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エッセイ 【看護師の娘 父を看取る】

by 沼のカッパ子

みなさんこんにちは
沼のカッパ子です
私の拙いエッセイを読んでくださってスキを下さった方
ありがとうございます。
父のこと思い出しながらまたエッセイを綴りたいと思います。


● そっと毛布をかけてくれた人


「ご家族様はこちらで待機されてください」

医師を見送った後、私と姉、甥っ子、そして母の4人は若い看護師に手術待機室に案内された。
手術が終わるまで家族が待っている待機室は手術室とICUの間にあった。
テレビのある8畳くらいのお座敷だ。
我々家族の他にも数名人がいて、皆おのおの自分の家族の手術の終わるのを待っている。
真夜中なのでテレビをつけるものもない。
座布団が3、4枚あってみんなどーぞどーぞ譲り合って使っている。
横になるものもなくじっと座って待っているしかない。
せいぜい壁に背中をつけて足を伸ばすのが精一杯だ。
6月とはいえ室内はやや冷え込んでいる。
「うちは娘が階段から落ちて頭を打って緊急手術になったんです」
「子供が火傷で・・・」
「ばあちゃんが急に泡を吹いて倒れちゃって」
ボソボソと小声でお互いの状況を話し合っている。
私は姉と目を合わせた。
「ここは私が残るからお母さんと帰った方がいいんじゃないかな」
私は姉に言った。
母は高齢で高血圧の既往がありこの待機室に待たせるのはかわいそうだという判断だ。
「だってお父さんのそばにいてあげないと・・・」
母は渋っていた。
家から病院はタクシーで10分程度。
何かあったらすぐ連絡するからというと
渋々と腰を上げた。
「家で待つのと病院で待つのって疲れ方が違うからね」
私がそういうと、そうだね、とうなづきながら姉と連れ立って待機室を出た。

「手術は何時間くらいかかるの?」

残った甥っ子に尋ねられたが、私は首を横に降った。
「そんなのわかんないよ」
「え? なんで? 看護師でしょ」
甥っ子は笑いながら言う。
「看護師だってわかんないことたくさんあるよ」
私は言った。
そう、病院のことは看護師に聞けばなんでも答えてくれる、と患者や患者家族は思いがちだ。
手術はいつ終わるの?
入院はいつまで?
この検査は受けた方がいいのか?
治療は順調か?
自分はこれからどうなるんだ?
人は入院するとさまざまなことを看護師に尋ねる。
病院のことは、看護師に尋ねれば何でも教えてくれるように思えるのだろう。患者のそばにいるので尋ねやすいのかもしれない。
しかし、実際にはそれは誤解だ。
看護師だってわからないことはたくさんある。
ましてや先のことなどは全くわからない。
治るのか治らないのか。
今の状況はいいのか、悪いのか。
この医者でいいのか、この看護師でいいのか。この病院でいいのか。
予想つかない展開が待っているかもしれないし、このまま順調に進むかもしれない。
それが分かれば苦労はない。
皆不安だから、そばにいる看護師に尋ねる。
尋ねられた看護師は答えに当惑するのが事実だ。
正直、大丈夫、治りますよ、と言って励ましてあげたいが、無責任なことは言えない。
だから「よくなるといいですね」とか「困ったら相談しましょう」と言って明確な答えを避ける。
看護師をしていて不安を取り除く言葉をかけてあげられないことほどもどかしいものはない。

それにしても待機室は寒い。

一緒に残った甥っ子は明日朝から会議だから一旦帰るけどまた来る、と
帰ってしまった。
一人残された私は父の手術が終わるのを待つ。
他に待っている人たちがどんどん手術終了の声がかかり
待機室から消えていく。
実際、父の手術は夜間2時に始まって翌日の午後1時までかかった。
ゆうに11時間。
私はじっと待ち続けた。
朝になるとまた違う家族がやってきた。
そして手術が終わると呼ばれて待機室から出ていく。
そんな入れ替わり立ち替わりを何回か見送った。
ーまだおわんないの?ー
ー智子が福岡から出てくるってー
姉から続々とメールが届く。
福岡に住む妹の智子が飛行機でこっちに向かっているらしい。

私は待ち疲れてとうとう待機室の硬い畳の上で横になってしまった。
夜中の2時からじっと待っているのだ。
疲れが最大マックスを超えていた。
しばらくしてうとうとし始めるとそっと毛布をかけてくれる人がいた。
どうやら手術室の隣に併設しているICUの看護師さんらしい。
白衣の胸ポケットから名札が見えた。
【ICUスタッフ 〇〇〇〇子】 
「長丁場みたいね」
そう言ってポンポンと私の肩を叩いてくれた。
あの、父は・・・父の手術はいつ終わるんでしょうか・・・?
おもわず私はこの看護師に尋ねそうになった。
いや・・・・この看護師さんが知るわけがない。
この人は毛布をかけにきてくれたのだ。
やはり私もまた一人の患者家族としてこの知らない看護師さんに不安を訴えそうになっている。
不思議なものだ。
でもやっぱりそんなものなのかもしれない。
私は心の中で苦笑した。

「毛布ありがとうございます」
私はその看護師さんにお礼を言った。

看護師さんが持ってきてくれた1枚の毛布は暖かく安心感が感じられた。
暖かい温もりの中で私は再び目を閉じた。

(続く・・・)


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