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短編 ひなたのひとへ


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 何をやっても上手くいかない。菜杜は項垂れてキッチンに座り込んだ。目を覚ましたときからなんとなく嫌な予感はしていたが、まさかここまでとは思っていなかった。朝ご飯に食べようと昨日の夜残しておいた味噌汁は温めすぎて駄目になってしまった。ただでさえこのところ上手くいかないことが多くて気持ちが沈んでいたのに、とうとう私生活にも影響が出るとは。菜杜は大きく息を吐いて立ち上がり、どろどろになった味噌汁をお椀によそい一気に掻き込むと、出かける準備を始めた。熱の塊が喉を滑っていく。
 顔を顰めてクローゼットに向き合う。菜杜は九月の初めという夏でも秋でもない、言うなれば晩夏に近いこの季節が本当に好きだけれど、何を着ればいいか分からないという点においてはどうしたって閉口してしまう。夏服を着るとなんだかはしゃいだ感じになって滑稽だし、けれど秋服を着れるほど涼しくはないのだ。
 たっぷり二十分間悩んで結局、ベージュのシャツワンピースにオフホワイトのカーディガンをひとつ羽織り、薄く化粧をして外に出た。まだ気温は低くなかったが、空気はすこし秋の風格を持ち始めていた。涼やかなそよ風がひやりと頬を撫ぜる。
 幾らか歩いたところに美しい銀杏《いちょう》並木の遊歩道があって、菜杜はその脇のベンチに——陽のあたる場所を選んで——腰を下ろした。日の光にあたるというのはいちばん簡単な健康法だ、というのは菜杜の十年来の親友の持論で、菜杜は彼女に出会って以来素直にそれに従うことにしている。朝の、白に近い淡い光が心地いい。目を閉じると瞼の裏がオレンジ色に染まった。そのまま細く長く息を吐き、このところずっと菜杜のことを悩ませている問題について考える。
 問題といっても具体的な不具合があるわけではなく、だからこそ解決することもできないのだが、ただ不毛な努力ばかりしている気がするのだった。何をしても自分が少しも変化していない気がして、終にはこの数日間何もせず時間ばかりが過ぎていってしまった気さえする。こういう言い知れぬ不安が菜杜はいちばん嫌だった。だって、とてつもない不安と焦りが菜杜を占拠するのに、じっと現実を見ないようにしてやり過ごすしか方法がない。あまりにも苦しい。先が見えなくて、いつまでもこのまま変われない気がする。
 上を向くと、視界の端に銀杏の木が映った。黄みがかった緑色の葉をじっと見る。光に透けて葉脈がはっきりしている。そうして菜杜は、葉脈を伝っているであろう水のことを、悠々閑々と生きている銀杏の木たちのことを考えた。
 そのまましばらくじっとしていると、ふとよく干した布団のようなにおいがして、誰かに、
「なにしてるの」
 と、声をかけられた。大学に程近い場所に住んでいるので、知り合いが通っても不思議ではない。菜杜はしまったな、と思いながらゆっくりと顔を向けた。そこには見たことがあるような無いような、ぼんやりとした顔立ちの男のひとがいた。なんとなく安心できるような、親しみやすいような空気のひとだ。菜杜が黙ったままでいると、
「あのさ、たぶん、いつも国際法の授業にいるよね?」
 と、彼は真面目な顔で言った。菜杜がうん、と答えると、おれ、たぶん何回か近くの席に座ったことあると思うんだよね、と、思案顔で言う。彼の感じがぜんぜん嫌ではなく潔白だったので、菜杜もそういえば私も見たことあるような気がするよ、と言った。
「おれ、創っていうんだ。創るって書いて、そう。名前は?」
「菜杜。菜っ葉の菜に、詩人の杜甫の杜」
「菜杜さん。急に話しかけてごめん。知ったような顔があったからさ」
