NBA最強のスコアラーを抑え切ったドラフト外の伏兵
NBAにジェームズ・ハーデンという選手がいる。
ヒューストン・ロケッツのエースにして3年連続で得点王、そして8年連続でオールスターに選ばれた、現役選手の中でもトップクラスのスター選手だ。
愛称は”The Beard”、日本語に訳すと”ヒゲ”。
由来はもちろん彼がアゴに蓄えた豊かなヒゲ。嘘のようだがホント。
日本でもNBAファンには「ヒゲ」と言えば話が通じる。
そんな彼の武器は、多彩なオフェンススキル。
ハーデンを守るディフェンダーが少しでも彼を離してしまうと、即座に3ポイントシュートを打ってくる。逆に3を打たせないように距離を詰めたらドライブに切り替え、あっという間にディフェンダーを抜き去ってしまう。
ファウルをわざともらうプレー(聞こえは悪いがこれも立派な技術である)も得意としていて、彼の得点の3分の1はファウルを受けた選手に与えられるボーナスフリースローによるものだ。
ロケッツは”スクリーン”というオフェンスの基本戦術をうまく使う。
そして1対1の突破力に優れた選手と高確率の3ポイントを武器とする選手でハーデンの脇を固めることで、センター(スラダンの赤木や魚住)というポジションのゴール周りの得点とリバウンドを取ることに特化した選手を必要としない、”マイクロボール”とまで形容される戦術を展開する。
ハーデンの多彩なオフェンススキルが生きるこの戦術により、ロケッツはここ数年のNBAで上位常連。押しも押されぬ名チームである。
スコアリングに関しては手が付けられないハーデンだが、他のチームだってタダで彼にやられているわけではない。
一勝の重みが増すプレイオフトーナメントになれば、どのチームもハーデンに好きに得点されぬよう徹底した”ハーデンシフト”を取る。
上の動画は去年のプレイオフでユタ・ジャズというチームが敷いたハーデンシフトなのだが、コンセプトはいたってシンプル。”外から3点取られるくらいなら、2点覚悟で中に入れる”というものである。
ルディ・ゴベールというNBA屈指のディフェンダーがゴールを守るチームだからこそできるハーデンシフトだ。
しかし、これほど思い切った作戦でもハーデンを止め切るには至らず、ジャズは1勝4敗でロケッツに敗れた。
そんなハーデン擁するロケッツと今シーズンのプレイオフトーナメント第1ラウンドで対戦したオクラホマシティ・サンダーは、特別なハーデンシフトを敷くことなくロケッツをラウンド最終戦まで追い詰めることとなる。
サンダーの作戦はいたってシンプルであった。
ハーデンに”ハーデンを1人で守りきれる選手”をぶつけたのである。
一見簡単そうに見える作戦だが、これはとんでもないことだ。
ハーデンを1人で守れる選手など今まで存在しなかったからこそ、どのチームもハーデンには特別な対策をして臨んだのだから。
そんなハーデンを1人で守りきれる選手の名は、ルージェンツ・ドート。
ハイチ出身のカナダ人、ハーデンと同じくアリゾナ州立大出身にして八村塁が1巡目9位で指名を受けた昨年のドラフトでどこからも指名を受けず、ドラフト外の選抜によってサンダーに入団した21歳である。
ロケッツはスクリーンでハーデンからドートを引き剥がそうとする。
が、ドートの猟犬のように食らいつく鬼気迫るディフェンスは、ハーデンに気持ち良くオフェンスさせる隙を与えなかった。
そして余計なファウルを与えることなくシュートを打ち切る瞬間までハーデンの邪魔をして、最終戦となった試合ではシーズン平均で34点取っていたハーデンを半分の17得点、3ポイントは9本打たせて成功させたのは僅か1本に抑える大活躍を見せた。
ラウンドを通してドートに徹底的にマークされたハーデンは、普段だったら勝負を仕掛ける場面でも躊躇し、仲間にボールを回すシーンがよく見られた。
私は2011年からNBAを観るようになったが、こんなにオフェンスに消極的なハーデンを見るのは初めてのこと。
それだけドートによるハーデンへのディフェンスは驚異的で、21歳という若さもあり最早末恐ろしささえ感じた。
しかし、このラウンドを制したのはヒューストン・ロケッツ。試合を決定づけたのは、奇しくもドートに辛酸を舐めさせられ続けていたハーデンによる、ドートが放ったショットへのブロックであった。
ブロック直後の写真。奥がドート、手前がハーデン。
試合後のインタビューで、ドートは繰り返しコーチやチームメイトへの感謝を述べる。
「ドラフトされなかった俺が今ここにいるのは、俺を信じてくれたみんなのおかげだ」と。
世界で競技人口が億を超えるバスケットボール、その中でも僅か450人しか立つことができないNBAという舞台。
稀代のスコアラーとして数億の頂点に君臨し続けるハーデンと、そんな稀代のスコアラーを最後の最後まで苦しめた、450にギリギリで滑り込んだルージェンツ・ドート。
彼らが現役でプレーし続ける限りは私もNBAから目を離せないな、と強く思った。
ちょっと感情の昂りが抑えられないので明日もドートについての投稿。