女子サッカーは、どのようにSDGsに貢献できるか? ~そのロジックモデルを「作るプロセス」を公開しました
12月3日、神奈川県主催セミナー「SDGsを実践する方法を学ぶ」を開催。女子サッカークラブ『大和シルフィード』の取り組みを事例として取り上げました。
女子サッカーが、どのようにSDGsに貢献できるのか? SDGsとクラブ経営はどのように結びついているのか?それらについて、大和シルフィード(株)代表の大多和氏と、その場で一緒にロジックモデルを作りながら考えていく、という内容です。
この記事では、そのセミナー概要と全容(動画)、参加者からの質問と回答、感想の一部をお伝えします。
完成品より「作成プロセス」を共有したかった
ロジックモデルとは、事業活動とSDGs(社会的インパクト)とのつながりを、論理的、構造的に見える化するためのツールです。オンライン上でも、実際に作られたロジックモデルが、数多く公開されています。
けれど、私たちはこれまでの経験から、ロジックモデルは完成品も大事だけれど、むしろそれを作る過程が大事であると感じていました。また、完成品としてのロジックモデルは傍から見ても、それがどんな風に作られたのかまでは分からない。だからそれを見て「よし、自分たちでも作ってみよう!」とは、なかなかならない。
そこで今回は、その壁を越えるべく、「ロジックモデルを作る様子をライブ公開する」という新しい試みに挑みました。
<セミナー全体の動画>
女子サッカーをめぐる課題とは?
今回、事例としたのは、女子サッカーを通じたSDGsへの取り組みです。
2011年なでしこJAPANの歴史的なワールドカップ優勝から間もなく10年。私たちには、その時の華やかな印象が刻まれていますが、現状、女性アスリートをとりまく環境には、多くの深刻な課題があると大多和氏は語ります。
①女性アスリートが抱える課題
・女性特有の疾病。代表例の一つが無月経。それを問題視しないどころか、助長するような間違った指導がいまだに行われ、その結果、身体を壊したり、妊娠・出産などの大事なライフイベントに影響をきたす。
・競技に専念できるだけの十分な収入が得られない。
・写真や動画による性的ハラスメントの対象になるリスクがあり、精神的な負担を強いられている。
②女子サッカークラブが抱える課題
・プロとしてやっていくには、クラブの収益の柱となる、放映権・スポンサーシップ・ファン(チケット収入)が、いずれも男子サッカーに比べて非常に弱い。
・スポンサー獲得は、一般的には「露出(知名度)」が売りとなるが、それに代わる何かが必要な状況。
③社会全体が抱える課題
・スポーツの現場での課題は、職場や学校にも共通する可能性が高い。女性のヘルスケアに関する理解不足や不適切な対応は、身体的・精神的なダメージに繋がったり、望むキャリアを歩めない、本来のパフォーマンスを発揮できないなどの状況を生み出したりする。
これらの複合的な課題に対し、大和シルフィードは、社会貢献事業ではなく、本業を通じて取り組むことを目指しています。
具体的には、まず(1)クラブの選手・スタッフが競技に専念し、心身ともに健康に活躍できる環境をつくる→(2)その知見を、職場や学校などを通じて地域社会に展開する→(3)地域社会との接点からファンやスポンサーを増やし、クラブの経営基盤を強化する→(1)さらに選手・スタッフへのサポートが充実する→(2)さらに→(3)さらに→・・・という好循環を生み出す、というアプローチです。
いざ、ロジックモデルづくりへ
これら背景情報を基に、ロジックモデルづくりに入ります。ロジックモデルには、様々なかたち、作り方がありますが、今回は「短い時間(1時間以内)で全体像を見せられる」ことと「シンプルさ」を重視して、2ステップで作りました。
Step1では、大多和氏の話を聞きながら、関係者と課題を整理。
黄色:関係者
ピンク:(関係者の)課題
★:重要な関係者
Step2では、重要な関係者(★)を中心に、それぞれの課題が解決された状態とは何か(アウトカム)、そして最終的にめざす社会とは何か(最終アウトカム)を大多和氏と対話しながら整理し、ロジックモデルに落としていきました。
アウトカムは、ピンク:社会的な価値(アウトカム)、グリーン:経営的な価値、と色分け。こうして見ると、この2つは、決して別々に追及するものではなく、一体的なものであることがわかります。これが、「本業を通じてSDGsに取り組む」「経営とSDGs貢献を統合的に考える」の意味するところとも言えます。
女子サッカークラブ経営と、SDGs
最後に、SDGsとの関連づけ。大和シルフィードのめざすクラブ経営は、SDGsターゲット5.1、8.5、4.7と関連づけられます。
また、日本政府の「SDGs実施指針」とも整合していることが確認できます。
それらをロジックモデル上に置き直すことで、クラブ経営とSDGsとの関連づけがロジカルに、視覚的に整理できました。(なお、今回は時間の関係で省略しましたが、169あるすべてのターゲットを見渡すこと、負の影響を与えうるものがないかを確認することも併せて必要です。)
ロジックモデルは、その後
今回は「ロジックモデルを作る」ところまででした(そこまででも意義があります)が、通常はその後、結果(アウトプット)やアウトカムを測る指標を立て、実際にデータをとって「見える化」していきます。そして、事業改善や意思決定に活かしていきます。
なお、ロジックモデルや指標は、一部の人だけで作り込むのではなく、様々な関係者(マルチ・ステークホルダー)と合意しながら、一緒に作り上げることが理想とされています。大多和氏も、「指標を(スポンサーなど)企業様と一緒に決めていくことも考えている」と仰っていて、印象的でした。
ご参加者からの質問
当日いただいた質問のうち、その場で回答しきれなかったものも含め、いくつかをここでご紹介・回答いたします。
ーーアウトカムって何ですか?