「ああ、なんか知ってるような知らないような顔って、ほんとの知り合いよりも気になることあるよね」
「そうそう。なんとなくじっと見ちゃったりさ」
 彼は笑った。くしゃ、と目元をほころばせて、並びのいい歯がすこし覗いた。
「それで、なにしてたの?」
「散歩。なんか、色んなことが上手くいかなくて、嫌になっちゃったから、気分転換に。努力が報われないっていうか、前進がないような気がしちゃって」
 努力。菜杜は俯いて、胸の内でその言葉を繰り返した。石でも飲み込んだみたいだ。苦いし、痛いし、重い。身体のどこかがざわざわして、落ち着かない。
「そういうこと、あるよな」
「ごめんね、こんな話して」
「謝ることないでしょう。でも、そういうことなら、歩く?」
「……うん、歩こうかな」
 菜杜は実を言うと何がでも、なのかも、そういうことなら、というのがどういうことならなのかもさっぱり分からなかったのだけれど、まあいいかな、と思って立ち上がった。
「あっちに川があるから、そこまで行こう」
 彼は上機嫌に言って、歩き出しながら羽織っていたカーディガンのポケットに手を突っ込んだ。からし色の、柔らかそうなカーディガンだった。
「そういえば、川のほうには行ったことなかったな。創くん、この近くに住んでるの?」
「うん。川の向こう。大学までは自転車で二十分くらい。ほんとはもっと近くに住みたかったんだけどさ、家賃高くて」
「ああ、じゃあ、私の家と反対方向だ。私、あっち側に住んでる」
 菜杜は振り返ってぴっと指を指した。
「へえ。でも、近いな」
 菜杜は目線を落とすと、ところどころ泥を被ってうす茶色くなった、本来は混じり気のない白色をしているはずのスニーカーが目に入った。足を下ろす度に落ち葉を踏んでかさかさと音を立てる。彼のスニーカーは真っ黒なので汚れが分からず、そして菜杜よりもずっと大きな足をしていた。菜杜は彼に気づかれないように、細く長く息を吐いた。秋の風が髪を揺らす。
 創くんはゆっくりと歩きながら、彼は菜杜と同じ大学の同じ学部の同じ学年なのだけれども一年浪人しているので菜杜よりもひとつ歳上であること、実家は宮城にあること、そして実家には両親と弟と、創くんの弟と同じ年に生まれた老齢のレトリバーがいることを教えてくれた。菜杜はそれに相槌をうちながらときどき自分の話をし、そうしているうちに川が見えてきた。あまり綺麗な川ではない。けれど両岸の土手に植わっている桜の葉は青々として美しかった。
「あの桜見てるとさ、まだ夏が終わってない感じがするよな。風とかはもうだいぶ秋っぽいけど」
 創くんが言った。
「湿気が少ないから秋っぽいんだろうね。でもまだお昼とかは暑いから、晩夏って感じがする。私、この季節が一番好き。夏と秋の良いとこ取りって感じじゃない?」
「良いとこ取りかあ。たしかになあ」
 創くんは大きく口を開けて、心持ち上を向いて笑った。見ると明るい気持ちになる笑い方だ、と思った。
「そうだ、川を渡ったところにさ、商店街みたいなのがあるんだよ。商店街っていうと八百屋とかがいっぱいあるところっぽいんだけど、もうちょっと小洒落た感じのさ。雑貨屋とか、結構ある。興味あったら覗いて行かない?」
「いいねえ。私、ウィンドウショッピングって大好き」
「そりゃよかった」
 創くんはまた、あの明るい気持ちになる笑い方で笑って、今度は菜杜もすこし笑った。ふふ、と声が漏れる。
「あそこに橋があるでしょう。あれを渡って、すこし右に逸れるとお店がたくさんあるんだ」
「創くん、良く行くの?」
「まあまあかな。あそこ、食料品は揃わないからさ。でも家の小物がほしいときとか、友達の誕生日プレゼントとかはだいたいそこ」
