「聴くデザイン」という選択肢 |「デザイナーは今後何をデザインするのか?」を考える一つの材料として
毎週1.5時間のセッション(対話)を約5ヶ月間行い続けた「個人的に依頼されたあるプロジェクト」のデザインプロセスを通じた、学びとヒントの共有
ここでは、2024年3月15日〜7月24日の約5ヶ月間にかけて行った「個人的に依頼されたあるプロジェクト」について、そこでのプロセスと得られた新たな気づきと学びについてまとめています。
はじめにお伝えすると、自分は普段は『Shhh Inc.』というデザイン会社を共同経営しているデザイナーです。
が、本プロジェクトではロゴやキービジュアル、映像をはじめ、Webサイトのような「いわゆるデザイン」にあたるものは制作していません。またMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)やキャッチコピーのような結晶化された言葉類も定めていません。つまり目に見えるアウトプットは一つも制作をしていません。
では、本プロジェクトで自分はデザイナーとして何をデザインしたのか。前述のようなアウトプットを前提としないデザインなどありうるのか?そのような関わり方がいちデザイナーとして可能なのか?といった意味なども含め、一つの思考実験のようなものになるのではないかと思われた為、ここでプロセスを公開してみようと思ったというのがその理由です。
「デザイナーはこれから、何をデザインするのか?」へのヒントと、このプロセス自体に眠っている価値の萌芽をみつけたい
例えばの話として。対話型生成AIの進化とその浸透によって、誰でも「つくること」自体の実現は容易となる今後。そこに向け「ではデザイナーは何をデザインするのか?」といった問いが今、あるかと思います。
この問いに対し、本プロジェクトのプロセスを共有することは、考えるうえでの一つの材料を提起できるのでは?と思われたのと、少なくとも自分なりの漠然としたヒントをいくつか手にできた実感があったことから、このテーマについてより思考や議論を深めていきたいという思いがあります。
また、もう一つの例として。本プロジェクトをご一緒した方より「このようなプロジェクトを求めている方や経営者は、きっと多くいるはず」という話を何度か頂く機会がありました。このプロジェクトのプロセスの中に眠っている潜在価値や機会の萌芽のようなもの、についてです。
こちらについては、あまり自分から明確な方向づけや特定化はしすぎないレベルに留める事で、読んでいただき、何かを感じ取ってもらえた方から、今後具体的に話を聞いてみたいという、自身の好奇心も含めた思いがあります。
2段階のプロセスの共有と、それを経た気づきへのまとめ。3つのパートで構成
本記事は1万5千字近い長文な為、先におおまかな概要を説明します。本記事は以下のような3つのパートで構成されています。
1)プロセスの共有1:セッションの積み重ね
本プロジェクトでは、1.5時間のセッション(対話)を、毎週1回、合計14回に渡り実施しました。1)では、このセッションは、どのような背景によって生まれ、どのようにセッション自体を設計し、実施されたか?のプロセスを共有していきます。ちなみにここでのキーワードは「予定不調和」です。
2)プロセスの共有2:統合とブリコラージュ
1)で行われたセッションを、その後どのように整理し、気づきと発見が促されるよう取りまとめて共有し、今後の活用資産となるようデザインしたか?を共有するパートです。ここでの主なキーワードは「ブリコラージュ」です。
3)プロジェクト後の気づきとヒントの萌芽
前述した例えばの問い。それに対し本プロジェクトによって、どのような気づきがあり機会の萌芽が見つけられたか?を整理します。また合わせて、本プロジェクトを依頼されたご自身からも、振り返りとして語っていただきました。デザイナー/依頼側、両者の視点によってそれぞれの立場ごとで何かのヒントにつながればという期待も込めています。
それではそれぞれ具体的に共有していければと思います。まずは「1.プロセスの共有1:セッションの積み重ね」から。
1.プロセスの共有1:セッションの積み重ね