日本語では、成果や変化などと訳されます。事業活動を通じた、関係者(人)や社会全体への影響、それを受けて起こる変化(多くは望ましい変化)を表します。また、自らが直接コントロールできるアウトプット(結果)と違い、影響を及ぼすことで間接的に変えていくものを指します。
ーー今回は、中間アウトカムから直接アウトカムに戻る矢印もありそうですが、時系列的には、左から右へ流れるのでしょうか?
左から右への流れは、時間経過や、因果関係を表すことが一般的です。ご指摘のとおり、実際は、必ずしも左から右に矢印が伸びるだけでなく、矢印が反対を向いたり、相互に伸びたりすることもままあります。ロジックモデルの中で、その関係を明らかにしていくことが大事といえます。
ーーロジックを整理する際、アウトカムを定量的に示す必要はありますか?
当初作成の時点では、必ずしもアウトカムを定量的に測る必要はありません。一般的には、ロジックを整理した後に、重要なアウトカムについて指標を立て、データを取得します。その際、必ずしも定量的なデータに限る必要はなく、定性データも重要なものとなります。
ーーこのロジックモデルの妥当性等は、どのように検証するのですか?
ロジックモデルの妥当性を高めるためにできることはいくつかあります。たとえば次の3です。(1)様々な関係者の視点を反映すること。関係者と一緒に作ったり、個別にヒアリングして声を拾ったりすることです。(2)類似の事例や、既存の調査や研究結果を参照すること。(3)データをとること。アウトカムを定量的・定性的に測ることで、ロジックが適切であるかを検証できます。
ーーロジックモデルを作るのに数ヵ月かけるという話もありましたが、進め方としては、一旦ざっくりとでも作ってからブラッシュアップするのと、一つ一つの工程にじっくり取り組むのと、どちらがいいですか?
どちらも有効です。ただ、時間をかけて作ったとしても、その後もブラッシュアップし続けるものなので、まずは作ってみる、そして、立ち止まらずに次の段階(指標を立てる、測る、など)に進めてみる、という方が見えてくるものがは多いように感じます。
ご参加者からの感想
この試みの場には、100名を超える方にお越しいただきました。そして、たくさんの有難い反響をいただきました。この場を借りて、心より感謝申し上げます。
<アンケートより抜粋>
・短時間にも関わらず、ロジックモデルのイメージが非常にわかりやすかった。
・出来上がったロジックモデルを見たことはあっても、どのように作るかはよく知らなかったので、とても勉強になった。
・実際に事業者さんと話しながら進めるライブ感があり、楽しかった。もっとも印象的だったのは、大和シルフィードさんの素晴らしい取り組みを知れたことだった。
・今までの各種SDGsセミナーのなかで、最も具体的でわかりやすかった。進行の説明も、簡潔で的確で良かった。
・自社であればどう変換できるのか、1つ1つ考えながら聴いた。このようなプロセスを無料で公開してくださったことに感謝。
セミナーを通じて、ロジックモデルの作り方はもとより、ロジックモデルというツールが、大和シルフィードさんの哲学や取り組みを多くの方と共有するのに役立ったことが、何より嬉しく思いました。
今後に向けて
今回のセミナーは、神奈川県SDGsモデル事業における「SDGs社会的インパクト・マネジメント研修(入門編)」として開催しました。このシリーズは、年明け(2021年1月~2月頃)にも開催予定です。
ご参加者からは、「他の事例も知りたい」「どのようにアウトカムを測るのかを知りたい」「どのようにマネジメントに活用するのかを知りたい」など、今後への期待も多くいただきました。これらの声も踏まえて、次の内容を考えいきたいと思います。
そして、こうした一連の取り組みが、多くの組織のSDGs達成貢献に向けた、真の変革につながっていけば幸いです。最後に、今回ご参加くださった皆さま、そして、「本業を通じてSDGsに取り組むとはどういうことか」「経営とSDGs貢献を統合させるとはどういうことか」について生きた事例を提供くだった大和シルフィード様に、改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。
(文/ケイスリー 今尾)
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<参考資料:ロジックモデルの詳しい作り方は、こちらをご覧ください>
「SDGs社会的インパクト・マネジメント ガイド」(2019年度版)導入編・実践編