 創くんは橋の真ん中まで行くと立ち止まって川を眺めた。菜杜も隣に並んで、創くんはなにを見ているのだろうかと思いながら覗き込んでみる。昼の光が水に反射してきらめいて、眩しいくらいだった。
「ときどき魚が見えることがあるんだけど」
 菜杜は更に身を乗り出して目を細める。創くんは手で庇を作ってうーん、と唸った。
「いないなあ。ごめん、急に止まって」
「お散歩だし、いいよ。こういうのもお散歩の醍醐味でしょう」
 菜杜が笑って言うと、創くんは優しいなあ、と言ってまた歩き出した。菜杜は創くんの言った優しい、という言葉は菜杜に相応しくないと思ったのだけれど、何も言わずに創くんの後を追った。優しい、というのはきっともっとやわらかい、あたたかい、日差しのようなもののことを言うはずだ。あたたかい陽の光に似ているのは創くんのほうではないかと思う。
 商店街は空いていて、ちらほらと人がいるくらいだった。アーケードには天窓がついていて、夏の光によく似た日差しが降り注いでひなたを形作っている。菜杜と創くんはふらふらと歩きながら目に付いた店に片っ端から入った。創くんは店に入る度にうちにはこのマグカップが四つもあるだとか、このブランケットがほしいのだけれど特に差し迫って必要でもないために踏ん切りがつかないだとか、彼の生活にまつわることをたくさん教えてくれた。
「かわいいお店いっぱいあるね。なにか買って帰ろうかな。もうすぐ誕生日だし」
 菜杜が言うと、創くんはびっくりした顔をして勢いよく振り返った。
「誕生日?誰の?」
「私」
「いつなの」
「あした」
 創くんは目を見開いて、それからすこし頬を緩ませ、おめでとうございます、と、律儀に頭を下げながら言った。菜杜はおかしくなってくすくす笑いながら、ありがとうございます、と言って創くんにお辞儀をした。
「あ、ここ」
 創くんが立ち止まった。幾つもの店に入ったが、彼が店自体に反応を示すのはこれが初めてだった。
「ここ、気に入ってるんだ。香水のお店なんだけど」
「香水?」
「そう。香水専門店。既製品を買うこともできるし、調香してもらうこともできる。おれは既製品しか買ったことないんだけどね」
 入口を開けると爽やかな鈴の音が鳴って、えもいわれぬ懐かしい感じの香りに包まれた。おばあちゃんの家みたいだ、と菜杜は思う。古い家のクローゼットを思わせる、重厚な香り。店の奥には初老の女性がひとり座っていたが、彼女は一度だけこちらに視線をよこし、すぐに作業に戻った。店内は明るく、あたたかい照明の光が整然と並べられた香水瓶に当たって、部屋中に光のかけらをばらまいていた。菜杜は珍しげに店内を見回しながら、そういえば創くんはいい香りがしたな、と思った。香水らしい香りではなく、どちらかというと自然な感じの香りだったので香水と思わなかったのだが、もしかするとここで買った香水なのかもしれない。
 目線を落とした先の菜杜の足元にも、光のかけらが落ちていた。菜杜が足を置いているせいで少し歪んでいるピンク色の光源を辿り、菜杜はひき寄せられるように窓際の棚へ近付いた。手書きの商品カードに、白百合、と書いてある。菜杜は朝焼けのような色の香水瓶を手に取ってじっと見た。たっぷりと注がれた無色透明の液体も、やがてこの瓶の色に染まって曙色《あけぼのいろ》になるのだろうかと思いながら。そしてこの香水を使い続けたら、菜杜もこのやわらかな曙色になれるのだろうかと思いながら。
 菜杜は変わりたかった。それは願いよりもっと必然的な、言うなればむしろ脅迫的な色合いを伴って菜杜の内にずっとある観念だった。不変は、停滞は、罪だと思っていた。努力して、常に動き続けなければならないと。それはいつもならもっと明るく積極的な——希望のような?——かたちで菜杜に望みをもたらすのだが、ときどき、こうして牙を剥いて襲いかかる。
「菜杜さん、それ、気に入ったの?」
