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自宅療養記

1/21(火)

このnoteを更新してから、友人の双葉ちゃんに会いたくなって連絡をした。ひとりでいると気が滅入ってしまった。

待ち合わせ場所に向かっている途中で乗り換え駅の構内で知らない男性にぶつかられた。ぶつかったのではなく、ぶつかられた。わたしは前を向いて歩いていたし普通に歩いていたら出せない衝撃だった、あれは。
転んでしまって左手と膝を床に打ちつけた。そこまで強く打ったわけじゃないから痛みもさほどなかったんだけど、その一撃でぴんと張っていた糸が切れた。立ち上がり通路の端に寄ると、駅なのに涙が止まらなくなってしまった。
5分くらいは泣いていた。双葉ちゃんにLINEで現状を報告すると少し落ち着いた。近くにあった自販機で甘いレモンティーを買って一気に飲んだ。双葉ちゃんが待つ駅へ向かった。

ガストで一緒にご飯を食べてもらった。ぶつかられた時の涙の余韻が続いていたせいでわたしがご飯を食べながら泣いてしまうこともあったけど、気にせず一緒にいてくれた。ただ泣くという行為を受け入れてもらった。本当に感謝している。

双葉ちゃんは、たくさん寝たほうがいいよ、とだけ言ってくれた。わたしもその方がいいだろうなと思った。
ガストを出た後はスタバで甘い飲み物を飲んで、スーパーに行って、次の日にわたしがたくさん寝て過ごすための簡単に食べられるご飯を一緒に選んでもらった。
家に帰った。顔を洗って着替えてお風呂に入らず寝た。


1/22

目が覚めた。前日ここ3年分くらいの涙を一気に流したせいで目はパンパンだった。昨日は1人ではいられなかったけど、今日は誰とも話さずに過ごしたいと思った。
三連休の最終日。もう今日は風邪を引いたことにしよう、と思った。以前Twitterで「おうち入院のすすめ」とあうのを見たことがあった。入院しているつもりの安静度で1日過ごしてみるというもの。

ひとまず風邪にはお粥だろうと思い、ストックしていたフリーズドライの梅粥を食べた。当然ながらわたしは風邪を引いておらず消化器はとっても元気なので、普通に足りなかった。とりあえず麦茶をたくさん飲んでおしまいにした。

頭も少し休めた方がいいなと思って、今日は本ではなく漫画を読むことにした。家にある漫画を全部引っ張り出した。(わたしはシリーズものの漫画を家に置かないことにしているのでさほど数はない)益田ミリさん、つづ井さん、池辺葵さん、入江喜和さんの漫画をベッドの近くに置いた。

益田ミリさんの「わたしを支えるもの すーちゃんの人生」を読んだ。主人公すーちゃんの父親が亡くなることを電話で聞くシーンで、すーちゃんの気持ちを思って涙が出た。
その涙が呼び水になって、なんだかまた涙が止まらなくなってしまった。

なぜかわたしは、膝が痛い、と言っていた。昨日ぶつかられて打ちつけた場所。膝が痛い、膝が痛いよ、と声に出してみたら涙が止まらない。
正直言うと膝はもう全然痛くない。大して強くぶつけてはいなかったから。スクワットした次の日の筋肉痛とかの方がよっぽど痛い。あと今日は普通に偏頭痛があって実際はそっちの方が辛い。
でも、痛くないけど、本当に痛いんだと思う。誰かからの悪意を持った加害はこんなにも痛い。

あと、他にも多分痛いところがある。昨日だけじゃなくて毎日の中で傷ついている場所がある。
ただ、どこが傷ついているのか紐解いていくのはしんどい作業だ。それが傷なのか泣いていい事象なのかもよくわからない。わたしが泣きたかったらもちろん泣いても良いんだけど、これくらいで泣くなんてと思ってしまう自分もいるから、やっぱり日々の中ではうまく泣けない。
だから、今わかっている膝をとりあえず引き合いに出してみた。おじさんにぶつかられて辛いというはっきりとした理由。それを利用してここ最近の辛いことも涙と一緒に流した。