「変な依頼」が記された、お手紙のようなメールがはじまり
あるとき一通の「お手紙のようなメール」を頂きました。
そこには『&2』という企業をお一人で経営されている鎌田さんという方より、多岐に渡る自身の業務領域によって「どう自己紹介していけばよいのか?」への問題で苦心しており、特にバックグラウンドが異なる方へ短時間で説明する際にそれを実感している、との困り事が綴られておりました。
確かに参考として添付頂いたポートフォリオやWebサイトを拝見すると、
と多岐に渡っており、その悩みについても想像することができました。
合わせて、名を出せば誰もが知るブランドや商材の宣伝・PRを過去手掛けられていたご実績も記載されておりましたが、こちらも受け手によってはむしろ不明瞭さが増す可能性についても想像されました。あまりに大きなプロジェクトの場合、関わる人と役割の多さから、「その方がどんな役割でどこまでの責任を持ちコミットしたのか?」は、短時間の説明では外部からは判断しにくい点があるとも思われた為です。
その上でここからが自分が面白さを感じた点なのですが、前述の課題に対し、それを明瞭化する為に例えば自社のMVVを明確化する、タグラインをつくる、ロゴをリニューアルする、Webサイトをつくる、といった類の依頼ではなく、過去の自分の実績やインタビュー、「耳を澄ますこと」に始まる自社サイト内の言葉や、過去出演したポッドキャストなどを通じ「宇都宮と話すことで何かが見つかるかもしれない」という直感のもと、「宇都宮と対話をするプロジェクトがしたい」という名目でご相談をいただいたのです。
自分がデザイナーである事や、実績を知ったうえで、それでも「話をするだけのプロジェクト」として依頼をする。「依頼のセンスに優れた方」のようにその時感じました。
多くの場合、依頼とは「その人は何ができるか?」を示す肩書や実績の同一線上にあります。そうでなければ相手へ失礼にあたるのでないか?とすら思い躊躇する方も多いのでは、とも思います。これは自分も同じくあります。
その常識的な思考から離れている依頼の仕方におもしろさを感じ、まずはどんな方なのか、お話を伺うことからはじめてみる事にしました。
コーチングではなく、内側を探索し掘り起こす遠回りのセッションに、方法としてのおもしろさを見出す
ご挨拶ののち、まずははじめにいつも皆さんへ行なう自己紹介のプレゼンテーションをあえて行って頂きました。その後、自分から「今、悩まれている事項へもし明確な「結果」を求めるなら、恐らくコーチングに類するものとなりそうだが、それであれば自分である必要はないのではないか?」という話を率直にしました。
それを受け、鎌田さんより、特に過去インタビューやポッドキャストなどで語られていた、自分のキャリアの積み重ね方のユニークさや、話す口調、それらから受けた印象などから、直感的に「この人」と思ったという経緯を改めてお話しをお聞きしました。
またShhhを設立した当時のnoteを読み、「遠い参照」のような遠回りな対話を自分もしてみたいと思った、という事も同時にお聞かせいただきました。
この「遠い参照」の件を聞きながら、「自身の目標達成や自己実現の達成支援=コーチング」は自分にはできないが、「自身の内側を探索し、掘り起こすプロセスの支援=セッション」なら自分には出来るのでは、と思うようになります。
同時に「アウトプットが前提にないセッションの姿とは?」と想像したとき、その前例のなさにおもしろさを感じていきました。
その感じた好奇心をそのまま正直にお伝えしたところ、同じくおもしろがっていただいているご様子から相性を直感。その場でプロジェクトとしてスタートする事が決まります。
ちなみに、このMTG前と後とで予想しなかった展開に行き着く「予定不調和さ」と「おもしろがり」は、本プロジェクトに共通する性質ともなっていきます。
インタビュー設計の内容と、セッションが持つ思想の違い
コーチングのセッションとは、目的達成の為にクライアントが話したいことすべてが対象となるものですが、本プロジェクトでのセッションとは「自身の内側を探索し、掘り起こすプロセスそのもの」と捉えていました。
