社会的価値創出が金融とつながる場面を目撃せよ!
はじめに
本年2月4日(木)、神奈川県が主催するセミナー「事業の社会的価値を「見える化」し、金融との接続を考える」が開催されました。これに先立ち、去年12月3日には「SDGsを実践する方法を学ぶ」セミナーを開催。そこでは、社会的インパクト・マネジメントで用いられるツールであるロジックモデルの作成プロセスを、事業者の事例を用いて具体的に共有しました。このセミナーへの参加者の方々からは、「ロジックモデルって完成したものしか見たことがなかったけれど、作る過程を見たのは初めてだった!」「どうやって作るのかわからなかったけれど、とても分かりやすかった!」など大変好評をいただきました。
でも、このロジックモデル、作って結局どうするの?
事業の社会的価値を伝えるツールとしてのロジックモデル
ロジックモデル作成するにあたり大事なことは、「誰に何をするためかを意識すること」です。なぜなら、作成したロジックモデルは、事業の社会的側面をステークホルダーに伝えるときに使ってこそ、その真価が発揮されるものだからです。作成したロジックモデルを使って、多様な事業のステークホルダーの中でも、特に誰に何を伝えたいのか。例えば、顧客に対して、サービスが使われることでどう社会的インパクトにつながるのかを伝える。または、就業希望者に対して、社員として携わる事業がどう社会に貢献しうるのかを説明する。はたまた、社会的インパクトを志向する投資家に対して、事業の社会的インパクト創出の可能性を訴える。それによって、ロジックモデルの見せ方は変わってくるでしょう。
今回のセミナーでは、こうした多岐にわたるロジックモデルの可能性の中でも、特に「金融との接続」の可能性に焦点を当てました。ロジックモデルを使って事業者と金融機関がどのように対話をするのか、そしてどのように資金調達につながりうるのか、本セミナー参加者に体感してもらう機会としました。
そこで今回のセミナーには、事業者として、保育士や幼稚園教諭の育成支援や人材採用支援を行うキャリアフィールド株式会社、金融機関として、日本においてインパクト投資をリードしている新生企業投資株式会社の黄氏にご登壇いただきました。
事業を通じた社会課題への取り組み -キャリアフィールド株式会社の場合
キャリアフィールド株式会社は、保育士の減少が進む一方で、共働きの増加などで保育士需要が増えることで2030年には20数万人の保育士が不足し、ひいては共働きや特に女性の社会進出・復帰が阻害されてしまう、という社会課題を解決するため、保育士資格取得支援事業に取り組んでいます。
保育施設には、保育資格を持たず保育補助として保育園や幼稚園で勤務している人材が一定数いますが、資格がないことから良好な労働条件ではない場合もあるそうです。そこで、キャリアフィールド株式会社では、現在保育資格はなく保育補助として保育園や幼稚園で勤務し、今後保育士試験を受けて資格取得を目指す人材に対して、資格取得支援スクールを運営しています。ただし、キャリアフィールド株式会社の事業の特徴は、スクールの費用を上記の人材個人ではなく、人材が勤務している保育園などの法人が負担し、人材が勤務を継続したまま資格取得を実現できることを支援しているところです。同人材が資格取得後にもそのまま勤務を継続できるため、就職口を確保したままでの資格取得に臨むことが可能となります。
保育士資格取得支援事業のロジックモデル
キャリアフィールド株式会社は、同じ神奈川県が主催する研修事業(Note内の記事リンク)の参加者でもあります。研修で作成した保育士資格取得支援事業を題材としたロジックモデルを、本セミナーでも紹介してくれました。
キャリアフィールド株式会社はロジックモデル作成にあたり、保育業界であれば難なく理解してもらえる話を、業界を知らない外部の方にどう説明したら理解を得られるのかを、相当に意識したとのこと。インパクト投資を行う金融機関としても、事業が業界外の方でも理解できるほどに整理して示されることで、投資判断に用いる様々な観点で事業を把握しやすくなるため、非常に重要な点であるという指摘が黄氏からもあげられました。
金融機関がロジックモデルを見る視点
