他者の思考回路・自我の思考回路
よく周りの人とかに「ここの場面は悲しいでなくて哀しいだよ」や「ここは優しいでなく易しいだよ」と指摘してくる人が居ると思うのですが、本当に指摘する必要があるのか?と常に疑問に思います。
「優しい人」とだけの温い解釈をされている人は本当に優しいのか?易しいではないのだろうか?
「悲しい人」とだけの印象を無理矢理体に押し付けられている人は本当に悲しいのか?哀しいでは無いのだろうか?
このような世界一無駄な口論を頭の中で常に暴走させているのです。もっと「釣り」「ゴルフ」等の趣味を持ったらどう?と自分に言いつけているのですが、「やっぱり口論でしょ。」と淡白な口調だが目玉がほんの2cmだけ瞼を貫いている位の眼力から感じとられる「抱擁力」は中々倒す事は出来ないので、毎日ただひたすらに脳内で「口論」を続けているのです。 この様な意味の分からない文を最後までお読み頂き、時間を割いて下さり、眼球を疲労させて下さり、尿意を我慢して下さったり等の行動をして下さりありがとうございます。
「温かい人」とだけの扱いを受けている人は本当に温かいのか?暖かいでは無いのだろうか?
まとまりの無い文でごめんなさい。ついつい脳底にあるムカムカする物をより多くの放出量が予想とされる文字として表したかったのです。
お読み頂きありがとうございました。ではでは。
追記 東久保友見さんコメントありがとうございます。是非楽しめる様な文をお届けできる様に、時間の都合ギリギリセーフの所まで文字に記したいなと思っております。