その為まずはインタビューを設計し、それを起点に実際のインタビューでは一つの質問に対して焦点を当て、深掘りながら、質問を繰り返していくようなプロセスを想定しました。
具体的には、主に以下3つの構成でインタビューを設計しています。
過去から現在までの仕事内容と経験について
ご自身について
これからについて
詳細のインタビュー項目は割愛しますが、大まかには以下のようなことを下敷きにしています。
1)過去から現在までの仕事内容と経験について
これまでのキャリアの変遷や、その時の行動動機、また考え方や価値観の変化、ターニングポイントとなったお仕事などを、順を追って語っていただく質問群です。
合わせて、他者評価の内容や、自身が心がけていること、また自分自身が心から満足を感じられる仕事における瞬間、など外部・内部それぞれの視点からも質問を用意し、話を伺います。
もちろんその中には社名『&2』の由来や込めた想いについて語っていただく、など基本的な質問も含んでいます。
2)ご自身について
今のご自身をつくることになった原体験や、外せない印象的な出来事などを語っていただく質問群です。
またライフテーマに通じる自主プロジェクトである『Virge』創刊の経緯や、編集・制作にあたって大切にした事、込めたこだわりなどについても、ここでお聞きします。
一方で、ご自身が価値観や美意識に対して共感し、リスペクトをしている人物やブランド、体験、作品などを挙げていただき、その理由と共に語っていただく、という質問もここでは合わせて行っています。
3)これからについて
ご自身が「本当はこうありたい」と願う価値観や、未来の自分に向けた期待などについて語っていただく質問群です。ご自身のこれからのキャリアや生き方について、目標や計画といった視点でなく、今考えていること自体を自由にお話いただく、といったインタビューもここで行っています。
このインタビュー設計の背景にあるのは、Shhhにおけるデザインプロセスのうち「ディスカバリーフェーズ」で行われるインタビュー設計が一つのベースとしてありますが、今回は特にインタビューで「何が語られるか?」以上に「自身の内側をどれだけ深く探索し、掘り起こす体験ができるか?」に重きを置いていました。
従って、入口となる上記質問項目以上に、その質問から頂いた回答を受けて、よりその回答に至る背景を知っていく為のその場の聴き方や質問(=より内側へ入っていける為のその場のふるまい)こそ最も重要となると考えていました。
そこが、これまで行ってきた「インタビュー」と、今回の「セッション」との一見同じに見えて、全く異なるものとなっている背景です。
またセッションのイメージとしては、自分自身の価値観を決定づけ、指針となり、ときおり引用する、リルケ『若き詩人への手紙』の一節がありました。これも過去行われたインタビュー内容と大きな異なりを生んでいる背景の一つです。
「自分にとって本当に大事なもの」は、外の世界にはなく、内なる自分自身の中にしかない。だからこそ自身を見つめ直し、深掘りするプロセスが必要となる。そしてそれはインタビューシートにはない質問の場そのものの中にある、と考えていました。
このリルケの助言を、一つの方法論として自覚的に行ってみたのが、今回の「セッション」でした。
セッション一回目で分かった、これまでのインタビューとのちがいと深み
インタビュー開始となる1週間前に、前述の通りに設計した計17項目のインタビュー内容を、事前に鎌田さんへ共有。あらかじめ、どのような内容についてお話をお聞きするか?を事前にお伝えし、ご自身の中で考えを整理いただいく期間をもうけたうえで、セッション第一回目を開催していきます。
ちなみに少し補足をすると、インタビューを行う際は必ず1週間前までを目安に、質問項目は必ずインタビュイーに事前共有することをルールとしています。「他者へ自分を開示すること」は誰にとってもためらいや不安を覚えるものだからです。従って質問の事前共有は、相手の不安を想像し、話しやすさに気づかう最低限の配慮を示すものとして、必ず行われるべきものとして捉えています。
さて、今回は計17項目とやや質問項目は多めでしたが、当初の予想としては、1.5時間かけギリギリで完了できるか、あるいは2回に渡るセッションになるか、いずれかになるだろうと予想していました。
