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自己紹介日記 ~後編~

教科書が世界なのではなく、世界の一部が教科書

高校教諭として勤務を始めてからはフィールドに出て生き物と触れ合う時間は一気に減りました。それでも、何かの形で生き物ともう一度関わりたいと考えながら過ごしていると、あるチャンスが巡ってきました。

教員生活3年目の年に、科学部の顧問をさせていただくことになったのです。科学部の生徒と一緒にフィールドに飛び出し、一緒に生物の研究ができる!と自分の辞令の紙を見つめながら、ニヤリと思わず笑ってしまったことを覚えています。

ただ、道のりはそれほど平坦ではありませんでした。

いざ、科学部の顧問として就任し、前任の顧問の先生との引継ぎをする中で、ある驚愕の事実を知らされました。科学部の名簿を見ても、私の名前しか記載してないのです。

そう。科学部の部員は0人。幽霊部員すらいない・・・そんな状況の科学部を担当することになったのです(柔道部も1人でしたが、それでも「1人」です。0と1の違いは大きい・・・)。

ちなみに、当時の学校には部員が皆無の状態が何年か続くと、部活動の存在自体が危うくなるという規定がありました。喜んだのも束の間。フィールドで生き物を捕まえる前に、まずは学内で部員をなんとしてでも捕まえなければなりません。

早速パワーポイントで手作りのチラシを作成して生物室前に掲示しましたが、一向にドアを叩いてくれる生徒はいません。どうやら、攻めの姿勢でもっと積極的に捕獲作戦を展開する必要がありそうです。

そこで、待ちの姿勢から一本釣りに戦略を変更しました。生物に興味がありそうな子にピンポイントで声をかけ「科学部どう?面白いで?」と勧誘をすることにしました。

ただ、彼らも10代も後半なので、それなりに人生経験を積んでおり、すでに社交辞令を学んでいます。「面白そうですね!考えておきます!」「だったら・・・・友達の○○とも相談して決めますね!」と笑顔で返してくれた生徒が再び生物室に現れることはありませんでした(せっかくカントリーマアムを用意していたのに)。

世の中の人たちは、これほどまでに生き物に興味が無いのか・・・と心が折れそうになりながらも地道に勧誘を続けていると、1人、また1人と新入部員が生物室に現れるようになりました。

「生物に興味があって・・・」という子もいれば、「なんか先生の雰囲気が面白そうで」という子もいました。理由はどうであれ、これで生徒と一緒にフィールドに出かける準備が整いました。

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私のポスターのクオリティが見るに見兼ねたのか、イラストを描いてくれた子もいました。ありがとう!

さて、次は研究対象の設定です。他校の科学部の活動を見てみると、ほとんどが放課後の教室で実験できる「ラボ系」の研究ばかりでした。光や栄養条件を変えて植物の生育状況を調べたり、飼育している魚の行動を調べたり。

確かに、時間的な制約や手間を考えると室内の研究が高校生には適しているのかもしれません。でも、私はそれでもフィールドにこだわりたいと考えていました。

それは、教科書だけが世界ではないことを生徒に伝えたかったからです。きっかけのひとつとして、私が大学院進学後に受けたある授業での言葉が影響しています。

「これまでみなさんは教科書を学んできましたが、これからはみなさんが教科書を作る側になります。そんな気持ちで研究に向き合いましょう」

とある教授がサラリとおっしゃったことを覚えています。言われてみればその通りなのですが、当時の私にとっては後頭部をガツンと叩かれたような衝撃がありました。

改めて、高校時代に勉強したグリフィスやエイブリー、ワトソンとクリックなど、彼らの業績を検索してみると、「論文」という形できちんと記録されています。

高校時代の私にとっては、受験で出るから覚えなきゃいけないただの単語だった人たちが、急に生身の人間として感じられるようになりました。そして、数ある論文の中から選ばれたものだけが「教科書」になっていくということも知りました。

私自身、大学院に進学するまではどこか「教科書が全て。教科書が世界。」みたいな感覚がありました。大学受験で点数を稼ぐだけなら、つべこべ言わず、いらないことは考えず、ただただテストに出題される部分だけを覚えればいいかもしれません。

でも、「あくまでも教科書は世界を単純化したもの。世界の一部が教科書に記載されているだけ」という事実を知るだけで、ちょっぴり視野が広く。そして、日々がちょっぴり楽しくなる気がします。きっとこの感覚を10代の多感な時期に味わえたら、どこか贅沢な気がするのです。