黄氏からは、キャリアフィールド株式会社のロジックモデルの良い点として、投資家であれば必ず確認するマーケットの潜在性や、マーケットにおける投資企業の優位性、キャリアフィールド株式会社についてであればそれぞれ、20数万人の保育士不足(=需要)、保育施設とのつながりや短期間の保育士資格取得の可能性、合格保証制度、高い就職率といった強み、がしっかり説明されていたことが挙げられました。マーケットの潜在性や自社の優位性は、ロジックモデル作成の過程であらためて整理・確認されたものといえます。
一方、ロジックモデルの改善点としては、事業の成長性という観点の追加が挙げられました。現状のロジックモデルの最終アウトカムは保育士不足の解消です。しかし、例えば、以下のように、保育士資格取得支援事業が最終的に保育の質向上につながるようなロジックも仮説として追加的に考えられるのです。
可視化され、測定された事業の社会的インパクトが事業をさらに推し進める
この仮説も含めてキャリアフィールド株式会社のロジックモデルを見渡した時に、事業を推し進めるキーとなるのは保育施設法人であろうという指摘もありました。キャリアフィールド株式会社のサービスへの対価を支払い、かつ保育士への就職機会を提供するのは保育施設法人であることから、ここが動くとビジネスが大きく動きうるのです。
社会的インパクト・マネジメントでは、ロジックモデルで明らかにしたアウトカムを把握するために、指標を設定・測定します。キャリアフィールド株式会社のケースにおいても、同社事業を使った保育施設法人の人材流動性といった指標で測ることで、実際に事業で生み出した社会的インパクトを示し、事業において統合された社会性と経済性について説得力を与えることができます。
最終アウトカムまでのロジックに説得力を与えることで、ステークホルダーからさらなる理解を得ることにもつながり、事業を強力に推し進めることにもなりえます。キャリアフィールド株式会社の事例の場合、保育士資格取得支援事業によって保育の質の向上が図られることをロジックと実績数値と共に説明できることで、保育施設法人の潜在顧客を獲得できる可能性もあるでしょう。
このように、ロジックモデルは単に事業が社会的価値を生み出す道筋を示すだけではなく、そこに潜む経済性をも示すことが可能であり、金融機関も着目する点でもあります。
ベンチャー投資とインパクト投資の違い
セミナー参加者から、「投資先が、経済性のみで投資するベンチャーキャピタルと、社会性も検討するインパクト投資とで同じ場合、インパクト投資の意義はどこにあるのか?」という質問がでました。その問いに対し、ご自身の投資経験も踏まえた黄氏の回答は以下のような内容でした。
「社会課題があるということはマーケットがあるということ、つまり経済性と社会性は相関性があるということで、必ずしもベンチャーキャピタルが社会性を見ていないとは言えません。しかしインパクト投資になると、今回見たようなロジックモデルをツールとして、投資対象が生み出しうる社会的インパクトを投資判断とすることに加え、投資後も、設定した指標によって社会的インパクトを測定し、ロジックモデルを検証し、事業改善につなげるということを、投資先と共に継続的に行っていきます。」
おわりに:社会的価値と経済的価値の統合が具現化するとき
社会的価値の追求と経済的価値の追求が、並列して行われるのではなく、統合して行うことを目指すのが経営におけるSDGsの実践です。その手法として社会的インパクト・マネジメントがあり、社会的インパクト・マネジメントを実施する基盤としてロジックモデルがあります。ロジックモデルには、財務指標が表されることはありませんが、経済性を評価しうる情報が織り込まれることは十分にあります。そういったロジックモデルを介在し、資金調達が実現するとき、それがまさに、社会的価値と経済的価値の統合が具現化する最初の瞬間であるといえます。
今回のセミナーでは、その瞬間につながるステップの一つをお見せできたのではないかと思います。金融機関を含む経営におけるSDGsの実践には近年ますます関心が高まっていますが、今回のセミナーが実践の一歩を踏み出そうとする方々をそっと後押しするものになっていれば幸いです。
(文責:金子万里子)
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