が、インタビュー開始から約20分過ぎた頃くらいから、当初の予想とは全く異なるセッションの進み方に、明らかに予定通り終わらない事が分かり、同時におもしろさが身体ごと感じられるようになっていきます。
一つの質問に対する回答、それに対する別の質問と回答、またそれに対する別の質問と回答、を繰り返していくので、当然ながらこれまでのクライアントワークで行なわれていたようなインタビューの時間配分で完了できるはずがないのです。
結果的にセッション一回目では行われたのは、インタビューの一つ目の質問のみ。しかもまだ話は半分にも満たない程度という状態で、1.5時間を終えることになりました。それはそれほど密度が濃く、偶発性の高いセッションだったと言い替えることもできます。
この予定不調和なプロセスとその結果に、「このプロジェクトはおもしろくなりそうですね」と互いに笑い、確認し合って一回目を終えた事をよく覚えています。
続くセッション2回目、3回目…そして14回目まで
「5回のなぜを繰り返す」は有名な分析法ですが、一つの回答内容にまるでピンを打つように、その意図や考えをより聞いていく。そして得られた異なる回答の一つに、またピンと打つようにさらに聞いていく。その繰り返しによって生まれる、偶発的で、即興的、かつ予定不調和な対話の深まり。その側面ももちろんありましたが、今回は鎌田さんご自身が、一つひとつの過去を丁寧に掘り起こし、それを他者へ分かりやすく話すことに長けた方だったというのも、対話の深まりの要因として大きくあったと思います。
一方「どんな話も宇都宮は受け入れ、おもしろがって聴いてくれるので、これまでにないレベルで自己開示ができ、話すことができる」という言葉を、セッションを重ねる中で時折いただくようになります。これは今回のセッションにおいて注意していた「より内側へ入っていける為のその場のふるまい」にあたるものへの結果であり評価だったのではないかと考えています。もちろんその前提として「相性の良さ」もあったのだろうとも思います。
このような複数の要因が絡み合い、愚直に質問を繰り返すうち、当初は1回または2回を想定していたセッションは、2回目、3回目と聴けば聴くほど深みを増しだし、毎回1.5時間のセッションは最終的に14回目までに至る結果となっていったのです。
「行けるところまで、横道に逸れて行き切ってしまいましょう。出せるものを全部テーブルの上に一度出し切ってしまいましょう」
そのような話の流れで回を重ねていきました。
「自分に影響を与えたもの」を洗い出し、共有するもう一つのセッション
計17項目のインタビューをひとしきり終えたあと、続いて行ったセッションは「自分にとって影響を与えたもの」を挙げていただく、というものでした。
例えば、書籍、文学、映画、のような作品群から。またはご自身の領域に近い仕事(=広告クリエイティブ)のうち特にリスペクトをする作品群から。または尊敬する方の言葉の引用などから。それぞれ思いつく限り挙げてきていただき、一つずつ内容の解説を頂きながら、「その作品は(その人は)、どこに、なぜ、自分の価値観に影響を与えたのか?」を語って頂くというセッションです。
それにより自身を形成する美意識、信条、価値観といった「核」となるものを別の視点から客観視していく事を目的とし、行っていきました。
ここで一つの試みを行ってみたのが、本セッションで挙がった作品群を自分も同じように読み、観ることで、さらにディスカッションを深めていく、というものです。実際に、互いに同じ本を手に取り、ページをめくりながら話し合うことで、「その本のどこへ着目し、何を感じ取り、どこにおもしろさを覚えたのか?価値を置いたのか?」を再確認しあうプロセスは、相手への共感をより作り理解を深める手段として、改めて適切な手法である事を感じました。
近い内容としては「課題図書制」がそれにあたると思いますが、こういった機会をプロジェクトごと初期段階で設けるだけで、価値観の共有度や方向性付けは大きく変わる事を実感しています。
2.プロセスの共有2:統合とブリコラージュ
全てのセッション内容を、いかに整理し、活用資源化していけるようデザインするか?