そこで、少なくとも、私と一緒に研究してくれる生徒にはこの感覚を味わってほしいと考え、学内で完結する研究ではなく、フィールドに出かけて、五感で自然を感じることができる研究をしたいと思いました。

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やっぱり、フィールドでしか味わえない「何か」があると思うのです。

さよならアライグマ。こんにちはカメさん。

自分の学生時代の専門がアライグマであったため、当初はふとアライグマの研究ができないか?と考えたこともありました。ただ、アライグマの捕獲には危険が伴いますし、特定外来生物に指定されているため、高校の部活動で気軽に研究できるような対象種でもありません。

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センサーカメラを使った研究も一時期考えていました。

そこで、まずは生徒と一緒に学校の周囲の河川にはどのような生き物がいるか調査をすることにしました。網を持って川で生き物を捕まえるという経験をしていない子も多く、私が見ていて「そのやり方だと、何も捕まらないよな~」と思うこともありました。

ただ、あれもこれも人から教わるのではなく、自分で気づくことが大切だと考え、基本的には細かいことは言わずに彼らの自主性を尊重していました。

しかし、調査を重ねるごとに網使いが上達し、河川のどのような場所に生き物がいそうか推測できるようになっていきました。生き物の飼育経験がない子もいたため、飼育が容易な種については学校に持ち帰り、部員で飼育当番のローテーションを組みながら世話をしました。

最初は生物室内で十分収容可能な飼育数でしたが、だんだんと水槽が増えていき、最終的には廊下にあふれるようになりました。おそらく、当時は県内でトップレベルの生物多様性を誇る高校だったと思います。

そんなとき、素敵な出会いがありました。

ある調査後、私は生物室で少し溜まった仕事を片付けていました。調査道具の片づけや生物の記録は生徒の仕事です。

ある生徒が「先生、カメになんか変なのが付いてます」と報告に来ました。見ると、確かにクサガメに「何か変なの」が付着しています。見た目からすると、おそらくヒルの仲間だと推測されました。

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生徒「これなんていう種類ですか?」

私「う~ん、分からんなぁ。でも、研究対象にはならん気がするなぁ。」

生徒「そうですか・・・。」

という会話をしてその日は終わりました。

帰りの車内でふと生徒との会話を思い出し、私は少し反省しました。せっかく生徒が興味をもったのに、あっさりその芽を摘んでしまった気がしたのです。

そこで、自宅に帰ってすぐにパソコンを開き、まずはヒルの種類を同定することにしました。調べてみると「ヌマエラビル」というヒルであることが判明しました。名前が分かったら、あとは生態です。

色々と先行研究を調べながら、「このヒルは面白い!」とじわじわ感じている自分がいることに気が付きました。なんと、このヒルはマイナス196℃の液体窒素で凍結しても死なず、マイナス90℃の環境下で32カ月間も生存し続けるらしいのです。

生物にとって温度は生きていく上で大切な要素のひとつです。生命活動は見方を変えると化学反応であり、化学反応の速度は温度に依存します。特に低温は生物に深刻なダメージを与えます。例えばヒトの場合、深部体温が35℃以下に低下しただけで生命の維持が危うくなってきます。

また、生物を構成する細胞の中には「液体」の水が含まれており、そこで化学反応が進行しています。水が凍結して「固体」になると、適切な化学反応が起こらなくなります。

さらに、水が固体になると体積は膨張するため、細胞にはその物理的なダメージも加わります。冷凍庫に液体の入った瓶を入れてしまうと、割れてしまうことがありますね。これも同じ原理です。そのため、ほとんどの生物は凍結されると死んでしまいます。しかし、ヌマエラビルは上述したように驚異的な耐寒性をもっているのです。

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実態顕微鏡で撮影したヌマエラビル。意外に可愛い?

翌日、ヒルの発見者の生徒に早速声をかけ、このヒルを研究対象にできないか一緒に検討することにしました。

先行研究についてまとめていく中で、これまで明らかになっていることとまだ明らかになっていないことが整理されてきました。そして、高校生がする研究といえども、小さくてもいいから誰も明らかにしていないことをテーマにしたいと考えました。

既に、先行研究ではこのヒルが主に寄生するカメはクサガメであるということが分かっていました。例えば、千葉県の研究では841匹の淡水性カメ類を野外で捕獲したうち、ヌマエラビルが確認された種の94.4%(794匹)が報告されていました。どうやら、このヒルはクサガメが大好きなようです。