 創くんが後ろから菜杜の手元を覗き込んで、買うの?と尋ねた。
「……うーん、どうしよう。やめとこうかな」
 私、香水って使ったことないし。それに、香りが合わないかもしれないし。菜杜は苦笑しながら、自分に言い聞かせるように言い訳を並べる。創くんは何も言わずこちらをじっと見つめ、それからなにか、カードのようなものを取ってこちらへやって来た。
「これ、試香紙」
「しこうし?」
「うん。この真ん中らへんに香水を吹きかけて、香りを試すんだ。ほら」
 創くんは菜杜が見ていた白百合の香水をさっと吹きかけて、菜杜の目の前で二、三度扇ぐように動かした。
「あ、いい香り。甘い、のにさらっとしてる」
 瓶の曙色のイメージのまま甘いのに、くどくない。創くんも、お、これ結構好きかも、と言って笑った。
「どうする?」
 創くんが首を傾げて言う。
「……まよう」
「はは。悩め悩め!」
 創くんは何枚か追加の試香紙を持って離れていった。菜杜はもう一度曙色の香水瓶を手に取って、光に翳してみる。きらきらと瓶を通った光が瞬いた。それがとてもきれいで、きれいで。
 菜杜はそっと、香水瓶を元の場所に戻した。
「創くん、もう出る?」
 あれからいくつかの香水を試したらしい創くんの背中に声をかける。創くんの周りは色んな香りが混ざって、なんとも言えない香りになっていた。臭いというわけではないけれど、いい香りというわけでもない。
「うん、いいよ。おれ、色んなの試しすぎて鼻がばかになっちゃった」
 顰め面。それがおかしくて、創くんの周りの匂いすごいことになってるよ、と言って少し笑った。
「すごい匂い?臭いってこと?」
「いや、臭いってわけじゃないけど」
「あ、おれ、これ買うから先出てて」
 彼はそう言って持っていた香水を持ち、店の奥へ向かった。菜杜はもう一度あの棚のほうを見て、けれどすぐに視線を外した。本当は買ってしまいたかった。
 店を出たところはちょうど日が差していて、創くんが外に出ると陽光に彼の髪が照らされてきらきら光った。それがあんまり綺麗だったので、菜杜は数秒、もしかしたら数十秒、身動ぎもせず立ち尽くしてしまった。創くんの黒髪は、日に当たるとつややかなブラウンになった。
「どうしたの」
 創くんが不思議そうな顔で聞く。
「創くん、日なたが似合うね。あんまり似合うから、驚いたの」
 日なたの人だ、と菜杜が言うと、彼は目を丸くしてぽかんと口を開け、
「ひなたのひとって、それを言うなら、菜杜さんでしょう」
「え?」
「おれ、いつも菜杜さんが陽の当たるところに座ってるから覚えてたんだよ。柔らかそうな、あったかそうな雰囲気でさ。あの人はひなたが似合うな、ひなたのひとだなって」
 創くんはしばらくじっと菜杜の顔を見つめ、それから爆発するように声を出して笑った。お腹を抱えて、体を折り曲げて。菜杜はぽかんとしてそれを見ていたけれど、とうとう菜杜の口元も緩んだ。困ったような可笑しいような、変な表情になっていたと思う。自分でも、驚いているのか笑いたいのか分からなかった。笑っている創くんに、なにもう、とか、やめてよ、とか、すこし怒っているような言葉をかけてみる。声が笑っているので怒ってなどいないことは明白だった。それが更におかしくて、菜杜はどんどん情けない表情になる。一度笑いの収まった創くんが今度は菜杜の顔を見て笑い出すので、今度こそ菜杜は怒った声を出した。ちょっと!と言いながら背中をばしんと叩いてやる。
「いや、ごめんごめん。もう笑わないよ」
「ひとの顔見て笑うなんて、ほんと失礼」
「ごめんってば。はは。菜杜さんの顔!」
「ねえってば!」
 もう一度背中を叩く。創くんは今度こそ笑うのをやめて、ごめんごめん、家まで送るよ、と言って歩き出した。
「お腹痛くなっちゃった。腹筋割れるかも」