計14回のセッションを繰り返すことで、言葉として外に放出された自身の内側への探索。しかしそれは、そのままの状態で放置してしまうと、時が経つにつれ、人はやがて忘れていってしまいます。
従ってセッションを通じて放たれた言葉たちをどのように整理することが、プロジェクト後においても自分自身にとって再度の気づきと発見が促され、「活用資源化」できるだろうか?というテーマが、本プロジェクトにおけるもう一つの自分の役割だろうと考えていました。
ここではその「活用資源化」へのプロセスを共有します。
全てを言語化し、抽象化するプロセスの積み重ねによる統合
結論から言うと「活用資源化」は、セッション内容の「言語化」と「抽象化」という手段によって行いました。具体的には、以下のような4つのステップで進めています。
STEP1:全セッション全ての発言を言語化する
1回目から14回目までの全セッションの「全ての発言をまずはシンプルに付箋で落としていきます」。この段階では、こちら側での取捨選択などはせず、全ての発言を拾い集め、記していくという点がまずポイントです。「事実は全てがここにあり、俯瞰できる状態」を作る事が、ここから先で抽象化を行う上での基礎となり、事前準備となる為です。
ちなみに全発言の落とし込みですが、自分の場合は書き起こしツールは用いず、必ず耳でセッション内容を聞き直し、落とし込むプロセスを意図的に採用しています。これだけを聞くと非効率極まりない作業に感じられると思いますが、「それは明確に異なる」という立場で自分はいます。
鎌田さんは、どの発言に間を置き、強調したのか。どの発言に迷いが生じたのか。どの発言に力が込められ、熱が含まれていたのか。語りの中にしか見いだせない発言の重要度は、そこに明確にある為です。そしてそれを再発見していく事が、この次以降のステップでの抽象化における重要なプロセスである、という事も含まれています。
STEP2:抽象化の最初の段階として、まずは小分類する
今回は発言内容が大量である事から、まずは抽象化の第一段階として、小分類によっておおまかな発言内容の傾向をグルーピングしていきます。このステップによってこれまでのセッション内容の「おおよその輪郭」のようなものが浮かび上がりだしてきます。
ここでは「42の鎌田さんの傾向」を浮かび上がらせています。
STEP3:より抽象化する
前述のステップにおける「42の傾向」をより抽象化させ、この段階ではさらに「11の傾向」として、より抽象度を上げることで、理解がしやすい粒度としています。
もちろんここからさらに抽象化し、より絞り込む事も可能ですが、今回はコンセプト化などを目的にしておらず、「活用資源化」への貢献がメインである事から、これくらいのやや大きめの粒度が、こぼれ落ちる要素を極力少なくし、でも認知し理解のしやすさが保てるギリギリのラインと考え、意図的にやや大きめの粒度で留めるようにしています。
STEP4:関係性を見つける
前述の「11の傾向」で抽象化のステップはやめても良かったのですが、ここでは少しでもより自己把握のヒントとなり、今後への活用資源としてもらいやすくする為に、11の傾向を2つの関係性への視点から構造化していく事を行いました。
具体的には
核となる「らしさ」
過去から現在にかけ、培われてきたもの
これからさらに目指す「ありたい姿」の風景
未来に向けて、これから作り上げていくもの
とによる構造化です。
これによって客観視した時、若干ですがより把握がしやすくなるのでは、と考えています。
定義はしない。「その時々の探索のためのブリコラージュ」という帰結
そしてここまでの内容を、まずは本プロジェクトにおける一つの区切り(シーズン1)とし、本内容を「その時々の探索のためのブリコラージュ」と命名し、共有しました。
このクロージングと命名の意図について、当時のセッションでの解説より引用をしてみます。
ちなみにブリコラージュとは、人類学者レヴィ=ストロースが提示した概念で、「ありあわせの道具・材料を用いて、自分の手でものを作ること」を指しています。計画的に準備されていない、その場その場の限られた「ありあわせの」道具と材料を用いてものをつくる手続き。そのありようは今回のセッション内容をいかに、「活用資源化」していくか?という目的に、最もふさわしい姿であるように自分には思えました。