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クサガメに付着するヌマエラビル。と、その卵。

私「このヒルは基本クサガメに寄生するのか・・・。」

生徒「ヒルはクサガメに片思いをしているんですね」

私「クサガメからすると、あんまり恋されたくないって思っているのかも。正直、自分がカメだったら、背中にこんなの付いたら気持ち悪いじゃろ。でも、ヒルが本当にクサガメに恋しているのか、仕方なくクサガメに恋しているのか分かったら面白いかもね」

生徒「確かに、ヒルの好みのカメを飼育下で検証できたら面白そうです」

早速、このヒルが飼育下でもクサガメを好むのか、調べてみることにしました。実験のためには、多くのヒルが必要です。そのため、必然的に多くのカメを捕まえることになりました。最初はヒルを確保するためだけにカメを捕獲していましたが、だんだんとカメにも興味が湧いてきました。

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こちらは日本固有種のニホンイシガメ。つぶらな瞳がキュート!

というのも私が思っていた以上にカメが捕獲できるのです。ある日曜日の調査では私と生徒3人で80匹を超えるカメを捕獲したこともあります。生き物の研究をする上で、サンプル数の確保は重要です。ただでさえ個体差がある生物の研究で、サイエンスとして大切な一般性を見つけるために、多くの研究者はサンプル数を増やすことや統計解析を工夫することに日夜奮闘しています。こんなにも簡単にカメが捕獲できるのであれば、カメの研究も面白いのではないか・・・。無邪気にカメを追いかける生徒の姿を見ながら、ふとそんなことを考えました。

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ちょっと失礼。体重測定中。

カメの研究のいろはも知らなかった私は、ヒルだけでなくカメのことについても調べることにしました。そして、ヒルと同様に、調べれば調べるほど「カメ・・・面白いかも」と思うようになりました。

まず、個体識別が容易です。すでにカメの甲羅に印をつけることで個体識別する手法が確立していたので、この手法を用いることで特定の個体から継続してデータを取得できます。

次に、再捕獲も比較的容易です。カメの種類や性別にもよりますが、基本的には河川で生活するため、同じフィールドで調査を継続すれば、個体識別した個体のデータを長期間にわたり取得することができます。

そして、調査から解析にいたるまで生徒と一緒に研究できる対象でもあります。もちろん、河川での調査には注意すべきことが数多くありますし、アカミミガメは食中毒の原因となるサルモネラ菌の仲間を保有している場合が多いことが分かっています。しかし、十分に安全対策をすることで、高校生でも研究できる対象です。

なにより、カメってのんびりしていて可愛いですよね。こうして、カメの研究を始めることになりました(詳細は別の機会に!)

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個体によって顔つきは異なります。この子は優しそうな顔をしていますね。

授業をしながら感じた「違和感」と「危機感」

科学部でカメの研究をしつつ、本業である授業にも日々工夫を重ねていました。もちろん、大学受験は人生の中で大きな節目のひとつです。そして、基本的な学力を確立させることが高校の役割のひとつです。

でも、生物学がただの受験の「ツール」になってしまい、せっかく3年間かけて学んだ内容を受験後に忘れてしまうことはとてももったいない気がしていました。そこで、受験でちゃんと勝負できる実力を身に付けさせつつ、卒業後に生物って面白いな。と思える生徒を育成したいと考え授業内容を改善し続けました。

ほぼ全ての授業で生き物に関連する動画を活用したり、授業の合間にペアワークやグループワークを取り入れ、お互いの考えを共有する場面を設けたり。絶滅危惧種について学ぶ授業では、個体数の減少が指摘されているニホンイシガメを主役にしつつ、仮想の街の開発についてロールプレイングで考える授業も展開しました。

また、高校で習う生物学の知識を使って日頃のニュースを深く掘り下げてみたり、「もののけ姫」や「となりのトトロ」などのアニメを別の視点から味わってみたり。定期的に行う授業アンケートで「生物の時間が大好きです!」というようなコメントが増えてくると、よし!もっと良い授業にしていこう。とエネルギーをもらっていました。

ただ、授業をしながら「違和感」を感じることも多くなりました。例えば、生物基礎という授業では、土壌の階層構造について学びます。

森林が形成される地域では、土壌の表面には落葉・落枝などの有機物が堆積しています。これらの有機物は分解者の働きにより細かくなり、多くの人がイメージするようないわゆる「土壌」になっていきます。この落葉・落枝が分解されることで腐植土層という層が形成されるのですが、これって昆虫少年の立場から解釈するとカブトムシの幼虫のエサになる腐葉土なのです。

また、植生の遷移を学ぶ際に、いくつか代表的な樹種名を覚える必要もあります。でも、小さいころに雑木林で遊んだ経験がある人にとって「アカマツ」や「コナラ」はいまさら覚える必要もないような本当に代表的な樹種名です。

