2020.04.26 うみべの女の子を読んで思い出した彼のこと
うみべの女の子を買った。
読んだことがある人がどれくらいいるだろうか。
約5年前、はじめてこの作品を読んだ時の衝撃はいまだ鮮明に覚えている。こみあげてくる感情の正体(今思えばそれは悔しさや嫉妬だったのだが)がなにかわからず、当時は読後、胸くそわるいという印象だけが残った。
それでもそれからずっと、事あるごとに気になり続け、忘れることができなかった。特にラストの、キスしないことを選択した磯辺のことを。だんだん好きになっていく小梅とだんだん思いが薄くなっていく磯辺の感情のコントラストを。
いま読んだらなにを思うだろうと思って読んだけど、出てくる感想は当時と同じようなもので、小梅は恵まれてるなとか、磯辺はなにを守ろうとしてるのかなとか、桂子はいい子だな、鹿島みたいなやつが好きだな、バンプの藤原って出てくる漫画は最高だなとか、そういうガキっぽいことに留まってしまった。
考えることは、いっぱいある漫画だ。うまく言葉にできたらまたその時にあげよう。
今日は、そんなことを言いたくて書き始めたんじゃない。
浅野いにおと聞くと思い出す人のことを記録していきたいと思う。彼は、わたしと2度夜を明かしたことがある。その話を、忘れてしまう前に書き残す。
書き残す、書き残すぞ。
性の悩みを含んでいます。お気をつけて。付き合ってからしかセックスしちゃいけないと思っている人は不快に感じる描写が多いかもしれないので、お引き取りいただいた方がよさそうです。
では。各自のご判断で。
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彼はわたしの文章の唯一の読者だった。
何年も前から、今と同じように、短編を書いては星空文庫にあげてを繰り返してきたのだが、彼はそれを読んでくれていて、おもしろがってくれていた。わたしは、創作物を褒められることにめっぽう弱い。すぐなかよくなった。
コメントでやり取りをした後、Twitterをフォローし合い、普段の生活や考え方を共有した。近しい感覚を持っていることがわかった。
彼は磯辺に顔が似ていた。実際、浅野いにおも好きだった。
大学に進学し、東京に出ると、千葉在住の彼と距離が近くなり、休日遊びに行くようになった。待ち合わせ場所にいくと、いつも黒を基調としたシュッとした服を着ていて、伸びた髪からチラリと見える耳には必ず、サクランボとか、そういうかわいいピアスをしていた。わたしたちは下北沢を手を繋いで歩いた。当時のわたしは、もともと好きだった人の呪いでこの辺の感覚がバグっていた。あの古着屋入ろうよ。ここの店でご飯にしよっか。何を言っても、いいよ、と返ってくる。優しく、それでいて意志の強い人だった。
彼は肉の塊を切り分けながら「夜にただ一緒に居てくれないか」と話を持ち掛けてきた。というのも、仕事が大変な時期で、帰っても誰がいるわけでもなく、心も体も疲れ切っているという話だった。セックスはしない、不快に思うこともしない。求められているのはわたしではなくて、誰か女の子が夜傍にいてくれることなのだとわかった。
その日のうちに了承した。当時朝5時頃眠りにつく生活リズムだったため、どうせ起きている。わたしにとってもありがたい申し出だった。
「ホテルに行ってセックスをしないことがあり得るのか?」
読み手にはそういう考えの人もいるだろうと思う。しかし、それはわたしにとって珍しいことではなかった。
ここからちょっとわたしの話が入ります、予告。
わたしには女でありたい日が月に1度程度の頻度であり(ありたい日、というよりは、女の部分を意識して出してみて、まだ出せるかどうか確認していた感じ)、そういう時はデートなど積極的に行動していたのだが、異性とホテルに行った際、そのほとんどはセックスをせずに帰ってきていた。せずに、よりは、してもらえずに、が正しい書き方かもしれない。こっちは覚悟を持ってついていくのだが、セックスには至らずチェックアウトの時間を迎える。これが、1人だけの話ではなかったため、積み重なるにつれ、かなり混乱していった。あれ?思ってたのと違うな、と。
積極的になっても、受け身に回ってもそうだったので、手は尽くし手を出してもらえないという、うまいのかうまくないのかよくわからない、とにかく手詰まりな状態だった。
わたしは当時、人生に一度は通るであろう、小梅のような状態だったのだ。性に強い興味を持っていたし、何事もないよりもある方が、少ないより多い方がいいというのが持論だった。
しかし、こういったことが重なっていくと、わたしの欲求やら愛やらの認識はねじ曲がっていく。もともと好きだった人に「君も好きで僕も好きだったら肩書なんてどうでもいい」という催眠をかけられていたのだが、それが溶けかけると同時に、今度はだったら男女の関係というのはなにが正解なのだろうと悩んでいった。ちなみにその人とも数えきれないほど一緒に夜を過ごし、セックスをしたと確信持って言える日は1日としてなかった。ホテルに行った回数と生涯のセックスの回数で%を出せば、確実に1桁台なのである(経験人数はもちろん、生涯でしたセックスの回数ですら片手で数えられる)。
間違ってほしくないのだが、これは、男よつべこべ言わず抱けという話ではない。どの夜も話したりないからと朝まで過ごし、楽しかった思い出ではあるのだ。ただ、みんながみんなそうなのと、テレビで芸能人が「ホテルに入ってなにもしてないなんてことはないやろ〜」と不倫を弄るのを見て、自分がどうしてセックスに発展しないのか疑問であったし、気付けば原因をいろいろ考えていた。(わたしをほんとうに大事に思ってくれて、という人のことは、理解できるのでここでは問題にしないことにする。)
1つ考えられる理由として、強要するような人とはそもそもホテルどころか食事にも行きたくないため、潜在的に優しくて穏やかな人を選んでいたところがあるというのはあっただろう。でも、それにしてもだ。わたしに魅力が足りないのか?だとしたらなんでそもそもホテルに誘うのか?どういう気持ちで誘うのか?もしかしたらこういう経験をしているのはわたしだけじゃないんじゃないか?男というものはホテルに行ければそれだけで満足する生き物なのではないか?でもそんな記事一回も読んだことないぞ?だったらホテルである意味はあるのか?話し足りないだけならカラオケでもいいんじゃないか?