このようなケースの場合、クライアントワークで恐らく多く見られるのは、前述のような11の傾向内容を踏まえ、さらに3つ程度の粒度に抽象化し、その後なんらかの言葉で集約し、コンセプト化し、収束させていくような手続きが多いのでは、と思います。
鎌田さんからも「そのようなプロセスを経てまとめていくのかな?と自分は想像していました」とその後実際に言われました。
話は少し逸れますが、創造的な仕事をするうえでよく言われる話として、「机の上がきっちり整理されすぎていない方が良い」というものがあります。整理整頓された秩序からでなく、ある意味ノイズのようなものが含まれた有機的な状態が、思考の硬直化を逃れ、その時々の偶然性すら取り込んだ結びつきを生む、というものです。
今回の「その時々の探索のためのブリコラージュ」は、この考え方に近いものをイメージしています。一つ一つの要素は吟味され尽くされているが、様々な材料が机の上に散りばめられ、私によって手に取られる機会を待っているような状態というイメージです。
大きな言葉で括ってしまうと、必ずこぼれ落ちていくディテールの数々。それを一定の秩序を持たせながらも残しておき、いつでも参照できる状態にしておきたかった。それであれば鎌田さんが今後、何かの機会ごと目へ留める度に、新たな結びつきと再発見にきっと導いてくれるのでは?という期待を込めたのです。
本プロジェクトを経て。「&2」代表 鎌田さんより頂いた言葉の紹介。
この共有後、2024年3月15日〜7月24日の約5ヶ月間にかけ、毎週1.5時間セッションを行い続けた本プロジェクトのシーズン1としてはひとまず終了します。
ここでもう一方の視点として、本プロジェクトのオーナーでありインタビュイーである鎌田さんより、本プロジェクトに関して特に印象に残った点や感想、関わる前と後とで認識が変わった点などについて言葉を頂きましたので、紹介したいと思います。
3.プロジェクト後の気づきとヒントの萌芽
1)アウトプットを前提としないだけで変わる、「聴くこと」への変化
これまでクライアントワークで行っていたインタビューとは、ロゴやキービジュアル、Webデザインといったデザインにまつわるもの、またはキャッチコピーやMVVのような、いずれにしても「アウトプット」がある事を前提した、言わば「アウトプットの為に必要なインプットとしてのインタビュー」という扱いでした。
その場合、一方の頭で話を聴きながらも、もう一方の頭では仮説とともに方向性へのイメージを膨らませ、そのうえでこのような方向性がふさわしいのでは?という想像のもと、そこに向けた質問を聞いてみる、といった思惑を働かせる話の聞き方だったように思います。
もちろんそれ自体は、限られた時間の中でより精度を高める仕事をしていく為の一つの仮説思考の現れとして、特に悪いものではないとも一方では考えています。
ただ、本プロジェクトを通じて新たに気づいたのは、「アウトプットの前提がない、という建付けに変わるだけで、話というのはこうも素直に、そのままの形で向き合い、受け取ることができるのか?」という発見だったのです。
一言で言えば、「聴き方」がそれまでと大きく変わったのです。
前述の、インタビュー後における抽象化と統合化のプロセスなども含めた、全体の方法論自体には、特別目新しいものはないと思っています。デザイン思考の方法論が浸透した後のいま、恐らく普段のデザイン業務のなかで個別に改良し、ワークフローとして取り込まれている方も多くいるのでは、とも想像しています。
しかし今回のそれは、方法論は一見同じに見えながらも、いわゆる「お仕事」から遠ざかり、より「個対個」の関係になることで初めて生まれる、再現性をもたず、相互作用的で、即興的で、グルーヴ感をもった予定不調和なもの、文字通り「セッション」というべき、全く異なるものに変化していました。
前提となる設定を変えるだけで「聴き方」「聴く内容」共に大きく変わってくる。これは本プロジェクトにおける一番の大きな発見だったと思っています。
2)「事がはじまる前のデザイン」、「定義づけしないデザイン」という選択肢
