大谷翔平選手の目標設定シートって、ロジックモデルだ
今年、世界を沸かせたWBC。そのMVPに輝いた大谷翔平選手。決勝戦9回、泥だらけでブルペンから登場し、ピッチャーマウンドに悠然と向かう姿に、敵味方を超えて誰もが息をのんだ。その後、”野球の神様が仕組んだ”マイク・トラウトとの対決を制し、日本を14年ぶりの世界一へと導く。
その大谷選手が、花巻東高校時代、野球部の佐々木監督の指導のもと「目標達成シート」(マンダラチャート)を作成していたことは有名な話だ。
達成したい目標「ドラ1,8球団(8球団からドラフト1位指名を受ける)」を中心に、そのために必要な8つのことが周りを取り囲む。さらにその8つを中心に、そのために必要な8つのことが周りを取り囲む。自分の目標が何で、そのために何をすべきかを明らかにするツールだ。
この「目標達成シート」を改めて隅々まで眺めると、その完成度の高さに驚かされる。さらに、「ドラ1,8球団」を達成するには、肉体や技術はもちろん、メンタルや人間性、運までもが必要だという高い視座を10代の頃から持っていたことに愕然とする。
この高校生が作った目標達成シートから大人が学べることは山ほどあるが、今回、様々な組織のロジックモデル作成に携わる立場として、このシートから学べる「ロジックモデルに大切なこと」を3つ、まとめてみたい。
ロジックモデルとは
ロジックモデルとは、事業が成果を上げるために必要な要素を体系的に示したもので、事業の設計図に例えられる。一般的なロジックモデルは、事業を構成する4要素(インプット/活動/アウトプット/アウトカム)を矢印で繋いだ形で図示される。
一番右にくる変化・成果(アウトカム)は「社会的インパクト」とも呼ばれる。事業が最終的にめざすゴールともいえる。すなわちロジックモデルは、最終ゴールを達成するために何が必要かを明らかにするためのフレームワークともいえる。
目標達成シートに学ぶ、ロジックモデルに大切なこと
目標達成シート(マンダラチャート)が、最終目標を中心にして放射状に展開するのに対し、ロジックモデルは、最終目標を一番右に、横方向に展開する。構造は違えど「目標達成までの道筋を描く」という点で、両者は共通している。
さて、大谷翔平選手の目標達成シートから学べる、ロジックモデルに大切な3つのこと。
1つめ:なぜ「ゴミ拾い」をするのか
そもそも、なぜロジックモデルを作るのか。組織に共通する動機の一つに「今やっていることが、何に繋がっているのかがわからない」「本来の目的に適っているのかわからない」という悩みが挙げられる。自分自身がわからない、という場合もあれば、自分はわかっているが組織の中で理解されていない(だから可視化したい)という場合もある。
改めて、大谷選手のシートを見てみる。一番外周に「ゴミ拾い」や「あいさつ」が並んでいる。ゴミ拾いや挨拶は、それ自体が大事なことではある。けれど、組織の中で「ゴミを拾いましょう」「挨拶をしましょう」といっても、それを組織の目的やミッションと繋げて理解されることは少ないだろう。だから次第に「決まっているからやっている」「言われたからやっている」「やりたくないけどやっている」と形骸化していく。
ところが、大谷選手の頭の中では、ゴミ拾いや挨拶は「運」に繋がっている。(もちろん、それ自体が大事という側面は否定されない。)「運」は、「ドラ1,8球団」を達成するのに欠かせない8要素の1つ。だから、ゴミ拾いや挨拶は欠かせない。そう繋がっている。こんな日常の些細な行為ですら、練習やトレーニングと同等に、人生の目標としっかり結びついている。だから、強いのだと思う。
組織の中で行われている日常の些細な行為。形骸化しがちな行為。それらがみんなの中で、組織の目的や目標としっかり結びついたとき、目に見えるものは同じでも、きっと大きな違いをもたらす。良いロジックモデルとは、その結びつきに気づかせてくれるものだろう。
2つめ: 行動が変わる