今になれば、重要なのはそこではないということはわかる。でも、当時のわたしにとっては重要なことだったのだ。魅力的に写るようにより一層努力した。それでも、たまにある楽しい夜はそんな感じだった。
なにがあってもいいようにとかわいい下着をつけて、ホテル代を半分はらい、抱いてもらえない。正直、メンタル的には結構きていた。セックスの有無なんてどうでもいいと思ってはいるものの、からだの中の女の部分が泣いているのがわかった。家に帰って下着を干す時に涙が出たりした。これがどういうことを指すのか、わたしにはわからなかったし、相談できる相手もいなかった。だんだん、それまで定期的に出して忘れないようにしていた自分の女の部分を、もう意識しないことにしてしまった。消滅してしまうなら、それはそれで構わないと思った。そうすることで、自分を守ることにした。
話が逸れてしまったが、そういったメンタル状態でのお誘いだったので、先に何もないと宣言してもらえるのは非常にありがたかった。
陽が落ちた頃に待ち合わせて、コンビニで必要なものを買い揃え、空いているホテルを適当に見繕って入った。彼は仕事のものを並べて置いて、上着をハンガーにかけて、わたしに今日の礼を言った。
思っていたより、ずっと楽しかった。入っているアダルトチャンネルを見ながら、ふたりしてかわいいと褒めたり、演出に文句を言ったりした。Youtubeが流れることを知り、天体観測を流して歌った。その間も意識して一定の距離が保たれていた。
ちょうど戸田恵梨香とムロツヨシのドラマがやっていて、戸田はいつまでもかわいいとか、野ブタは世代じゃないとか、ムロツヨシは勇者ヨシヒコがいいとか、そんなことをソファーに座りながら話した。彼は煙草を吸った。わたしも、彼の続きを貰った。そのやりとりがわたしたちにとってのキスみたいなもので、わたしは翌日のニキビのことなど忘れて、慣れない煙草を吸い込み、肺を満たした。順番で体を洗い、その間覗く覗かれるということもなかった。カラーコンタクトをとりすっぴんになったわたしの顔を、彼はかわいいと褒めてくれた。
ふたりで一緒の布団に入り、手を繋いだり、抱き合ったり(ハグ)して眠るまでの時間を過ごした。彼は頭を撫でられるのを望み、わたしは赤子を寝かしつけるように優しいリズムで手を動かした。何もなかったと書くと綺麗ごとになってしまいそうな気がするので真実を書くと、途中彼はわたしの首元を噛み、耳を舐めた。でも、それだけだった。しばらくすると満足したのか、ありがとう、と言って所定の位置に戻った。暗くて顔は見えなかったけど、口角があがっている時の声だったと思う。
「夜ボーっと天井見上げてるとさ、赤色が浮かび上がって見えることがあるんだよね」
「今の仕事辞めたら、車の免許取ろうかな」
「夜の海を見てみたい、行ったことがないから」
たしか、彼は、そんなことを言っていた。
そんな夜が、もう一夜あり、仕事が落ち着いたのか、しばらく連絡は来なくなった。わたしの方も忙しく、彼のことを忘れて生活していた。
その後、半年ぶりに連絡がきた。一緒にMy Hair is Badのライブを見に行った。久しぶりに会った彼は少し痩せていた。開演前、年上の女性といい感じなんだと話していた。帰り、ご飯でも行くかと思ったがそのまま解散になり、振り返りもせずに別れた。帰り際お礼を言って「じゃあ、また」と返した。しばらくして、彼のSNSが消えた。彼とはそれっきりだ。
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書いたのだから、読んでもらって、知ってもらいたいという気持ちはわたしにあるのだろう。こんな話を、今更、と自分でも思う。でも、うみべの女の子読んでいて、彼のことを思い出して、誰かに聞いてほしいと思ったのだ。この他にも「どうでもいいだろうけど誰かに聞いてもらって成仏させたい話」をいくつか並列して書いていってるので、またボチボチ載っていくと思う。悪しからず。
こんな思い出話を、最後まで読んでくれてありがとう。
今のわたしは小梅期を終え、おかげさまでまともな恋愛観にも戻れて、最終就職先を探している状態なので安心してもらえたら。
ほんとに存在したよ、のやつ。
おわり!