でも、授業をしながら感じていたのは、幼少時代に自然の中で遊んだ経験が少ない生徒が私が考えている以上に多いのではないかということです。

私は生徒の反応を見るたびに「こんな経験したことないのだろうな」と感じ、同時に生徒は私の話を聞きながら「そんな経験をしているんだ。変わった人だな」なんて思っていたかもしれません。

時代が変われば幼少時代に経験することも変わりますし、若い世代とのジェネレーションギャップを感じるぐらい自分が年齢を重ねているだけだと最初は思っていました。そのため、幼少期の経験の違いに起因するただの「違和感」程度にしか考えていませんでした。

でも、徐々にこの「違和感」がある種の「危機感」になっていきました。

というのも、大学院時代の自分が考えたように、世代ごとに育ってきた時代や経験が異なるからこそ、それぞれの価値観が形成されます。自然や生き物と接した経験が少ない世代が社会の大部分を占めると、そもそも自然や生き物を大切にしようと思う認識自体が失われてしまうかもしれません。

現在、生き物の問題も含めて様々な環境問題が深刻になっており、政治やビジネスの世界でも無視できない段階になっています。

いまの時代ですら解決が困難な環境問題ですが、放置すると本当に回復不可能なレベルになってしまうかもしれません。でも、果たして自分はどのようなアプローチができるのか。目の前の授業を大切にしつつ、頭の片隅では別の何かを探していました。

そして、RE:CONNECTへ

こんなことを考えながら日々を過ごしていたある日、RE:CONNECTの存在を知りました。どうやら京都大学で新しいプロジェクトが始まるようです。しかも、環境問題がテーマとのこと。プロジェクトの詳細を読んでみると、以下の一文が目にとまりました。

このプロジェクトの特徴はシチズンサイエンスです。「科学者が市民に教える」という一方的な社会貢献ではなく、「市民と一緒にデータを取って科学を発展させる」という新しいタイプの社会連携です。人工知能とSNSを組み合わせて、現代社会にマッチしたおもしろいやり方を提案していきます。

お互いの価値観がぶつかり合い、ときに永遠に交わることがないほどの分断を引き起こしてしまう環境問題に対して、なんだか面白いアプローチで挑むようです。

しかも、プロジェクトリーダーは伊勢武史さん。自分と同じ生態学がご専門の研究者でした。実は自分が大学院生のときに著書を拝見させていただき、自分が高校で授業をする際にも参考にさせていただいていました。

お会いしたことはなかったのですが、なんだか不思議な縁を感じて、まずは連絡してみようと思いました。

底冷えする冬の京都大学を訪問し、プロジェクトの概要について説明を受けるうちに、どんどん気持ちが前のめりになっていく自分がいました。

どうやら、柔軟で学際的な発想で環境問題に向き合うために、多様な分野から人材を集めてチームをつくるとのこと。しかも、ただ研究して論文を書くだけで終わりにせず、その内容を社会に伝える部分まで見据えていること。これまでの大学のやりかたを踏襲するのではなく、全く新しいプロジェクトを立ち上げようとする意気込みも感じました。

ちょうど、自分が30歳になる年齢だったので、このプロジェクトに参加するかどうか帰路の新幹線の中では悶々と悩んでいました。悩みすぎて、降りる駅を間違えたほどです。見慣れぬ駅に戸惑いました(笑)

いまの環境でこのままやっていくか。

新しい環境でチャレンジするか。

これまで高校の教諭として勤務しながら、色々な方と出会ってきました。担任として向き合った子もいれば、教科担当として向き合った子。一緒にカメを捕まえた部員たち。

ふと、異動の関係で別の高校で勤務していれば、彼らと出会えなかったんだなと考えると、なんだか不思議な「縁」みたいなものを感じていました。

環境問題に対して、一個人としてどのようなアプローチができるのか悩んでいた時期にRE:CONNECTが始まる。これも、何かの縁なのかもしれないなぁ。と次の新幹線を待ちながら夜の新尾道駅で考えていました。

結果的にはその後プロジェクトのメンバーとして採用していただき、現在に至ります。今年はコロナウイルスの影響もあり、予定通りにいかないことばかりですが、目の前の課題ひとつひとつに丁寧に向き合い、少しでも環境問題に貢献できればと考えながら日々を過ごしています。

キャプチャ

送別の品でいただいたもの。ありがとうございました!大切します!
※このTシャツを着る勇気がまだありません・・・(笑)


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