わたしはこうでもしないと自分のしんどさに気づいて正当化することができないのかよ。それも悲しくて、泣けた。

こどもが泣き続ける時ってこんな感じなんだろうなと冷静な頭で考えた。はじめは痛くて泣き始めたけど、段々何が悲しいかわからなくなりながらも涙が止まらないあの感じ。

ここ最近のわたしは圧倒的に泣く作業が足りていなかった。
それは別に涙を流すことが必要なのではなく、自分の痛いところを痛いと認識する時間が足りていなかったんだ。


しばらく泣いたらお腹が空いた。昨日双葉ちゃんと一緒にスーパーで買ったカレーを食べた。風邪だけど、食欲がある風邪ということにした。入院食でもカレー出るし。
お腹が満たされたら眠くなったから、寝た。外が暗くなるまでひたすら眠った。


起きたら漫画が散らばったままになっていたので適当に選んで読んだ。読みながら久しぶりにポテトチップスを食べた。(もう入院もクソもない)ダイエットのために禁止していた、脂質30g近くのやつを思いっきり食べた。漫画ではちょっと悲しいシーンもあったけどもう泣かなかった。

寝たら気持ちがかなりスッキリしていた。たくさん寝るといい、という双葉ちゃんのアドバイスはかなり当たっていた。寝て起きて漫画を読んで食べるという動作しかしていなかったけど、全部をわたしの気持ちのままに行なった。

わたしは、あれもこれもやらなければいけない、社会人はこうあらなければならない、と思いすぎていた。
泣きたい時に泣いて、寝たいときに寝る、ということをしなければいけない。
たまにそういうことをしないと、わたしは自分がどういう人間なのかを見失ってしまう。


1月前半の夜勤の回数はわたしの「寝たいときに寝る」という欲求を脅かしていたんだと思う。マズローの欲求階級の一番下のやつ、わたしがわたしであることよりずっと手前のやつを脅かされていた。

もっと自然に生きたい。こんなわたしになりたい、と思うのは大事だと思うけど、それよりもっともっと手前のこと。
海がある、風が吹く、米がうまい、わたしがいる、くらいの感じで。ただ存在していることを否定も肯定もなく受け入れたい。それがこんなにも難しいことなのだと、今痛感している。
わたしはわたしに求めるものが多すぎた。ちょっと頑張らせすぎた。


そんなことを考えていたら、お風呂に入りたくなったので、入った。

お風呂を出て髪の毛を乾かしてまた本を読んでいた。すると、ごく自然に、自分が作ったご飯を食べたくなった。まだ買い置きはたくさん残っていたけれど、ご飯をつくることにした。
今日はレトルトをたくさん食べたとか、ポテトチップスを食べてしまったからとか、そういう気持ちからではなくただ自分が作ったご飯が食べたいなと思った。

酒を少し入れた水を沸かした。そこに砂糖と塩で下味をつけた豚こまを一枚ずつ丁寧に入れて、色が変わったところでさっと上げた。

ピーマンとしいたけが残っていたので、ごま油少しでじっくり焼いたのち水で割っためんつゆを注いだ。くったりするまで煮たら鰯の削節をかけた。

粗熱が取れた豚しゃぶとゆでおきのもやしとカット野菜で豚しゃぶサラダにした。ネギとレモン醤油でタレも作った。味噌汁が残っていたのでそれもあたためて並べた。

写っていないけれど、双葉ちゃんが昨日くれた箸置きも並べた。

おいしい、と声に出してみた。本当においしかった。なんでもないご飯なんだけど、丁寧に作った味がした。豚しゃぶはしっとりとやわらかいしピーマンとしいたけの焼き目が香ばしい。わたしがわたしのことをしっかりと想って作った味がした。

これでもう大丈夫、と思った。自分でご飯を作れて、おいしかった。もうわたしは大丈夫だ、元気になった、と思った。
しかし夜にまた感情の波が押し寄せてきた。ぐわんときた。眠れない。
でも、大丈夫にならなくてもいいんだと思う。今はこういうときだから。昼間たくさん寝たし、多少寝れなくてもいいだろう。

しっかりと感情の波に飲み込まれたけど、まあ飲み込まれる時もあるよな、と思いながら浮かぶ言葉をひたすらスマホのメモ帳に綴った。知らないうちに眠っていた。


いまわたしは大丈夫なのか大丈夫じゃないのかはわからないけど、こういうときもある。ただ、ある。当たり前にある。
いつもより心が揺れ動いてどうしようもなかったこの2日間をこう過ごしたというただの記録。

とにかく、寝ることはかなり大事みたいだ。それはよくわかった。


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