できないしくみなんだぞ。おれらみたいなやつらは、つまみ出されるに決まってんだろ」
「なんでそう決めんだよ? おれたち、後夜祭も初めてじゃんか」
そうでした。
「とにかく行ってみようぜ。コンサート終わったら楽器片付けるから待ってろよな」
妙なことになった。
後夜祭なんてキラキラした感じのところには、極力近寄らないように生きてきたのに。
まあ、いい。ニシザワのステージを見たら、こっそり姿を消してやる。
帰り際の客が、ちょうど足を止めやすいというのもあったのだろうが、中庭の特設ステージには、思いのほか人が集まっていた。
芝生のアリーナ席もそのうしろのイス席もすでに満席で、おれはしかたなく右はじの、なるべくニシザワが見えそうな立ち見ゾーンにすべりこむ。
ヒット曲やアニソン、映画音楽など、なじみのあるセットリストが良かったのか、クラシックに疎いおれでも十分楽しむことができた。
そんななか、ひときわ目を引いているのが、意外なことに初心者のはずのニシザワだった。
ニシザワはノリにノって、名前の知らない細長い太鼓群をドヤ顔で打ち鳴らしている。そして手が空くと、頭をふって楽しそうにゆれまくり、拍子をとっては盛り上げるのだった。
ニシザワがうまいかどうかはわからない。
そもそも吹奏楽部として、それが正しい奏法かどうかも謎だった。
なぜなら、そんなことをしているやつは他にいないからだ。
だがともかく、ニシザワは楽しそうだった。
人からどう見られるかとか、うまいかへたかとかそういうのを超越して、ただのびのびと、太鼓的ななにかをたたきまくっていた。
おれの左前にいる5・6人のグループが、そんなニシザワに呼応するかのように、率先して拍手や掛け声など合いの手を入れていた。
みんなおそろいの青いTシャツを着ている。
ん、待てよ。
青Tシャツ、だと?
よく見ると、プラカードを持って回っていた、メガネ先輩とイケメン先輩の姿もみえる。
あれ、あの人たちって、吹奏楽部員じゃなくて学祭スタッフだったんだっけ?
そういえば吹部のTシャツは黄色だもんなぁ。
でもそれにしちゃ、やけに吹部に肩入れして宣伝してたけど?
そのとき、Tシャツの背中の文字に気づき、おれはハッとした。
『Wind Ensemble 2022』。
2022。あれは去年の 吹部Tシャツだ。
ふいに思い出す。
そうだ、たしかあのメガネは去年の部長で、イケメンは副部長じゃないか。あそこにいるのは、吹部OBなんだ。
おれの青Tを見る目が、ぐるんと反転する。
あのプラカードの熱い呼びこみは、自分たちを見に来てもらうためじゃなくて、後輩のためだったっていうのかよ?
汗をかきながらもにこやかに、どこにでも出没していた2人を思い出す。
今年卒業した先輩たちは、おれらとはちょうど逆で、中学の3年間だけこの盛大な文化祭を味わったんだよな。それからコロナに突入したはず。
なあ、先輩たち。
今日の文化祭はその目にどう映ったんだ?
4年ぶりの、いつもの文化祭。
そのいつもの方もいつもじゃない方も、同じ数だけ知っているあなたたちは、今、なにを思ってるんだ?
本当はこの舞台に、立ちたかったよなぁ?
コロナ前と後の落差は、大きかったんじゃないか?
今は大学とか新しい場所に身を置いて楽しくやってるかもしんないけどさ、
ここにはもう、2度と戻れないんだぜ?
それなのに、なんで後輩のためにそんなに汗をかけるんだ?
なんでそんなに真っ赤になるまで、手をたたいてるんだよ!
ちっくしょおおおーっ!!
おれは持っていたバッグを足の間に置くと、いきなり曲に合わせて手をたたき始めた。
コロナへの怒りなんだか、先輩への同情なんだか、自分への叱咤なんだかわからない。わからないけど、たたかずにはいられなかった。
合いの手って、要は音ゲーだろ?
OK 任せろ、心得はある。
知らない曲だって、ニシザワやパイセンたちをガイドにして、ドンピシャでたたいてやるぜ!
狂ったように手をたたくおれの豹変ぶりに周りはドン引いていたが、ふり向いたメガネ先輩は気さくに親指を立て、イケメン先輩はキラリと歯を光らせて、笑ってくれた。
次第に拍手に加わる観客が増えていく。
ニシザワはいよいよノリまくり、よくわからない小型楽器をカンコンカンコン響かせる。
校舎の間を吹き抜ける風に乗って、音が青い空に昇っていく。
指揮者を見つめる、部員たちの真剣なまなざし。
たたき続けるパイセンの赤くなった手。
おれ、この瞬間を忘れないだろうなぁ。
なぜか知らんがそう思う。
たまたま居合わせただけの、部員でもOBでもないおれが言うのもおかしいけど。
でもコロナだからとか、初心者だから部外者だからとか、陰キャ・陽キャだとかさ、そういう話じゃないのかもしんない。
だって今、ニシザワもパイセンもおれも、たしかに文化祭のど真ん中にいるんだから。
いつもの文化祭なんて、きっとどこにもないんだ。
おれたちの数だけ文化祭はあるんだもんな。
アンコールまでたたき切ったおれの手は、そこそこ赤くしびれていた。
帰り際にすれちがうとき、メガネ先輩がぽんと肩をひとつたたく。
これは、ありがとうってことなのか?
それとも、おつかれ? がんばれ?
とにかく、なにかを受け取ってしまった。
門へ向かう人の流れに逆らって、ニシザワの背中に声をかける。
「おいニシ! 後夜祭行くぞ。さっさと準備しろよな」
「マジで? おう、待ってろ!」
倍速で動き始めたニシザワを待つ間、おれは心のなかの錆びついたレバーを久しぶりに起動し、力を込めて陽キャ側に倒す。
いよーし。今日のおれは陽キャだぜ。
らしくないとか、勝手に決めてる場合じゃないよな。
おれの文化祭は、まだ残ってるんだから。
*息子の文化祭レポートを書いていて生まれた、創作です。
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