ロジックモデルは道具なので、作ったら「使う」ものなのだが、一旦できあがると「なんとなく終わった」感じになってしまいがちだ。どう使ってもらうか、どうしたら使えるものになるか、つねづね私たちの課題でもある。
大谷翔平選手は、かつて(日ハム時代)、インタビューでこの目標設定シートについて聞かれ、こんなふうに語っていた。
大谷選手は「8つのこと」を考えるとき、既にできていること、やっていることではなく、意識しないとやらないこと、できていないことに主眼を置いていた。そうすることで、自分の行動を促す。自分の行動を変える。それはやがて、意識しなくてもやること、当たり前にやること、になっていく。
「ドラ1,8球団」という高い目標。それは現在の延長線上にはない。何かを変えなければ、辿り着かない。そう考えていたからだろう。
ロジックモデルも、「いま、やっていること」を並べて安心してしまうことがある。それで事足りる場合もあるが、やはり本来的には、組織の目的や目標に向かって自分たちを変えていく、それをドライブする道具となったら素晴らしい。
3つめ:主体的であるからこそ
ロジックモデルが「作って終わり」になってしまう理由の一つに、「作れといわれたから」「与えられたから」という受け身の姿勢があるように感じる。
大谷選手も、きっかけは「監督の指示」だったかもしれない。けれど、おそらく作る過程で、自分のものにしていった。完成度の高さ、隅々まで思考が張り巡らされている様相から、これを使って、自らの力にしようとした意思が伝わってくる。自分を変える道具として、高い目標を達成する道具として「使おう」とした意思が伝わってくる。だからこそ、10年が経ったいまなお、注目され続けるのだろう。
当事者によって主体的に作られるもの。使われるもの。ロジックモデルがそうあるために、支援する私たちに何ができるのか。引き続きの課題でもある。
+1:見ればわかる!
なんだかんだ言って、大谷選手の目標達成シートのすごさは「見ればわかる」ところにあると思う。説明が要らない。それだけ作成者の思考がクリアである、ということかもしれないし、目標にブレがない、ということかもしれない。きちんと本人の腑に落ちている、ということかもしれない。
ロジックモデルは、事業や社会課題というやや複雑なものを取り扱うため、なかなか「見ればわかる」までに至りにくい。どうしても説明が必要になってくる。
しかし、やはり「見ればわかる」は、強い。なぜ”これ”をやるのかが直感的にわかるし、だからこそ、行動に繋がりやすい。変化が生まれやすい。変化は「アウトカム」、つまり本来ロジックモデルがめざしているものだ。
だからロジックモデルも、できるだけ「見ればわかる」をめざしたい。そうならない時は、思考がクリアでなかったり、目標がブレていたり、腑に落ちていないサインと捉えて、まずはその解消を図るのがよいのかもしれない。
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以上、大谷選手の活躍と目標達成シートに感銘を受け、「ロジックモデルも、こうあらねば」と思った3つ+1のことでした。
なお、「ドラ1,8球団」を目標に据えて自らを高めつづけた大谷選手は、高校卒業後、日本球界ではなくメジャーに挑戦する意向を表明する。その意志は固かったが、日本ハムファイターズが強行指名。最終的には、球団の利益よりも大谷選手の将来を一番に考え説得を続けた熱意が通じ、日ハム入団に至る。その後、常識を覆す「二刀流」で、次々と歴史を塗り替え続けていることは誰もが知るところだ。そして今年、少年時代からの夢だったWBC優勝を果たす。
こうしてみると、本当にすばらしい目標設定シートやロジックモデルは、そこに掲げた目標すら、はるかに超える現実を生むのかもしれない。それほどに、自分を変えるものなのかもしれない。
ロジックモデルも、その高みをめざしたい。少しずつでも。大谷翔平選手が努力を止めず、どこまでも進化を止めないように。
(ケイスリー 今尾江美子)
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