「創くん、もう少し運動したほうがいいんじゃない」
「や、ほんとに。おれ、全然運動しないからやばいんだよ。いつもやんなきゃな、やんなきゃな、と思うんだけどさ、走ったりするのって疲れるし、めんどくさいし。散歩は好きだからときどきするけどさ、外出たくない日も結構あるわけ。だからたまにこうして歩くのが唯一の運動なんだよな」
 創くんはそう言ってぐっと背中を伸ばし、視線を斜め上のほうにやって、考え込むように黙り込んだ。
「あのさ、さっきの、努力の話だけどさ」
 創くんの声に、菜杜は思わず肩のあたりに力が入った。努力。つま先の汚れたスニーカーが目に入って、いつの間にか俯いていたことに気がついた。
「努力ってさ、しようと思ってするもんじゃないと思うんだよな。や、もちろん、頑張ろうって思うから頑張れるんだろうし、そこは否定しないんだけど、なんていうか」
 創くんは迷うように言葉を切って、俯いた。菜杜は出した足を空中でふらふらさせながら歩く。そうでもしないと気が紛れなかった。
「今のこととか自分のこととかって、意外と分かんないじゃん。いま自分が頑張ってるかどうかって、分かんなくない?自分では頑張れてるつもりなくても、しばらく経って、それこそ全部終わってから思い返してみたらあの頃頑張ってたな、努力してたなって気付くこととか、結構多いし」
 だからおれたち、苦しいんだと思うんだよな。創くんは心持ち上を向いていて、どこを見ているかよく分からない。菜杜は、私はいまちゃんと歩けているのだろうか、と思いながらぐっと唇を噛んだ。なにか熱いものが喉元までせり上がってきていて、からだじゅうに力を入れていないと溢れ出てしまいそうだった。
「だからさあ、うーん、なんて言えばいいのか、わかんないけど」
 創くんは菜杜のほうを振り返って目を細め、歯を見せて笑った。創くんの後ろ側から溢れる光が眩しかった。
「菜杜さんもおれも、たぶんもう頑張ってるんじゃない?ってこと」
 その言葉は、菜杜の胸にとても素直に響いた。菜杜は今も、努力しているのかもしれない。努力できているのかもしれない。近すぎて分からないだけで。自分の努力が分からなかった。認められなかった。でも、もしかしたら、努力に向かおうとすること、その意思こそが、努力なのかもしれない。
「そうだね。……そうかも。創くん、ありがとう」
「偉そうにごめんな」
「ううん。なんか、新しい視点だった。ぱっと目の前が明るくなった感じ」
「それなら、よかった」
 顔を上げる。日はもう傾いて、辺りを曙色に染めていた。木々の隙間から光がこぼれてひなたができる。やっぱり、創くんにはひなたが似合った。けれど創くんが菜杜のことをひなたのひとだと言ってくれるのなら、それもきっと真実なのだろう。それが菜杜はとてもうれしくて、これから先どんなことがあっても、菜杜のことをそんなふうに言ってくれるひとがいるという事実を思うだけで生きていける気がした。噛み締めるたびに涙が出そうになるような、じんわりと胸に染みる嬉しさだった。
 菜杜のマンションの前で、創くんが照れくさそうに言った。
「明日の朝、ポスト開けてみて。誕生日プレゼント入ってるから。余計なお節介だったらごめんな。嫌だったら捨ててくれて構わないから」
 きっと、彼からのプレゼントは菜杜があの香水屋で見ていた白百合の香水に違いないと思った。あのとき菜杜には到底身につけられないと思ったあの香水も、明日からは使えるかもしれない。
 創くんが爽やかに笑って言った。
「報われるといいね」
「うん。ありがとう」
 彼は顔をくしゃくしゃにして笑い、菜杜に向かって大きく手を振りながら去っていった。
「いい誕生日を!」

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