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気になっていたあの寺へ

※写真はメインの目的地に寄る道中に撮影した、村松の鹿ですのであまり気にせず(笑)

はい、どうもです。
今回は、五泉のある寺そして墓を見てきたので、簡単に解説しようと思います。

【目次】

1.「峠」の撮影舞台にもなった滝谷慈光寺

2.黄金の里近くに眠る?武将の墓

1.「峠」の撮影舞台になった滝谷慈光寺

滝谷慈光寺に行く前に何ヶ所か史跡は巡っていたところですが、今回のメインは滝谷エリアにある慈光寺です。

慈光寺の本堂まではこの看板から約500メートルほどあり、10分から15分ほどかけて杉並木を歩いていく形です。蚊に刺されやすい僕にとっては、夏でも長ズボンが必須です(笑)

杉並木の中を歩いていくと、途中看板が目に入り足を止めます。そこには「龍神杉」の文字が…はてさて、どこが龍神なのか?

上を見上げると、そこには確かに龍を模したものが…これが由来になっているそうですね。

あまりにも暑いので、途中涼むために水辺の近くへ行き休憩。
綺麗な水なので、山の方へ向かえば、イワナやヤマメもいるのかもしれません。

途中寄り道もしたので、看板のところから20分ほどでしょうか。漸く目的地である「慈光寺」の本堂へ到着。ここは、南北朝時代の英雄とされる楠木正成の孫、傑堂能勝(けつどうのうしょう)が開祖と言われています。(実は調べている中で腑に落ちない謎が出たのですが、ややこしくなるのでここでは割愛します)

因みに、もう1人の南北朝時代の英雄新田義貞の息子も足利尊氏に親が自害させられたのを機に復讐心を燃え上がらせており、戦の中で一時期新潟に撤退したという話もあります。(本テーマとは何ら関係ないですが、参考までに)

本堂を見学すると、住職の奥様にお会いすることが出来、30分ほど話をしてきました。そこで聞いた話の中で、来年公開に延期となった「峠」の撮影地としてここが使われたということ。入口近くには、峠に出演したキャストの何人かサインが飾られていました。(個人的には、榎木孝明のサインを見れたのが嬉しかったです(笑))

2.黄金の里近くに眠る?武将の墓

慈光寺住職の奥様との話を終え、来た道を戻った際に駐車場近くにある1つの基が目に止まる。

その人物の名前は、神戸太郎最重。この名前を初見で全て読めたら凄いです。因みに僕は、最の部分がどうしても読めませんでした…

この近くにある神戸山に構えていた神戸城の城主を務めた人物です。ある戦に大敗を喫した神戸は、なくなく山を降りて城を手放すことになりました。また、神戸は美男としても有名だったようで、この辺りで美しい意味を表す言葉として「いとしげ」という方言が今にも残っているとか。

因みに、滋賀では可愛そうだという意味で「いとしげない」という方言が使われているそうですね。

※課題は、傑堂能勝の件についてかな。他に優先している人物調査があるのでかなり後回しになるけど、いずれは分かればいいなと思う。

真実の奥の奥に思いを馳せて……

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