今回のシーズン1では「その時々の探索のためのブリコラージュ」という体裁で、意図的に「定義」をしない、分かりやすいアウトプットを持たないものとして帰結しましたが、一方であるのは「この材料さえあればどのような対象であれ、一貫性と強度を持った表現を作る事ができる」という確信です。ロゴであれ、コピーであれ、Webサイトであれ、どのような表現でも、この机の上に並べられた材料たちを拠り所にすれば、必ず一定の一貫性と強度を持った表現を作ることができるという自信があります。
さらに言えば、それは自分でなくても可能だとも思っています。他のデザイナーの方が作るという選択肢でもそれは良く、本内容を共有し理解してもらえれば、表現の指針として機能していくはずだとも思っています。
そしてもっと言えばですが、デザイナーでなくてもそれは可能になると考えています。例えば、今回の指針を判断軸としながら、鎌田さんご自身で生成AIを活用し、表現を作っていく。これはAIの進化と普及によって表現が民主化されるほど、選択肢として増えていく姿となるはずです。
同時にその中で最も大事になるのは、作るものへの指針と、作られたものへのジャッジですが、その両者のヒントがここには詰まっている、とも確信しています。
または、例えば信頼できる一定の審美眼を持ったアートディレクターに参加してもらい、ブリコラージュを読み込んで頂いたうえで、自分が下した制作物へのジャッジの水準が適切か?について意見を述べてもらう、そんな関わり方のありようもあるかもしれません。
一方「事がはじまる前」の「その時々の探索のためのブリコラージュ」という在り方は、恐らく対話型生成AIでは到達が難しい領域でないか?とも思っています。なぜなら「個対個」の関係によって初めて生まれる、相互作用的で、即興的で、グルーヴ感をもった予定不調和なもの=セッションとは、「あなた」と「私」という人間同士によってでしか生まれ得ないものだからです。そこにこの「事がはじまる前のデザイン」という領域の一つへのヒントが見いだせると考えています。
3)「聴くデザイン」という選択肢の発見
このような気づきにより、「これからデザイナーは何をデザインするのか?」という問いへの材料として、「聴くデザイン」というのは一つの選択肢に値するのでは、と考えるようになったというのが、今回の記事の一つの帰結です。
これまで自分は、デザインというアウトプットを通じ、ご一緒する相手が持つ「そのブランドが目指すありたい姿」を明確化し、目覚めを引き起こす事を主に行ってきました。
ただ、今回のようなアウトプットに依存せず、セッションとその結果の材料の集積によって「自発的に気づいていける環境」がつくれるなら、それも一つのデザインであると言えるのではないか?とも思うようになったのです。
そしてそこには極めて「個対個」で、人間的で、感情的で、関係的なものが前提として必要となる、という点も、近い将来に向けたデザイナーの一つの選択肢として、ありうる姿のように思えるのです。
「変な頼まれごと」が持っている自己拡張の可能性
本プロジェクトは、前述したように「宇都宮と対話をするプロジェクトがしたい」という「変な依頼」が記された、お手紙のようなメールがはじまりでした。
この、一見デザインとは何の関わりもないように見える「なぜ、それを自分に?」という変な依頼。その中にこそ、コンフォートゾーンから離れ、自分自身がまだ気づいてなかった、自己を拡張し、新しい自分を見つけていく萌芽が眠ってる事についても、今回改めて発見しました。
変な依頼をする相手の中には「この人にならできるかも」という期待への読みが少なからずあります。つまり「なぜ、それを私に?」と疑問に思う依頼の中にこそ、まだ自分が気づいていない潜在的な可能性が隠れている場合もあるのです。
変な依頼のなかに含まれている「おもしろさへの可能性」に気づき、驚けるためには、自分自身に一定の余裕が必要です。そこに自覚的になりながら、驚き、おもしろがり、受け入れ、自分自身も変わっていく。そのような自分でありたいですし、変な依頼に出会い続けられる自分でありたいとも願っています。
この記事がきっかけで、そのような新たな機会につながり合う事が、これからもし生まれたら。
そのような未来もまた一つの楽しみです。